第163話 ■「思い出の場所へ」

「ねぇ、今日は息抜きに皆で出かけない?」


 一月も終わりが近づいた朝、集まって仕事の準備をしていた皆に僕は声をかける。


 皆というのは、クリス、ベル、メイリア、バインズ先生、リスティ、アリスの六人だ。


 アインツとユスティについては、ルーティント領の治安維持も含めて全騎士団を投入していて鉄竜騎士団はエルスリードとアウトリア間の街道警備中のためここにはいない。


「突然どうしたの。勤労大好きなエルにしては珍しいわね?」


 ベルに髪をいてもらいながらクリスが言う。

 侍女のようなことをベルにやってもらっているから、さすが元王女って感じに見えるけれど実際は違う。


 どちらかと言うとバルクスにいた頃から、クリスは自分で出来ることは自分でやる。

 時々、母さんやファンナさんと一緒に台所でお菓子を作ることもあったくらいだ。


 ベルに髪を梳いてもらっているのは、ベルとのスキンシップの一環だ。

 クリスとベルは、再会してからそれまで離れていた時間を取り戻そうとするかのように、一緒にいることが多い。


 まぁ、ベルが開発している物がクリスにとっては目新しいから説明してもらったり実際に使ってみたりとワイワイやっている。

 その中でベルにとってはクリスの髪を梳くというのは、楽しいことらしい。


 ベルの髪は、ファンナさん似の黒に近い茶髪。

 僕としてはその髪色も好きなんだけれど、本人にとってはやっぱり金髪に憧れているそうだ。

 そういえば中央にいる頃もアリシャとリリィの髪を梳かすのが毎日の日課だったな。と思い出す。


「いやクリス。別に勤労が好きなわけじゃなくてやらなきゃいけない仕事がどんどん溜まるから仕方なくだよ」


 そう前世でもそうだけど僕の中では趣味を充実させるために勤労していたといっていい。

 趣味を充実させるにもまずはお金なのだ。


 この世界では残念ながら前世の趣味……つまりゲームは無い。

 その分、前世に無かった魔法に僕は魅了されたわけだ。


 魔法を練習する時間を作るためには、出来るだけ早くに仕事を終わらせる必要がある。

 そのために頑張って働いているわけだ。


 ……でも良く考えてみると魔法の練習も行き着く先は戦場で戦うための力を付けるため、仕事の延長線上になる。

 仕事を楽しむために仕事を頑張っているといってもいい。


 あれ? クリスが言ったことって間違ってないのか?


「……? どうしたのエル?」

「……ん? ああ、いや、なにか趣味を作ったほうがいいのかなって考えてただけだから」


「ならばエル、一緒に何か探そうよ。

 私も結局、ガイエスブルクに戻ってからも趣味らしい趣味って読書くらいしかなかったから」


 ふむ、たしかにクリスと何か趣味を探すのもいいかもしれない。

 もう少し先に結婚式を挙げるとはいえ、これから夫婦になるのだから共通の趣味があればいいかもね。


「そうだね。考えておこう。

 ……あ、いや、そうじゃなくて皆と出かけないかって話だった」

「私は構わないわよ。エル」


 まずは、クリスが賛同してくれる。

 クリスも戻ってきてから日が浅いから時間を持て余しているのだろう。


「私も父様も、本日は特に用事がありませんので大丈夫です」


 リスティとついでにバインズ先生も問題なし。


「エル様とクリスが出かけるのであれば私もご一緒させてもらいます」

「わたしもベルと同じく大丈夫です。エル様」


 ベルとメイリアも問題なしと。


「本当は、できれば今日中にやりたい仕事があるのですが……」


 そうアリスは少し考え込む。


「アリス、悪いけれど遠出するついでにアリスとクリスに伝えておきたいことがあるんだ」


「伝えておきたいこと……ですか……。

 わかりました。ベイカーさんに許可をもらってきますのでお待ちいただけますか?」

「うん、わかったよ」


 そういうと、アリスは部屋を出て行く。


「エル、私とアリスさんに伝えたいことって?」

「うん目的地に到着したら教えるよ。」


「ふーん、なるほど」

「? なに?」


「もしかして『ごめんクリス。僕にはアリスという心に決めた人がいるんだよ』とかじゃないよね?」


 そう言うとクリスは少しジト目で僕を見つめてくる。

 ……うん今までも、これからもご褒美だな……


「ちがうよ。そうじゃなくてね。まぁ、僕の秘密って言うのかな?」

「エルの秘密? ……そっ、まっ楽しみにしているわ」


 何気なく僕の袖をちょっと掴みながら言うクリス。

 やばい……可愛い……


「お待たせしました。ベイカーさんに許可をいただきましたので問題ないです」


 そんなことをしているうちにアリスが戻ってくる。


「それじゃ皆、参加って事だね」

「それで、エル。何処に行くのよ?」


 クリスが僕に尋ねてくる。


「うん、思い出の……アインズの丘に行こうかなってね」

「あっ……」


 それにクリスは言葉を止め……


「うん、そうだね。思い出の場所へ」


 そう微笑むのであった。


 ――――


「エルスリードを離れるとあの頃と風景ってぜんぜん変わらないわね」


 馬車に揺られながらほろの隙間から拡がる風景にクリスは言う。

 その言葉には、昔を思い出すかのような懐かしさがにじむ。


 あの時と同様、僕とバインズ先生が御者の席に座りバインズ先生が運転しながら僕が周囲を警戒。

 女性陣は幌つき馬車の中で思い思いの場所に座っている。


「その時にエルスティア様とバインズ様に助けていただいたんですよね。

 本当に運が良かったです」


 アリスも懐かしそうに呟く。

 そっか、アリスとの出会いもアインズの丘への途中だったんだよね。


「アインズの丘というのは、エルスリードでも有名な観光スポットとの事。楽しみですね」

「へーそうなんだリスティ。楽しみだね」


 あの時、まだ出会っていなかったリスティとメイリアからも楽しそうな声が上がる。


「本当は、アリシャちゃんとリリィちゃんもいればよかったんですけどね。

 まだガイエスブルクで学生中ですから」

「アリィとリリィか。うーん義理とはいえやっとあの二人と姉妹になれるのかぁ。嬉しいなぁ

 それにクイくんとマリーちゃんっていう双子の兄妹もいるんでしょ?

 四人も弟妹が増えるなんて……最高……」


 あの時いて今いないアリィとリリィの事をベルは話す。

 それにクリスは嬉しそうに返す。


「お前ら、後十分もすれば到着するからな。準備しておけよ」

「ハーイ」


 バインズ先生の声に、幌の中から楽しそうな了解の声があがる。

 今回は、何事も無く着くことが出来そうだ。


 僕やクリス達にとっての思い出の場所は直ぐ傍まで来ていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る