第191話 ●「二人だけのお茶会2」
「とりあえず、アリスをからかうのは置いておくとして……」
クリスは言うと、紅茶を一口飲む。
そしてカップから口を離したその顔は一人の執政官の顔つきになる。
「ローザリアの事について話しましょ。
アリス、あなたの感想を聞かせてもらえるかしら?」
「アインツ君にお嫁様候補が出来たことは喜ばしいことですね。
……亜人と人間の間に恋愛感情が生まれるのかは分かりませんが」
その言葉にクリスも微笑む。
「ええ、本当に。
まぁ彼女の場合は愛玩対象としてみている
「正直、頭が痛いですね。彼女がグエン領の出身であることはやはり色々と問題がありますから」
ローザリアがバルクスに来てからおよそ十日経つ。
その中でも色々と大変だった。
直ぐに問題として顕在化したのは普段の生活についてだった。
人間種と亜人種では生活様式が大きく異なるのだ。
ルーファ族は良く言えば『自然と共に生活を送る』、悪く言えば『野生』なのだ。
食事もフォークやナイフを使わない手掴み。
寝床もベッドを使わずに地べたに直接寝転がる。
しかも
アインツが目の前に居るというのに、ある日季節はずれの気温に暑いからと裸になろうとした事があった。
その際には、アインツがユスティによって目潰しされるという尊い犠牲の上で事なきを得た。
その一つ一つをユスティが根気良く教え込んでいる最中だ。
とはいえ、全てを押し付けていてはローザリアのストレスが溜まってしまう。
よりよいところで折り合いを付けながらといった感じになっている。
そこらへんはユスティは上手なので任せておけばいい。
ローザリア個人の問題は時間と共に解決していくだろう。
問題は、バルクス辺境候としてのグエン領との付き合い方についてだ。
もともとバルクス領はグエン領と接しているため自然と
けれどそれでも人数で言えば年でも十人程度。
しかもトラブルを避けるため旅人も変装し、出来るだけ主要都市を避けるため、バルクス領民でも亜人との接触は少ない。
多くの場合、亜人は変装すれば見た目上は人間と大きく変わらないのだ。
例えば、長命族は特徴である長い耳を隠せば人間と一緒といえる。
そして人間種としても積極的な亜人との接触は避けてきた歴史がある。
けれど今回、エルによって人間が受動的に亜人が受け入れられたのだ。
恐らくエルにはそこまで深い考えはなかっただろうが、アリスもクリスも今まで聞いたことが無い。
どうも、エルは亜人に対しての優越感や忌避感が薄い。
前の世界では亜人は空想上の存在だったと聞いたからそれが理由かもしれない。
クリスにしろアリスにしろ他に比べれば亜人への感情は好意的ではあるがそれでも心の奥底の部分での拒否感がある。
それは未知の部分が多いからというのもあるだろうが、やはり人間種と亜人種の間には見えざる壁があるのだ。
そして人間の亜人種への感情は多種多様……いや、比率で言えば強硬派が多いといえるだろう。
強硬派とは詰まるところ排斥論者……亜人を人間の敵とみなす者の方が多い。
「ローザリアの件だけではなく鉄の件でも
その言葉にクリスは露骨に嫌そうな表情をする。
もっともアリスも同じような顔になっているのだが。
「エルは奴らの存在を知っているのかしら?」
「いいえ、バルクスは奴らの影響はほぼありませんから、存在自体を知らないかと」
「それじゃどこかのタイミングで伝える必要があるかもしれないわね。
王国……いいえ、ラスリア大陸そのものに巣食う存在を……」
それにアリスは頷く。
「とはいえ、どうやって伝えるか……ですよね」
「エルの前世にもそんな存在がいたのかを聞かないとピンとこないでしょうしね」
そうお互いにため息と共に苦笑いする。
「さてと、この問題は一旦おいておくとして。今後のバルクス辺境候のグエン領との関係についてだけれど……」
「ベストは今まで通り静観する。なんでしょうけれど……」
「ローザリアの情報がどこかでルーファ族に伝わった時に何が起こるかが分からないという受身状態は危険よねぇ」
「さすがに即敵対となるとは思えませんが……あまりに情報が少ないですね」
「かといって、グエン領の……十六氏族だっけ? そこと繋がりが一つも無いんだからどうしようもないのよねぇ」
「無理してでも間諜を送り込むというのもありますが……」
「それこそばれた場合、やぶ蛇になりかねないわよね」
クリスはため息を吐く。それだけ難しい問題なのだ。
なにも考えずにローザリアを迎え入れたエルに恨み言の一つでも言いたくなる。
いや、これまでの人間と亜人がお互いに一切の関わりを持たなかった事のしわ寄せが来ているといってもいいかもしれない。
そういった知識が無かったエルを責めるのも酷というものだ。
そもそもエル自身も魔稜の大森林でグエン領の亜人に遭遇するなんて一欠けらも想像していなかっただろう。
起きたことを何時までも言っていてもしょうがない。
起きたのならば、それをどのように良い方向に持っていくかを考えるのが執務官の仕事なのだ。
……ポジティブに考えればエルはこれでも貴族の中では厄介ごと――多くの場合、貴族の我儘――が少ないだけましなのだ。
ある貴族が自分の側室を選ぶためだけに領内中の十五歳以上二十歳以下の女性全員を一つの町に集めさせた。という逸話も残るほどなのだ。
ローザリアの身の上話を聞いてエルが放っておくわけが無いことも十分に理解している。
そう、なにもかもが『仕方ない』という状況で進んでの結果である。それは分かっている。けれど……
「誰に対してでもなく恨み言の一つでも言いたいところですよ」
「まったくよ……」
結局のところ、彼女達の懸念の一つは直ぐに現実のものとなり、それ以外は別の活路が見つかる事になるが、そんな未来をさすがに見通せない二人は大きなため息を吐くのであった。
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