第133話 ■「新たなる法令1」
年が明けて王国歴三百八年二月五日
バルクス伯領内に二つの法令が発布された。
本年より休耕地について家畜の放牧場として利用することを義務付けする事
今後、二十年をかけて領土内の七歳から十二歳の全ての子供に対して無償教育を順次義務付けしていく事
の二つである。
そして追記として、『疑問などがあるものは、三月十日にエルスリードにて質疑に答える』も記載されていた。
一つ目の義務については、多くの農民が理由に疑問を持ちながらも、大した手間で無いことから受け入れていく。
だが、二つ目の義務は農民達にとっては死活問題とまではいかないが、作業に支障をきたす可能性を含んでいた。
農民達にとって子供は貴重な労働力になる。
特に近年は農地あたりの収穫量の減少を少しでも止めるための
その貴重な戦力を彼等からしたら、無償とはいえ飯の種にもならない教育なんかに取られることに納得は出来なかった。
まぁ納得できないからといって領主の命令に逆らうことは到底出来ないのだが。
普通の領主であれば『命令を出して、はい終了』な事に比べれば、質疑に答えるという意思(文句を言っても取り下げてもらえるとは流石に思ってはいない)があるだけまだましであろう。
多くの村で農民が会議を行い、代表(多くが村長や町長)がエルスリードに向かうことになる。
領内にあるほぼ全ての町村の代表者が主都エルスリードに集まる。
それは図らずもバルクス伯の有史以来初のことであった。
――――
その日、エルスリードのバルクス伯家に隣接する大会議場は熱気に包まれていた。
二百人以上が一堂に会していたからだ。
逆に言えばバルクス伯領内には二百近くの町村が存在するということになる。
大部分が数十人程の村とはいえ、思いのほか多い。
日本であれば市町村の数は千七百くらいだから、バルクス伯だけで八分の一くらいあるということになる。
人口規模はかなり違うけれどね。
とはいえ、この二百人については、ぶっちゃけ不満だらけでこの場にいる人がほとんどだろう。
伯爵と平民の関係はまさに神と人に等しい。不興を買えば殺される事だってある。
もちろん僕はそんなことをする気はさらさら無いけど、僕と言う人物を知らない彼等からすれば僕も他の貴族と同じなのだ。
だから本音が全て出てくるとは思わない。
でも説明することで少しでも納得してもらう。
『やらされる』と『理解してやっている』では意味が違うのだ。
執務官の中にはここまでやらなくても……という考えの人はいる。
いや、むしろそちらのほうが多い。
それは仕方ない、この世界での常識なのだから。
けれど僕はその意識も少しずつでもいいから変えていきたい。
今までの僕の行動がどれだけ影響を与えているかは分からないけれど、八十四年後には人類は滅びる運命だ。
その時、支配する者される者という意識は大きな弊害になる可能性がある。
もし支配する者が全て死んだらどうなるのか?
そこまで追い込まれてから独立独歩の精神が生まれたとしても全てが手遅れの可能性がある。
であれば今からでも
何者にも束縛されず、自らの考えで事を行うことの出来る……
たとえそれが、僕の今の立場から降りることになったとしても……
「エルスティア様。そろそろ行きましょうか?」
不意に声をかけられる。――今回の事に賛成してくれた数少ない一人――アリスだ。
「そうだね。……アリス」
「なんでしょうか?」
「どうして今回の説明会に賛成してくれたんだい?」
それにアリスは少し考えて口を開く。
「以前、エルスティア様にはお聞きした事があったと思います。『平民は愚民たれ』と。
つまりはそういうことですよね?」
「……なるほど、僕の考えはお見通しか」
「はい……逆に質問をさせていただいても?」
「うん、なんだい?」
「エルスティア様が成されることは、ご自身もそうですが王国自体の意義を否定することになりかねません。
それほどの危険性を理解しながらなぜ?」
「……そう、だね。うん、もう少し、もう少ししたらアリスにも話すよ」
「『にも』ですか……わかりました。その時までお待ちします」
アリスはそう言うと、彼女本来の可愛らしい笑顔を向けるのだった。
――――
「エルスティア・バルクス・シュタリア伯爵閣下。ご入場!」
衛士の宣言に今までの喧騒が嘘のように静まり返る。
会議場に僕が入ると、まるで練習をしたかのように全員が頭を下げる。
その中を進み、上座の一段高い椅子に座る。
そして僕の右側にアリスとベイカーさん。
左側にリスティとバインズ先生が座る。
「皆忙しい中、よく来てくれた。面を上げよ」
僕の声に皆が頭を上げる。
僕を見る視線には色々な感情が混じっている。
始めてみる若き領主への興味と……どう動いてくるかが分からない恐怖。それが多いだろうか?
