第190話 ●「二人だけのお茶会1」

「それで、エルスティア様からのご報告はあったんですか?」

「ええ、その日のうちにね。エルの性格上誤魔化すのが下手だから」


 暦も十二月五日、年末年始にかけて執務官達も大量の業務に追われる季節となった。


 そんな中、クラリス・バルクス・シュタリアとアリストン・ローデンは二人でお茶会をしていた。


 侯爵夫人という権力を使って始まったお茶会ではあるが、バルクス辺境候の方向性をアリスの中でも整理するという意味でも有意義となっていた。


 当初は話すことを苦手としていたアリスも何回も実施することで大分慣れ、こうして雑談を自然と出来るまでになっていた。


「それで、ベルの事はいいとして、アリスはどうなの」

「クリス……またその話ですか。普通、正妻が話す内容じゃないですよ」


 アリスは露骨に苦笑いをする。

 クリスの話、それはアリスもいつエルに告白するのか? だ。


「そうかしら? 正妻として考えなければいけないのは、シュタリア家の将来でしょ?」

「まぁ、そうですね」

「そうした場合、やっぱり世継ぎについては色々と思うところがあるのよ。

 私も何人か欲しいけれど、子供は多ければ多いほうがいいでしょ?」


 ちなみにクリスの妊娠については、公表はしばらく先となるが主要なメンバーには昨日伝えられている。


「子供が多ければ多いだけ後継者問題が出てきますよ」


 そうアリスは意地悪そうに言う。

 こういう事が言えるようになったのも変化だろう。


「私は優秀なのであれば別に自分の子供にこだわりは無いんだけれどね」

「その意見は、実際に子供がお生まれになるまで保留にしておきます。

 わが子を手に抱いたら豹変する例に枚挙の暇はありませんから」


 それにクリスは肩をすくめる。確かにそんな話は腐るほどある。


「けどね。私が妊娠してからその……夜の営みがそこまで出来てないのよね」

「っ! ゴホゴホッ」


 突如、クリスから生々しい話が出る。


「二十歳くらいの男性って、やりたい盛りなんじゃないの?

