第132話 ■「他領の状況を整理しよう2」
「はい、ルーティント伯領についてお伝えします」
そう、ミスティが口を開く。
僕にとっては他領に比べると正直、警戒度は一段高いといえる。
公子であるラズリアとは因縁があるからだ。
……一方的に絡まれていたってのが本当のところではあるんだけれどね。
けれど貴族の個人的な因縁は最悪、国家ぐるみの問題になることも間々ある。
「もともと高税率であったにも拘らず、ここ二年ほどはさらに税率が上がったことにより商業・農業ともにかなりのダメージを受けているようです」
「高税率って実際にはどれくらい取っているの?」
その僕の疑問に……なぜかミスティは深くため息をはく。
「九公……一民です」
「きゅっ!」
それはあまりにも想像以上のもの。驚きの声は誰から出たかも分からない。
九公一民。日本の歴史においてもこの想像を超える税率が採用された場所があった。
その場所は、島原藩。
実際にはそれ以外にも赤ん坊税、老人税、生存税、死亡税、肥料税なんてのもあったらしい。
まさに草も生えない状態だっただろう。
結果として日本の歴史上、最大の農民一揆と呼ばれる『島原の乱』が勃発することになるのだけれど。
ルーティント伯領だっていつそうなるか……いや、すでに一部では内乱が発生しているんだったな。
「エルスティア様、事態は我々が予想していたよりもまずいかもしれません」
アリスが語る事態。それは大規模内乱の可能性だろう。
「しかし、そんな状況でよく領民が逃げないもんだな」
「逃げないのではなく。逃げられないのです。
領境の検問での領民の通過の制限。隣家共有法が主な理由ですね」
「隣家共有法?」
「隣家が納税できないもしくは逃避した場合、その分を隣家が負担する。そんな法律です」
「……隣家の不審な動きを密告すれば褒美が出るっていうオマケ付かな?」
「はい、その通りです」
実に良くできた最低最悪の法律と言っていいだろう。
隣家が逃げれば自分たちに負担が来るのだ。相互に監視の目を向け合うことになる。
そしてそれはお互いの不信を抱かせ、内乱のための結集を著しく阻害することになる。
なんせ密告すれば自分の家は褒美で生き長らえることができるのだ。
今まで内乱と呼べる内乱がアインツたちが見た小規模なものしかない理由がようやく分かった気がする。
「けれど、いつか必ず決壊する。それに備える必要があるだろうね。
バインズ先生、今後も重点的に調査をするための人員を検討してもらえますか?」
「了解だ。エウシャント伯爵領よりも重要って事でいいんだよな?」
「はい、こちらのほうが優先度は高いです。人員の数が足りないのであればこちらを優先してください」
「ああ、わかった」
諜報員の選抜に関してはバインズ先生に任せておけば問題ないだろう。
「次に領主についてですが、どうやら病床に
「現領主はラズリアの父親だったよね? 深刻な状況なの?」
「あくまで噂という形なのですが、裏では後継者の選定が活発になっているのを確認しました」
「後継者? ラズリアじゃないの?」
「ラズリア公子は『あの事件』のせいで、後継者として相応しくないのではないか? という一派がいるようです。
彼らとしては甥、つまりはラズリア公子の従兄弟を推しているようです」
どうやらここでも後継者問題が勃発しているようだ。
あの事件ってのはどう考えてもレイーネの森の事件の事だよな。
「その従兄弟ってのはどんな人物なの?」
「名前はフォード・ぺリア・エスト子爵公子、年齢は七歳との事です」
それって完全にその一派に担ぎ上げられたってやつか。
僕としてはラズリアが継ぐのも面倒だけれど、こちらが継ぐのも別の意味で面倒そうだな。
「大勢的にはどちらが有利かってのは分かるかい?」
「詳細は不明ですが、ラズリア派は騎士を中心とした武官、フォード派は執務官を中心とした文官が支持しているようです。
勢力的にはラズリア派が優勢のようですが、ある程度拮抗しているようです」
