第148話 ■「ルーティント解放戦争8」

 戦闘を終了した僕達はカモイ駐屯地に帰還後、事後処理に奮闘していた。


 戦争開始前は六千強の兵員が、今や二万六千。

 事前にリスティの説明で民兵受入が分かっていたとはいえ、雑務が減るわけではない。


 カモイ駐屯地に残っていたベイカーさんとアリス達によって寝食の準備は完了していた。

 アリスの指示で出来るだけ同郷の人を集めて割り振ろうとしているんだけれど何せ人が足りない。


 元々のバルクス軍の動員数より民兵のほうが三倍多いのだからしょうがない。

 疲れているところをお願いして騎士の皆にも聞き取り調査をしてもらったおかげで何とか日付が変わる前には対応が完了し、やっと皆が一息つけたところだった。


 ルッツ団長が一番聞き取った騎士に年代物のワインをおごるといったのが効果覿面でもあった。

 なるほど人を動かす手段の一つだな。参考にしよう。


「とりあえず、今日は落ち着いたとして民兵の処遇はどうする予定?」


 侍従が入れてくれたお茶を飲みながら僕はベイカーさんとアリスに尋ねる。

 うん、侍従も頑張ってくれてはいるけれどベルが淹れてくれたお茶に比べるとなんだか物足りない。


 とはいえ、カモイでの戦闘が終わったからといって帰還することは出来ない。

 今後はルーティント伯への侵攻予定だから当面の間はベルのお茶は我慢するしかない。


「通常であれば、戦争が終わるまで動員するのですが、これからの戦場は彼らの故郷となります。

 民兵の感情を考えますとお勧めは出来ませんね」


 そうベイカーさんは話す。それにアリスも頷きながら口を開く。


「私もそう思います、とはいえ戦場で使えない二万もの人を養うだけの兵糧がもったいないので……

 いっそのこと、解放して我々のことを宣伝する広告塔として利用することをお勧めします」

「広告塔?」


 解放するまでであれば、なんとなく分かる。

 バルクス伯にとって事前に五千人の流民を受け入れている。


 さらに二万人の民兵を受け入れるのは現実的ではない。

 そもそもバルクス伯は農業力については改革を始めたばかりで成長途中。

 養っていくだけの兵糧が持たないだろう。


 であれば、早めに解放して故郷に戻ってもらうほうがお互いにとって利益がある。


 こちらは軍事行動、特に継戦力への弊害除去。

 彼らにとっては、怪我や戦死して帰れない可能性があった事を考えれば五体満足のうちに戻れるほうが良いに決まっている。


 ただ広告塔ってのはどういう意味だろう?


「今回の戦争は何度も言っておりますが、ルーティント伯領の領民解放を謳っております。

 そしてカモイでの戦闘において、民兵に一人も戦死者を出さないという形で意思を表示しました。


 ですがそれでもルーティント伯内の領民にとってはバルクス軍は侵略者になります。

 その不安が悪いほうに向かえば、ゲリラとして我々に牙をむく可能性があります。

 ですので民兵の方には故郷に戻っていただき、我々の意思を伝えてもらうのです」


 この世界には、テレビ・ラジオはもちろん電話も存在しない。

 ラジオや電話については、ベルとメイリアで構想を練ってもらってはいるけれど直ぐにとは行かないだろう。


 つまり情報の伝達手段は手紙や口伝となる。


 ルーティントの領民にとっては、僕達がどれだけ『君達を解放するためですよ』といったところで信用度は低い。

 怪文書として事前に知れ渡っているとはいえ良くて半信半疑というところだろう。

 だが同郷から、しかも実体験の話であればどうだろうか?