 それがお預け食らっている感じでしょ? やっぱり側室もいっぱい居たほうがいいと思うのよね」

「私に聞かれましても……わかりませんよ」


 それに、しめたとばかりにクリスは笑う。


「あら、かの歴史上最年少の執務長官でも分からない事なんてあるのね。新鮮だわ」

「どうとでも言ってください」


 そう言うと、笑うクリスを無視してアリスはお茶を飲む。

 ひとしきり笑い終わったのか、クリスもお茶を飲むと姿勢を正す。


「ま、おふざけはここまでにするとして……それでもやっぱり血縁というのは強力な力よ」

「はい、それは事実です。確かに後継者問題という負の遺産もありますが、それ以上にメリットのほうが大きい」


「普通、伯爵や侯爵クラスになると一門貴族は三桁いることも不思議ではない。

 けれどエルの場合、侯爵にも関わらずあまりにも脆弱すぎる」


 それは、アリスとしても気にしていた部分である。

 シュタリア家は、王国建国の頃から存在するにも関わらず分家があまりにも少ないのだ。


 その多くは、魔物との戦いの中で戦死している。

 これはシュタリア家の家訓が少なからず影響しているのは間違いない。


 現状、シュタリア家を正規に継承できるのは五人……そう、たったの五人なのだ。

 ユピテル男爵家、つまりは母親であるエリザベートの従兄にあたるローグン従伯父の一族も存在はしているが、扱いとしては分家となる。

 それゆえに余程のことが無い限り本家に戻ることは難しい。


 継承権は上からクイ、アリシャ、リリィ、マリー、クラリスとなる。

 この事からも分かるが、男子はクイしか居ないことになる。


 さらに言えば血縁は後継者というだけではなく、当主の代行執政者でもあるのだ。


 アリシャやリリィは、クリスとアリスから見ても非常に優秀だ。

 エルが魔稜の大森林に二ヶ月に渡って遠征できたのも二人が執務の一部を代行していたからでもある。


 そして二人は来年からは本格的にエルの両腕として活躍することになるだろう。

 けれどそれでも、やはり手駒が少なすぎる。


 その手駒を増やす意味で有効なのが、政略結婚でもあるのだ。


 アリスやリスティ、メイリアやユスティの事をバルクス領内で軽んじる者は居ないだろう。

 もし居たとしたら、自分の力量も知らぬ愚か者だ。


 だが対外的に見た場合、大きく格が落ちることになる。

 それは彼女達が、平民もしくは男爵だからである。


 王国の貴族社会においては、自分より爵位が低いものの意見なぞわめいている声としか見られない。

 だが、側室とはいえ侯爵夫人となれば状況は大きく変わってくる。


 嫌な言い方をすれば、アリス達が自分の格を上げるという意味でもエルの側室になるというのは有効となる。

 特にユスティがエルの側室になれば、アインツも外戚一門になる。


 彼女達の恋心がそんなことを一欠けらも考えていないことは自明の理ではあるのだけれど。


 クリスとしては色々と複雑なところではあるが、バルクス侯爵ひいてはシュタリア家が力をつけるという意味では、エルにはどんどん側室を娶ってもらい子をどんどん成してもらう事が重要なのだ。


 そしてクリスの複雑な気持ちが少しでも和らぐのは何処の馬の骨とも分からぬ女性よりアリスやリスティ達なのである。


「……って事でエルの側室になってもらえないかしら?」

「また戻ってくるんですよね……ハァ」


 そうアリスはため息を吐くのであった。


 ――――


「けれどアリスも別にエルを嫌っているわけではないのでしょ?」

「それは、まぁ……この人の力になりたいと思ったのはエルスティア様が最初ですし」


 それにクリスは頷く。


「ですが、本音を言いますと……これが恋なのかどうかがよく分からないんです。

 クリスは私が執務官になろうと思った理由は知っていますか?」

「……ええ、エルから」

「元王女の前で言うのもなんですが……」


 クリスは何も喋らずに続きを促す。


「私はこの王国に何の思いも無いんです。不要であれば滅んでもいいと思うほどに」

「中央の貴族達が聞けば不敬罪級の暴言ね。ま、聞いて黙っている時点で私も同罪だけど」


 クリスはそう苦笑いする。それにアリスも苦笑いで返す。


「言うならば私は破壊しようとしているのです。この国を。体制を」

「……」


「エルスティア様の傍にいるのは楽しいです。多分、これが恋なのかもしれません。ですが……

 そんな後世、恐らく大罪人として名を残すかもしれない私が……幸せになっていいのか。

 エルスティア様に迷惑をかけてしまうのではないか。そう心にブレーキがかかるんです」


 そう言って俯くアリスの頭をクリスは優しく…………グーで殴る。


「イタッ」


 痛さで少し涙目になりながらアリスはクリスを見る。


「まったく、くだらないわね。本当にくだらない」

「えぇ……これでもいっぱい悩んでるのに」


「アリス、あなた何年エルの傍に仕えているの?」

「え? 四年……になります」


「じゃぁ質問。エルがそんな他人が好き勝手に言う評判に影響されると思う?」

「…………親しい方達への悪評は気にされるのでは?」


「…………あー、うん。それは気にするわね……じゃなくて!

 エルが、他人が好き勝手に言う評判で相手への態度を変えるような人間だと思う?」


「それは……ありえませんね。エルスティア様は自分が見て、話して評価を決める方かと」


「……それはちょっと買いかぶり過ぎね。エルだってインスピレーションで苦手な人は苦手だもん」

「そうなんですか? 私が知る限りは……」


「ま、領主になってからは頑張ってはいるみたいね。話を戻してっと……つまり、アリス!」

「は、はい!」


「貴方にとって、そんなくだらない評価とエルの評価のどちらが大事なの?」

「…………なるほど、確かにくだらない事で悩んでいたのかもしれませんね。ですがひとつだけ……」


「何?」

「私は皆さんの中では、エルスティア様との付き合いは新参者です。まずは皆さんが告白した後で……そこは譲れません」

「まったく、変なところでこだわるのね。まぁいいわ。言質げんちが取れただけ成果があったって事にしておきましょ」


 アリスの返しにクリスはそう苦笑いするのだった。

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