あー、若年だから執政で権力を持とうとする文官とそれを嫌う武官との勢力争いといったところか。
「ちなみにラズリアはもう帰郷しているの?」
「いえ、まだ在学中とのことですが、どこに在学しているのかといった情報がないのです。
ですので今どこにいるのかは不明となります」
「別の学校に転校したはずなのにその記録がないのか? なんだろそれ?」
「申し訳ありません。あるところで情報がプツリと途切れておりました」
「そっか、ミスティが追えないということは何か理由があるんだろうけど……一旦は様子見かなぁ」
「とりあえずは、ルーティントをメインとしてエウシャントの二領を監視と言うことで問題ないでしょうか?」
ベイカーさんがまとめた内容を再度確認してくる。
領主である僕は全体の方針を決めれば、詳細については皆でうまくやってくれるだろう。
「うん、それでよろしく」
僕はそう頷くのであった。
――――
周りにあるのは耳が痛くなりそうなほどの静けさ。
とある一室。備え付けられた家具や調度品は分かるものにとっては最高級の品であることが分かるであろう。
ここはそんな高級な調度品に囲まれるだけの地位を持つ者しか入室できないのだから。
そこにいるのは一人の少年。だがその彼を持て
彼にとって他人は自分を持て囃すためのみに存在するのだ。今の状況は許されざる状況だ。
「……間違ってない。俺が間違っているわけがない……
そうだ……あいつだ……あいつさえいなければ……全ての者が俺に
彼はつぶやく。普段は大人しい――過去の罪を
彼は壊れつつあった。いや、あの時、あの時点でもう壊れていたのかもしれない。
彼にとって、自分の下僕の一人が自分の手によってその生涯を閉じた事になんの感情も抱いていない。
道を行く蟻を偶然踏み潰してしまった。その程度の認識でしかない。
いや、すでに彼の記憶の中にその命を奪った下僕の名前さえ残ってはいない。
貴族として選ばれた自分がなぜこのような場所にいる必要があるのか?
まったくもって理解できない。この状況さえ彼が憎む男による差し金ではないかと曲解する。
この場所にいる人間は、自分を腫れ物のように接する。しかしその目に浮かぶのは
本来受けるべき尊敬や賞賛は影も形も存在しない。それが彼をさらに苛立たせる。
フスト医療学校
そこに強制的に入学させられて既に五年以上が経つ。
最初の頃は両親の使いが頻繁に来ていたが、それも年月が経つごとに次第に数を減らしていた。
それはしょうがない事であった、息子の起こしてしまった事件で立場が悪くなった両親は伯爵家の、いや愛する息子の地位を維持することに奔走していたのだから。
そしてその無理がたたり、父親は病床に臥し、その命の灯が消えようとしていたのだから。
だが、意図的に外の情報を断絶された彼の知らぬことである。
だから彼は考えた。自分は両親に捨てられたのだ。と――
不意に部屋をノックする音が響く。そのノックは彼がこの部屋にいない可能性を考慮したものではない。
この部屋はいわば彼を隔離するための場所。ここにいない事はありえないのだから。
つまりこのノックはあくまでも形式上のもの。だから彼が応じることがなくても勝手に開かれる。
「ラズリア・ルーティント・エスト伯爵公子。面会に来たものがおります」
「面……会?」
前回の面会から四ヶ月以上も経っている。今更誰が来たというのか?
職員の後ろから現れたのは一人の男。
年齢は四十代後半だろうか、開いているかどうかがよく分からない細目。
腰には護身用にか柄の赤いナイフを差す。
そんな男は楽しそうに口を開く。
「これはこれは、お久しぶりです。ルーティント伯爵公子。
いえ、伯爵閣下とお呼びしたほうがよろしいかな?
お迎えに参りました。さぁ、伯領にもどりましょうか。
あなたの殺すべき男を倒すための準備を始めましょう」
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