 なるほど、事後処理の中で出来るだけ同郷を集めた理由もそういうことか。


 内容を理解するに従い、リスティやアリスたちの才能を改めて思い知らされる。

 彼女達の中でこれらの筋道はいつから考えていたのだろうか。


 全ての事象を最大限に生かす。ラズリアの行動も手に取るように利用する。

 ……いやはや神様。このチートは凄すぎますよ。


「まったく、リスティにしろアリスにしろ敵じゃなくて本当に良かったよ」

「ありがとうございますエルスティア様。最大の褒め言葉として受け取っておきます」

「ですね。これからもエルの味方として頑張らせていただきます」


 僕の言葉にアリスとリスティは笑いながら返してくる。


 そんな中、執務室の扉がノックされる。

 それに僕が答えると一人の騎士が入ってきた。


「エルスティア様、お会いしたいという者が参っているのですが……」


 その騎士の声にはいくばくかの戸惑いも含まれている。


「こんな夜更けに? 誰が来たの?」


 そう尋ねる僕に、騎士は答える。


「元ルーティント伯第一騎士団団長、ボルドー・ウスと名乗られました」


 と――


 ――――


「本当にその男はボルドーと名乗ったんだな?」

「は、はい。確かに」


 急な来訪、しかも相手が相手である。

 執務室にはバインズ先生、リスティとアリス、ベイカーさん、そしてフルード第二騎士団長とルッツ第三騎士団長に集まってもらった。


 先の声はルッツ団長が応対した騎士に尋ねた声だ。


「ルッツ、知っているの?」


 何かを考え出したルッツに僕は尋ねる。


「ええ、ルーティント伯の騎士の中でも有名な人物ですからな。

 しかし『元』ですかい。ルーティント軍が撤退した今、どういった理由で来たのかがさっぱりですな」


「エルスティア様を暗殺しに来たという可能性は?」


 いやはやフルード団長、怖いこと言わないでよ。まぁ可能性として考慮すべきことだけどね。

 それにルッツ団長は首を振る。


「いいや、奴の為人は知っているが堅物なところはあるが立派な騎士だ。

 暗殺なんていう卑怯な手段を当主に言われたとしても受けるとは考えられんな」


「ルッツ団長がそう言うなら信用できるだろね。

 とりあえず、ここで来た理由を考えても埒が明かないから会ってみよう」


「一応問題ないと思うが念のため、このまま同席させてもらっても構わんかね?」

「ええ、もちろん。ボルドーという人を知っているルッツ団長がいてくれたほうが話はしやすいですし。

 皆にも出来れば参加してもらえるかな?」


 ルッツ団長の申し出は有難い。万が一の時には信頼できるからね。

 僕のお願いにも皆が了解してくれる。


「ありがとう、それじゃ呼んできてくれるかな」

「了解しました」


 その僕の答えに騎士は迎えに行くのだった。


 ――――


「このような夜更けにお目通りいただきありがとうございます。

 私はボルドー・ウス。元ルーティント伯第一騎士団団長であります」


 入室して僕の前に来た男は片ひざを着きながら名乗る。

 ルッツ団長のほうに目線を送ると、ルッツ団長は静かに頷く。


 どうやら本人で間違いないらしい。


「私はエルスティア・バルクス・シュタリア伯爵である。

 戦闘が終わったばかりでこのように物々しい所で申し訳ない」

「いえ、敵対した人間が来たのです。

 お目通りいただけただけでも過分なる対応。感謝を」


 なるほど、ルッツ団長が言ったように立派な騎士というのは間違いないようだ。


「……一つ良いか」


 そんな中、ルッツ団長が口を開く。

 本来であれば、家臣が当主を差し置いて口を開くのはあまりよくないのかもしれないけれど、これは非公開の面会だから問題ない。


「構わないよ。ルッツ」

「感謝をエルスティア様。ボルドーよ面会を願い出た時、『元』といっていたな。

 どういう意味だ?」


 それにボルドーは苦笑する。


「御大。そのままの意味ですよ。

 民兵攻撃を中止しモレス要塞まで撤退することを進言し騎士団団長の職を解かれ。

 明日の残兵による総攻撃を諌め聞き入れられなかったので当主を昏倒せしめて無理やり撤退させた愚かな人間という意味です」

「……そうか、今回の撤退はお主の所業か」


 なるほど、ラズリアにしては妙にあっさりと撤退したと思っていたけれどそんな理由があったのか。


「それでここに来た理由は何かな? 私の首を持ち帰ることで元の地位に返り咲くためかな?」


 僕はボルドーに対して挑発的に語りかける。

 密かに何かあった時のためにライトニングバインドの詠唱は完了させている。


 そんな僕のわざとらしい挑発にボルドーは笑い、首を振る。


「私なりにルーティント伯爵の性格はある程度理解しているつもりです。

 たとえ、バルクス伯爵の首を持ち帰ったとして、私が次に行くのは断頭台の上でしょう。

 あの方は、自分に危害を与えたものを許すだけの…………器量はございませんから。

 今頃、目が覚めたルーティント伯爵には、私が抵抗したため殺したと伝えられているでしょう」

「……ラズリアとは学校で同期だったから知っているが……まぁ、そうだろうな」


 そう、ラズリアは自分に対して危害を与えたものを許すことは無い。

 それは幾度と無く対戦した僕が痛いほど分かっていることでもある。


 では、彼は何をしに来たのだろうか?


「……ではボルドー。ここには何をしに来たというのだ?」

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