第149話 ■「ルーティント解放戦争9」
「……ではボルドー。ここには何をしに来たというのだ?」
「仕掛けたのはルーティント伯からとなりますが、エルスティア伯爵閣下は此度の戦争を『解放戦争』とおっしゃった。
その意と……実際にその謳われた事を本当に成していただけるのかを非才の身ながら確認したかったのです」
僕の問いかけにボルドーは答える。
「貴殿、元騎士団長とはいえ他領の伯爵に向かってどこまで傲岸なのか」
その答えにこの中では一番の実直者であるフルード騎士団長が反応する。
まぁ、騎士として忠誠を誓った当主を他領の人間が見定めに来たといわれたら気分を害するよね。
「フルード、構わんよ。それでわざわざ殺されるかもしれない危険を冒してまで来た結果はどうであった?」
「恐れながら、バルクス軍は我々が知らざる魔法かなにかで黒騎兵隊二千を地に伏せしめた。
それがルーティントの民に向かわないとも限りません。
そしてそれが向いたとしても……ルーティント軍にはそれを止める方法がありません」
魔法か何かってのは銃の事だ。
確かに彼らにとっては魔法か何かにしか見えなかったかもしれない。
「なるほど、それで私がそれをなす様な人間だったとしたらどうするつもりか?
やはりこの首を狙うか?」
そう言いながら僕は自分の首を軽く叩く。いやぁ我ながら悪者っぽいねぇ
「もしそうだとしても御大やフルード騎士団長が居られる。私の手は届きますまい。
聞き知った話では学生時代に剣術・魔法共に一流。『アストロフォン殺し』の異名までもたれていたとの事。
であれば私として出来ることはこの命を賭して懇願するのみ……ではありましたが……」
そこでボルドーは一度言葉を切ると、笑い始める。
「エルスティア伯爵閣下には悪者ぶるというのは普段やってないので無理だったようですな
ここに来るまでの駐屯地内の雰囲気や様子……恥ずかしながらルーティント軍とは雲泥の差でした。
投降したルーティントの民兵も寛大に扱っていただけているようですし。
エルスティア伯爵閣下は兵からも部下からも慕われておるようですな」
「……うーん、そうか、自分では上手く悪ぶれていたと思ったんだけどな」
そこで僕は口調を崩す。
「ボルドー殿が危惧していたルーティントの領民への攻撃はさせるつもりはもちろん無いよ。
そのために今回は騎士団だけを動員しているわけだしね」
そう、今回の戦争にバルクス側が民兵を動員しなかったのは幾つかの理由がある。
まずは、農繁期だから徴兵したくなかったってのが一つ。
次は、バルクスの領民達にルーティントに対する悪感情を持たせたくなかったというのがある。
戦争は結局は人と人の殺し合いだ。
ルーティント軍にバルクス領民が殺された場合、親族や関係者はルーティントに対して悪感情を抱くだろう。
今回の戦争の最終目標はルーティント伯領を占領し領民を重税による苦役から解放することだ。
けれどどう言い繕っても僕は今からルーティントを支配しようとしている。
支配側の領民が被支配側の領民に対して見下す可能性がある。
どれだけ僕が支配した領民を同等に扱うといったところで感情までは変えるのは難しい。
支配側が、被支配側に対して悪感情を抱いていた場合、それは不幸な事件へと変わる可能性が高い。
なので今回の戦争はバルクスの領民に対しても『解放戦争』であるということを強調して伝聞している。
自分達の領主が悪政に苦しむ領民を助けるために戦っている。
それは彼らに正義の味方であるという虚栄心を満足させることになっている。
そして戦争が終わった後、救済した者をより助けようという庇護欲を満たすように僕達が政治を上手くまわしていく必要がある。
領民へのマインドコントロールに近いが、政治とは人民意思に方向性を持たせるという面も持っているから間違いではない。
そのために悪感情を可能な限り排除する必要があるのだ。
そして最後は戦場外でも統率がとりやすい。というのがある。
騎士団は団長を頂点として副団長、騎士長、騎士副長、騎士、騎士見習いと確固とした上下関係が存在する。
騎士団も軍事装置である以上、それは絶対といえる。
それは有事だろうが平時だろうが変わらない。
僕が一番恐れているのは今後ルーティントの各町村を占領した際に強盗や暴行といった悪事が発生することだ。
悪事をコントロールするというのは言うよりも難しい。
普段は大人しい人であっても酒が入れば人が変わる。何てこともありえるからだ。
特に民兵は人となりも分からぬままに徴用される。
それに比べて騎士団はほぼ毎日の寝食を共にする。お互いの人となりを知っているのだ。
騎士団長から強奪暴行の一切を禁止されれば、悪事が発生することはまずありえない。
騎士たちには自分が所属する騎士団に対しての誇りがある。
それを自分の所為で土をかけることは絶対に行わない。
ルーティントの領民を救い出す。
そのためには救うほうに悪事があってはいけないのだから。
「なるほど、そこまでお考えいただけておりましたか……
ならば私のようなものが何もする必要はございませんな」
僕の説明にボルドーは頭を下げる。
「さてと、納得してもらえたとして。ボルドー殿。そなたは今後どうする?
