第164話 ■「アインズの木の下の告白」
「うわぁ……」
「すごい……大きい……」
十数年前と変わらずその場に
昼前に到着した僕達は少し早めの昼食を食べ終え、散策がてらにアインズの木まで来ていた。
五十cm以上背が伸びた僕だけれど、アインズの木の圧倒的な存在感はあの頃と変わることは無い。
それはクリスやベル達も同じようで、圧倒的な迫力にただただ上を見上げる。
「約束が守れたかな。クリス?」
アインズの木を眺めながら僕は横に立つクリスに声をかける。
「うん……この木の伝説って本当だったんだね。
伝説を教えてくれたベルに感謝しないと」
「伝説は伝説ですから……今、こうしてクリスと再び会えたのはエル様が努力された結果です」
クリスと手を握りながら同じく木を見ていたベルが返してくる。
「そうだとしても、私にとってこの木の伝説は心の支えだったの。ありがとうねベル」
「そうなのであれば、嬉しいよクリス」
それ以降はただただ黙って少しの間、僕達はアインズの木を見上げたのだった。
――――
「さてと、この場所に来たもう一つの理由を話さないとね」
アインズの木の圧倒的な存在をしばらく楽しんだ僕達は、馬車の傍に戻ってきて腰を下ろしていた。
この場で僕のことを知らないのはクリスとアリスの二人。
その二人にも他の人に説明した時のように本を取り出して渡す。
「……エルスティア様。この本は?」
「うん、先ずは中身を見てもらえるかな?」
僕の言葉に二人は顔を見合わせた後、静かに本を
そのまま十数ページ捲るとほぼ同じタイミングで二人は本を閉じる。
「なるほどね。これがエルが……私とアリスさんに伝えたいことなのね」
「そうですね。恐らくですがエル様の秘密……といったところでしょうか?」
……あれ? なんか二人とも自己解決している?
「この本に書かれた文字……ですかね? 見たことも無い言語です。
ですがそれはただ単純に私が知らないだけという可能性があります。
例えば、帝国やグエン領で使われている文字かも知れませんから……」
「そう、文字については元王女である私も見たことがない。
けれどそれは
「はい、これは手書きではない。まるでベルが三年前に開発した活版印刷を使ったかのよう。
けれど、この本自体の経年劣化は三年ではありえない。もっと以前、少なくとも十年は経っています」
「つまりは、ベルが開発する以前から存在する。
ううん、この本に使用された技術の存在を知っているからこそ活版印刷は開発された……そうよね? ベル?」
「う、うん。そうだよクリス」
……えっと、この二人は頭脳と体に
「この本は文字だけではない。あまりにも精巧すぎる絵のような物も。
まさに未知の技術で作られているといってもいい。
この世界で作られたものではないかのよう……それをエルは持っている。つまりは……」
「……ほんと、鋭い子は説明が楽でいいな。
クリス、アリス。僕はかつてここではない世界で生き、そして死んだ生まれ変わりだよ」
「……前の世界の記憶を持ったまま転生されたということでしょうか」
「うん、そうだね。そしてそれ以外にも生まれ変わる際、神様からある提案を受けたんだ……」
そして僕は皆に説明した時と同じような話を二人に伝える。
二人は、その間静かに話を聞く。
「……なるほどね。普通であれば何を馬鹿なことをって話なんだろうけど。
私は五歳の頃から妙に逸脱していたエルを見てきているから、むしろしっくり来るのよねぇ」
クリスの言葉にベルを除く皆の視線が僕に集中する。
うん、やっぱり五歳の頃からそうだったんだって目が語っているよ。
「ただ一つ残念なのが、どうやら私はギフト持ちじゃないってことよね。
確かにエルが神様に願ったギフトとベルやリスティさん、アリスさんの仕事ぶりを考えると……納得できるのよね
……でもさ、エル」
「ん、なにクリス?」
若干のジト目で僕を見ながらクリスが口を開く。
「なんでギフト持ちの皆が皆、女の子なのよ。実は神様にそれもお願いしたんじゃないの?」
「いや、そんなこと全くたのんで…………ん、まてよ。
あの時、確か神様は『わしからもプレゼントをやろう』と言っていた。中身は秘密って言われたから分からなかったけどもしかして……」
「……はぁ、まぁいいわ。そういうことにしておきましょう」
クリスはため息をつきながら僕に言う。全くもっての冤罪である。
……神様、ありがとう。
「それにしても百年後……いえもう八十年ほどですか。
人類が滅びるという話は、正直突飛ですね」
アリスもあっさりと僕の話を受け入れたようで、もう先の話を始めている。
「元王女様の前で言うのも失礼ではあるのですが……」
アリスはちらりとクリスを見る。
その視線に気付いたクリスはお構いなくとジェスチャーで返す。
「王国内で後継者を巡っての争いが起こったとしてもそれが人類滅亡にまで至るほどの力は正直考えられないのですよね」
「そうね結局のところは王国内の内政問題。帝国や連邦……亜人も人類として考えるのであればグエン領には影響は無いでしょうから」
アリスの言葉にクリスも賛同する。
「……あの、ずっと思っていたのですが……」
それに今まで静かに話を聞いていたメイリアが口を開く。
「なに、メイリア?」
「はい、私達は今までずっと王国主体の視点で考えていました。
たしかに王国内には問題点がかなり多いことは確かです。ですが……」
「ですが?」
「問題点があるのは、なにも王国だけの話なのでしょうか?
たとえば、連邦は先の王国との戦争の時、ボーデ会戦に参加した国と不参加の国で軋轢が生じていると聞いています」
「……グエン領はあまりに情報が少ないので分かりませんが、帝国は近年の天候不順により場所によってはほぼ一年中凍土に覆われるとの事。
あくまで噂の域ですが、一年中凍ることの無い土地を求めているとも……」
そのアリスの言葉は、噂の域とはいえ捨て置くには怖い話だ。
「けれど帝国は王国とは修好条約が結ばれていますから大丈夫なんじゃ?」
「いいえ、ベル。国家においては片手にナイフを隠しながら相手と握手することなんてざらにあるのよ。
自国が危急の状態になった時、そのナイフは今まで握手していた相手に向けられることもあるの」
そう、元の世界でも友好国が仮想敵国の一つとして想定されているなんて普通に存在する。
今、友好だからといって完全に信用することはしてはいけない。
「なるほどね。全ての国で問題が同時に発生することによる人類の衰弱……無くわないわね」
「そうですね。グエン領は難しいですが、帝国と連邦については情報を収集したほうがいいかもしれませんね」
クリスの言葉にアリスも首肯する。
そうか、いままでは王国だけで考えていたけれどワールドワイドに物事を見る必要が出てくるのか。
「やれやれ、一国の辺境候が抱える問題を越えそうな勢いだな」
そうぼやく僕にクリスは笑いかけてくる。
「大丈夫よ。そのために私達がいるんだから」
と――
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