第162話 ■「バルクス辺境侯」
さて僕の結婚問題にも方向性が見え、ある程度落ち着いたからバルクスの現状を整理することにした。
まずは僕。
伯爵から辺境侯へと貴族位が一つ上がったわけだけど、大きく何かが変わった実感は無い。
アインツ達とは今まで通りの関係だしね。
名前の通り辺境の貴族であるから中央への影響も微々たるもの。
もちろん、中央に行けば扱いは今までとは大きく違うだろうけれどね。
ただ普段の動きとしては大きく変わったことは無いという感じだ。
その中でも一番の変化はやはりルーティント伯も所領にしたことだ。
人口で言えば六十二万人から百四十五万人と倍以上に増えた。
ただ実際には先の内戦でルーティントからは多くの流民が発生したから実数としてはもっと少ないだろう。
ちなみにカモイの町に逃げてきていた流民五千人は故郷に帰るかこのまま留まるか希望を聞き対応をした。
故郷に戻ったものが全体の二割程度だったのは、長い圧政と内乱によって戻る場所を無くした人が多かったことが原因だ。
生産力で言えば、今までの六割増くらい。
これは、厳しい税収などにより農業も商業もかなりのダメージを受けていたからだ。
むしろ六割も残っていたことが驚きなくらいである。
とはいえ、人に例えれば要介護レベルの衰弱状態。
バルクス辺境侯の当面の方針はルーティント領の建て直しがメインとなる。
農業については、本年から休耕地の活用についてはルーティント領でも導入する予定となっている。
不幸中の幸いというべきかルーティント領については、四圃農業の前提条件である農地の囲い込みが順調に進んでいる。
というのも内乱で農民が逃げ出した事で農地の管理がほぼリセット状態になっていたからだ。
アリスの提言で執務官を一人、ルーティント領の農地割当専任として農地の割り当てが整理された形で進められている。
全体的な状況としては、バルクス領での収穫量の増加でルーティント領の領民を賄う事になる。
そのために『一蓄』が意味を成すことになる。
バルクス領民も、『解放戦争』を謳ったことでルーティント領民を救い出したという優越感が強い。
当面の間は、ルーティント領がおんぶに抱っことなる事も許容してもらえるだろう。
……といってもベイカーさんの見立てでは長くても三年ほどとの予想だ。人の心は移ろいやすいからね。
それまでにルーティント領を立て直す必要がある。
商業については、今年の四月から正式にルーティント領の元主都ゴルンとアスにバルクス銀行の支店が開店することになった。
為替手形自体には経済力を回復させる直接的な効果は薄いけれど、物流がより活発になる事に期待しよう。
ちなみにルーティント領の商人連に対しても『冷蔵箱』の数十台貸し出しを実施している。
これで、僕達の食卓にルーティント産の食材がいずれ並ぶことにも期待しよう。
今のところ新たなる特産物は残念ながら発見されていないけれど、ルーティント領だけで採掘可能な黒銀が手に入ったのは大きい。
それを求めて外部からの商人流入にも期待できる。
ルーティント伯時代は関税をかけていたようだけれど、一旦中止とした。
収入が減るのは痛いけれど、商人の流入が増えることによる経済成長を比べた結果だ。
また、ルーティント伯時代の領土法も廃止し、バルクスの領土法を適用した。
正直、よくもこれだけ課税をしていたものだと驚かされた。
法令の中に『初夜権』を見た時には、『あ、本当にそんな法令作る奴いるんだ』と逆に感心してしまった。
当面の間は格差はあるだろうけれど、バルクス領もルーティント領もいずれは比肩するだけの成長を遂げてもらいたいものだ。
さて次は軍事についてだけれど、これが一番難解でもある。
内戦と先の解放戦争の影響でルーティント領にまともな部隊が無くなっていたからだ。
魔稜の大森林からも離れた地の利のおかげでバルクスに比べれば大規模な部隊は不要とはいえ、治安を維持するためにはどうしても部隊は必要となる。
ルーティント領を所領にした後に資料で初めて知ったのだけれど、僕自身が知らぬ間に中央への行き来で有名だった盗賊団を三つ壊滅させていたらしい。
過去の自分のおかげもあって、ここ最近は盗賊による被害も減少傾向だったことが不幸中の幸いだ。
バルクスに元々ある四騎士団については、国境警備とバルクス領内の治安維持を考えると一年くらいであれば大丈夫だとしても長期的に割く余裕が無い。
