第150話 ■「ルーティント解放戦争10」

 明けて翌日、バルクス軍はルーティント伯モレス要塞に向けて出発する。

 モレス要塞までは五日ほどで到着する予定となる。


 動員は引き続き第二・第三・鉄竜騎士団の六千三百。


 投降した民兵についてはモレス要塞占領後、解放することになるので五日ほど遅れての出発となる。


 そして出発前に主要なメンバーが集まり会議を行う。


「とりあえず、エルの従軍はモレス要塞までにします。

 以降は占領作戦となりますので事後の処理をアリス達と行うようにしてください」


 リスティが地図(ルーティント伯の地図だ)を広げながら僕に告げる。

 確かにエルスリードを発って半月、残してきた執務官でバルクス領内の執務は出来ているだろう。

 けれど既に次の状況、ルーティント伯を含めた執務体制を整える必要がある。


 となると当主である僕の裁量が必要な案件が増えてくる。

 ルーティント伯の占領作戦は現場に任せて僕は執務に専念しろ。ということだろう。


 実際、今の状況だと僕に何が出来るということも無い。

 むしろ当主が前線にいる方が万が一を考えると危険極まりない


 バルクス当主たるもの戦陣に立つべしが家訓ではあるけれど、それは魔物を相手にした場合だ。

 人間同士の戦いの場合、将を討てばいいという知恵があるから危険すぎる。


 特に僕の場合は跡継ぎもクイだけだからなおさらだ。


「そうだね。それじゃ後は軍令部の指示で第二・第三騎士団による占領政策に移行。

 アインツ達には遊軍として行動してもらう。そんな感じかな?」

「はい、お任せください

 それではモレス要塞占領後の進軍ルートのすりあわせを行います」


 バインズ先生とリスティによってルーティント伯占領計画の内容を話し始める。

 僕達にとって既にモレス要塞については陥落することが前提だ。


 それもこれも以前から依頼していた物がメイリアから届いたことが理由だ。

 難攻不落と名高いモレス要塞を陥落させるための最終兵器といっていいだろう。


「……となります。作戦完了予定は今年の十二月十八日。

 ここにいる皆が笑顔で来年を迎えることを祈っております。

 次のモレス要塞がルーティント軍の最後の組織的抵抗となるでしょう。

 以降は投降する者については出来るだけ受け入れをしてください」

「分かりました。リスティ殿」

「任せておきなリスティ嬢」


 今後の作戦計画の主力部隊となるフルードとルッツの両団長の答えを持って会議は終了、作戦は開始されたのである。


 ――――


 王国歴三百九年七月七日


 モレス要塞の西方一キロの場所にバルクス軍は布陣した。


 モレス要塞に設置された投石器の最大射程が三百メートルであることを考えてもかなり遠方に布陣したといえる。

 その様を見てモレス要塞に駐留していた守備兵の中には臆病者と笑うものもいたが、カモイの戦いで絶望を経験した生き残りの騎士達にとってはむしろ薄気味悪さの方が強かった。


 この時、モレス要塞の守備軍は、第一・第二騎士団の残存兵力四千とモレス要塞守備兵二千の計六千。

 兵力に関してはバルクス軍と拮抗していた。


 士気という部分では第一騎士団団長の死(実際は死んではいないが)や黒騎兵隊の壊滅などにより何とか軍隊としての体裁を保っていたといったほうが正しいだろう。(第二騎士団団長の死はそこまでの衝撃は無かったが……)