もしそなたが問題ないのであればバルクス軍の騎士として復職も考えるが?」
ルッツの話によるとボルドーは人格能力共に問題ないということだ。
彼が望むのであれば、ルーティントを占領後、ルーティント領の治安維持のための騎士団長に復職させることも検討できる。
だが、それにボルドーは首を振る。
「すでに私はルーティント伯に対して危害を加えた責で殺されたことになっております。
今更、死者が生き返るわけにも行きますまい」
「そうか、残念だ」
「……ただ、許されるならば一つお願いがございます」
「なにか?」
「どこでも良いので、農業を出来る場所を教えていただけませんでしょうか?
落ち着いた頃にでも妻と子供を呼んで静かに暮らせればと」
「それであればボルドー様に一つその実績を元にお願いしたいことがあるのですが」
その言葉にアリスが反応する。
「そなたは?」
「申し遅れました。バルクス伯執務官 アリストン・ローデンと申します」
「なるほど、それではローデン殿。私に頼みたい話とは?」
「今回の戦争が終わって落ち着きましたらアインズ川流域に新規農村開拓を行う予定なのです。
その開拓団の一つを率いていただきたいのです」
「開拓団……ですか」
検討段階から一歩進んだ程度の案件ではあるけれどまずは一箇所、二百名規模の開拓団を来年早々にも派遣する手筈が整いつつあった。
ただ懸案事項として出ていたのがその団を率いる団長の存在であった。
二百名と小規模とはいえ人を率いると考えた場合、農民では難しいのではないか?という話が出ていた。
そこに行くと確かにボルドーは適任だ。
なんせ騎士団三千人を長年率いてきたという実績がある。
しかも、野盗や魔物から村を守るということについても太鼓判が押せるだろう。
「はい。開拓は、とくにバルクス伯は魔物の脅威に気をつける必要があります。
その際、騎士団を率いていたボルドー様のお力を貸していただきたいのです」
「そうだな。私のほうからも頼む」
僕も口ぞえをする。
それにボルドーは少し考えた後に口を開く。
「……なるほど、了解しました。非才な身ながらお手伝いさせていただきしょう」
「ボルドー殿、感謝を。それでは後の内容はアリスとベイカーの両執務官から聞いてくれ」
「かしこまりました。エルスティア伯爵閣下」
そしてボルドーは立ち上がり一礼し執務室を退席しようとする。
「ボルドー、落ち着いたら酒でも酌み交わそうぞ」
「ありがとうございます。御大。楽しみにしておりますぞ」
そうルッツと言葉を交わし、部屋を出て行った。
――――
翌年の王国歴三百十年、アインズ川の流域に一つの村が誕生する。
その後、順調に成長を遂げてバルクス地方で「エルスリード」「イカレス」「アウトリア」に次ぐ第四の都市とまで呼ばれることになる。
その初代村長として名を残しているのはボルス・フランクリン。
村長となる前の経歴は一切不明ながらも統率力に非常に優れた人物だったといわれる。
彼は三百四十二年、七十五歳で生涯を閉じることになる。
葬儀の際、バルクスと元ルーティント両方の退役騎士五百人が参列したことにその他の参列者が驚いたといわれている。
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