「遠路遥々来たのだ、今回の法令について皆、なんらか思うことがあるのだろう」
その言葉に僅かながらざわつく。不興を買ったと思ったのだろう。
それに僕は笑いかける。
「なに、それに対して責めるつもりは毛頭無い。そなた達の思いを知りたいのだ。
忌憚なき意見を許可する。なにか言いたいことはあるか?」
僕の言葉に緊張感が僅かばかり解けるのを感じる。けれど、誰からも意見が出てくることは無い。
一番最初に意見を言うことで、悪い意味で僕に覚えられるのを恐れているのだろう。
「エルスティア様、一つよろしいでしょうか?」
そんな中、このままでは
一人の老人が手を上げる。
「ああ、かまわない。それでそなたは?」
「ブルックハットと言う村の村長をしております。ヘゲナと申します。」
「たしか、ここから北へ二日ほど行ったところにあったか?」
僕の答えに僅かながら驚いた空気を感じる。
「はい、そのとおりです。わが村のような小さき村を覚えておいていただけてうれしく思います」
「領主であれば当然だ、それでは聞こうか」
伊達に毎日のように報告書とにらめっこしているわけではない。
流石に十人ほどの村だとうろ覚えになってしまうが、ブルックハットは村とはいえ数百人ほどと規模が大きい。
記憶としてちゃんと残っている。
「この度の法令について、七歳から十二歳の全ての子供に対して無償の教育を義務付けるとの事。
なるほど、素晴らしき方策と思います」
「世辞はいい。何が聞きたい」
僕の反応を見るために婉曲な言い方をしてくる。
正直、僕としては言葉遊びで時間を無駄にするのは避けたい。なにせまだ二百人いるのだ。
「では……私の村に限らず多くの町村にとって、子供は貴重な労働力です。
特に近年は収穫量の減少を補うために多くの労働力を必要としております。
その中で貴重な労働力を、その……」
ヘゲナは言葉を濁す。
ま、僕としては言いたいことは分かってはいるけどね。
「かまわない、なんだ?」
「……その、飯の種にならない勉学で失うのは死活問題なのです。
収穫量が減っては、伯爵閣下にお納めする税も減り、我々が生きていくための食料も減ってしまいます」
ま、予想通りだよね。
伯爵家への税収の減少も懸念としてあげる事でいい方向に話を持っていこうとしているのだろう。
「なるほどな。ここにいる皆も同じ意見であるか?」
僕の問いかけに、声には出さないけれど肯定の空気が広がる。
「ヘゲナよ。子供が労働力として必要な理由は収穫量が減少していることに対しての対策という事で問題ないか?」
「は、はい、そのとおりです」
「であれば、収穫量が増えれば問題ないということか?」
「それは、そのとおりでございますが……我々には地力を回復させる魔法を利用できるだけの財力が……」
「ではそのあたりの話は、執務官のアリストンから話してもらう。
アリストン、頼むぞ」
「かしこまりました。エルスティア様」
アリスは僕に微笑みながら頭を下げる。
ま、とりあえず。ふぅ~僕のお仕事(厳格ある雰囲気で喋ると言う気を使う仕事)は終了と。
「皆様始めまして、執務官のアリストンです。
非才な身ながら、エルスティア様に代わって説明させていただきます」
対第三者モードのアリスは、そう口を開くのであった。
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