 それでも彼らの中には、難攻不落を体現したモレス要塞という存在は大きかった。


 モレス要塞は、対魔物だけではなく対魔法を想定しておりカモイの戦いでバルクス軍が使用した不可視の魔法であろうと防げるのではないかと予想、いや期待していた。

 さらに投石器も要塞の城壁に等間隔に五十台。


 それらから敵に対して雨霰あめあられのごとく巨石が降り注ぐことになるだろう。


 そんな攻守共に完璧ともいえる要塞に対するのは、たった六千強の兵。

 とてもその数でモレス要塞を抜けるとは想像が出来ない。


 そう、この場でバルクス軍による侵攻は頓挫する。そのはずであった。


 ――――


「なんだ、あれは?」

「ん? 何かあったのか?」


 一番最初にその異変に気付いたのはモレス要塞の城壁にある見張り塔からバルクス軍を監視していた兵士だった。

 彼は剣術、槍術ともに騎士団の中でも下から数えたほうが早いほど才能には恵まれてはいなかったが、その目のよさを買われて監視役に抜擢されていた。


 彼としても危険性の高い戦場に出ずにモレス要塞の監視役として十分な給料がもらえていることに満足していた。

 現に今回の戦争はあれだけ意気揚々と出発していった騎士団が多くの兵を失い戻ってきた。

 その多くの騎士の目はまるで地獄を見てきたかのような者ばかりだった。


 こうして難攻不落のモレス要塞で安全に監視役をしておけばいいのだ。感謝しかない。

 なので職務中は自分の本分を全うしようとまじめに監視していた。

 そんな彼が何とか見えるほどである。


 敵軍はモレス要塞から一キロも離れている。

 肉眼で見えるものにも限界があるが、彼にはバルクス軍の前方に黒い物体が十個程度並べられているように見えた。


「敵の前に何かは分からないが黒い物体が十個ほど置かれているんだ」

「…………いやぁ、俺には見えないな。気のせいじゃないのか?」


 隣にいる同僚にはどうやら見えていないらしい。

 そもそも敵との距離は一キロある。弓矢は勿論、魔法であってもこれほどの距離に対して攻撃できるのは上級魔法でないと不可能だ。


 しかもモレス要塞の城壁であれば上級魔法だろうと無効化できるのだから注意深く監視しているほうが珍しい。


 現に隣にいる同僚以外はカードで遊んでいたりする。

 よくこんな狭い塔の上で遊んだり出来るもんだと逆に感心する。


 現状、彼以外に例の謎の黒い物体に気付いたものは皆無。

 さてこれを連絡するべきかと悩んでいた彼の目に再度、異変が訪れる。


 その黒い物体の前方に赤い火花が現れる。

 とはいえ、それは一瞬で次に見えるのは灰色の煙。


 そんな風景を今まで生きてきた中で見たことが無い彼はさらに混乱する。


「……、なぁ、変な音が聞こえないか?」


 そんな中、ふと同僚が顔を上に上げながら彼に尋ねてくる。


「……、あぁ、なんかヒュルルルって感じの音が……」


 それは何かが高速で飛んでくる風きり音に聞こえる。

 カードを楽しんでいた他の連中も音に気付いたようで顔を上げる。


 彼達が最後に知覚したのは、やや下の辺りで突如として起こった爆発と経験した事の無い振動と衝撃であった――


 ――――


「十二発中八発着弾。見張り塔イチ倒壊。城壁へのダメージも確認しました。

 外れた四発はモレス要塞内部に落下した模様。被害状況不明」


 遠巻きにモレス要塞への攻撃を監視していた騎士から報告があがる。


「射角を一度下に補正。以降断続的に砲撃してください」


 報告を受けたリスティの指示の元、メイリアから届いたもの――カノン砲の射角が調整される。

 構造としては初期型に近い前装式ではあるけれど、対要塞に関しては問題ないようだ。


 その構造は実にシンプル。

 火薬の爆破力を利用して鉄の弾を飛ばす。

 後装式の榴弾にしたいところだったけど、メイリアに依頼してから戦争までの期間が短かったので諦めざるを得なかった。


 最大射程は二キロと、この世界の基準的な投石器(射程三百メートル)に比べれば六倍を誇る。

 物理的な破壊力で言えば、この世界でも最強といっても問題ないであろう。


「敵の迎撃部隊が来る様子は?」

「いえ、未だ門扉は閉じられたままです」

「そりゃ、敵さんも今頃何が起こったのかわからぬまま大混乱だろうからな」


 僕の問いかけへの答えに対してルッツ団長が苦笑いしながら口を開く。

 カノン砲の弱点は砲撃間隔の長さと接近戦に弱いことだ。


 前装式だから一回砲撃するごとに砲身に残った火薬やすすを掃除する必要がある。

 また砲撃の衝撃で射角等にもズレが生じるのでその調整も必要となる。

 なので三分に一発程度の砲撃となる。


 そして榴弾ではないので動く目標も狙いにくく接近されると無効化されてしまう。

 そのため第二・第三騎士団は迎撃部隊が来た場合、妨害戦を行うためにスタンバイしてもらっていたのだけれど、今の所はその必要が無いといえる。


 まぁ、今頃はルーティント軍は大混乱だろう。

 ペリーが来航した時の日本人もこんな感じだったのかな。とふと頭をよぎる。


 なんてったって『泰平の眠りを覚ます上喜撰じょうきせんたった四杯で夜も眠れず』と読まれたほどだ。

 新兵器の大砲の衝撃はどれほどだっただろうか?


「迎撃がありませんので方針を一部修正。

 まずは投石器といった防衛設備の破壊を実施、それ以降は門扉の破壊を実施します」


 リスティの指示の元、カノン砲の射角の再調整が行われ、砲撃が再開される。

 難攻不落を誇るはずであったモレス要塞はその看板を下ろす時が刻一刻と迫っていた。

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