新規に設立された鉄竜騎士団は、質は高いとはいえ広大なルーティント領をカバーするには量が圧倒的に足りていない。
ということで想定外ながらもルーティント領の治安維持のために二個騎士団の新設を開始した。
配備完了は六月くらいを予定している。
治安維持部隊なので銃の配備は無しで鋼鉄製の武具を装備させるように考えている。
その間は、申し訳ないけれど既存の四騎士団には頑張ってもらうことになる。
その間は特別報酬を出すので財政的には厳しいけれど仕方が無い。
……ということで落ち着くまでは技術班の予算を削らざるを得なかった。
一応、火力発電機も試作機が完成しており、当面の間、箱物を作る予定が無くてよかった。
ベルやメイリアには、この間に新技術の構想に当てますと笑顔で言ってもらえた。
ま、ベルについてはクリスと離れていた間の時間を埋める余裕が出来たと思ってもらおう。
政治については、新たに執務官を六名ほど雇用することにした。
現状は、ベイカーさん、アリスとその他の執務官が六名。
所領が二倍になった今、人不足になっていたからだ。
そしてルーティント領の執務責任者は……
――――
「バルクス領につきましては、アリス君が居れば問題ないでしょう」
執務室で僕と向き合いながら執務官の長であるベイカーさんは答える。
「ルーティント領の執務責任者として私が赴き新たに雇用した六名と共に建て直しを行います。
そして空いた執務長官には、私はアリス君を推挙します」
「それが、ベイカーさんが考える最善ということですね?」
「ええ、そうです」
以前からベイカーさんは自分の後任としてアリスを推していたけれど、その考えは未だに一貫していた。
ベイカーさん自身は、今年で六十歳になる。
執務官としてはまだまだ現役であるとはいえ、後任人事についてもずっと考えていたのだろう。
今回、ルーティント領の執務責任者を選ばなければいけなくなったタイミングがベストということだ。
「ですが、彼女は僕と同じくまだ十九歳。他の者がついてきますかね?」
その僕の言葉にベイカーさんは笑う。
「バルクスにおいては年齢は関係ないことを示されたのはエルスティア様自身ではありませんか。
イザベル殿にリスティア殿、ラスティ兄妹にメイリア殿。
皆が皆まだ十九歳でバルクスの中枢でご活躍されている。
もちろんアリス君も。
たしかに彼女には経験が足りません。
ですがその経験を補えるだけの人材はそろえたつもりです」
僕の知らないことであったが、ベイカーさんと父さんは、僕がバルクス伯になった時からこの時に向けて動いていたらしい。
その一つとしては、アリス以外の執務官の育成。
彼等にはいずれアリスが執務長官になった時に下支えるするためにそれぞれの分野でのスペシャリストになるように教育していた。
それと同時に年若い彼女を侮らないように細心の注意も払っていた。
その準備も出来たということだろう。
「……そうですね。ベイカーさんがそう言うのであればそれが最善なのでしょう。
わかりました。アリスを執務長官とした体制案を提示してもらえますか?」
「かしこまりました。……エル様」
「なんでしょうか?」
「エル様が我々に話していない何かがあるのだろうということは、うすうす気付いております。
私やそのほかの執務官についてはそれでも問題ありません。
……ですが、彼女、アリス君だけには教えてあげていただけませんでしょうか?
彼女は優しく……ああ見えても繊細です。
付き合いの差があるのは理解していますが、イザベル殿やリスティア殿達との間に見えない壁がある。
そう不安を抱いておるようです。
どうか少しでもその壁を取り除いてあげてください」
それは、僕の事だろう。たしかに未だにアリスとクリスには伝えられていなかった。
「そう……ですね。分かりましたベイカーさん。
それにしてもアリスのことを良く見ていますね」
そう返す僕の言葉にベイカーさんは再度笑う。
「彼女は私にとっては大切な孫のようなものですからね」
と――
――――
王国歴三百十一年二月一日
バルクス辺境侯の執務長官を長年務めていたベイカー・アルフレッドはその職を退任。
ルーティント領執務責任者に任命される。
あわせて、執務長官にアリストン・ローデンが若干十九歳の若さで任命される。
それはエスカリア王国の歴史の中でも最年少。かつ初の女性執務長官であった。
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