第107話 ■「魔法と鉄の仲介を……3」

「エル様、お待たせしました。解析結果がまとまりましたのでご報告します」


 部屋に入ってきたベルは僕にそう言うと何枚かの紙を差し出す。

 それには僕が使用した魔法の一つ一つについて細かくグラフ化されている。

 

 そのあたりにベルとメイリアの几帳面さが垣間見える。

 

「以前、エル様が鉄の魔法阻害原因として検討していたのは『鉄から出る磁場の影響』と『鉄が魔法力を吸収』でしたよね」

「うん、そうだね。どっちかだと分かったの?」


 そう聞く僕にベルとメイリアは複雑そうな顔をする。

 これは両方とも僕の予想から外れていたのか?


「あ、どっちでもなかったとしても大丈夫だよ。あくまで予想だからね。

 データの方が正しい事は理解しているから」


 と返してもいまだ複雑そうな顔をする。うーんなんだろ。


「エル様、端的に言いますと、『原因は両方』というのが正解です」

「両方? ってことは磁場も影響するし、魔法力も吸収していたって事?」

「はい、そうなります」


 いやいや、これは流石に想定していなかった。まさか両方とも原因だったとは。

 磁場でも吸収でもそれを防ぐ……例えば絶縁体みたいなものを用意すればいいと思っていたんだけど両方となると一気に難しくなる。


 二つを重ねれば? というのはコストがかさむことになるし、場合によっては干渉し合う可能性もある。

 

「これは予想外だね。うーん、やっぱり難しいのかなぁ」


 今まで色々と考えた事は鉄の魔法阻害をどうにかできる事が前提の物が多い。

 その前提が崩れるとすると大きく方向修正が必要になる。


「あのぉエル様、実は一つ心当たりがあるのですが……」


 うんうん悩む僕にベルがそう言ってくる。

 

「えっ、本当に。何々?」


 そう聞き返す僕にベルは僕の後ろを指さす。

 うん? 僕の後ろって壁だよね? 壁材が心当たりなのか?

 僕は振り返りベルが指さした方向を見る。

 

 そこにあったのはバルクス家の家紋。


「ベル、バルクス家の家紋がどうかしたの?」

「心当たりというのが、バルクス家の家紋にも描かれているミスティアの花なんです」

「ミスティアの花?」


「えっと、バルクス領の南方、魔陵の森のそばに『ファーナの谷』と呼ばれる場所があるんです。

 その周辺は普通とは違う現象がたまに発生するんです」

「普通と違う現象って?」

「見た目上は何も変わらないのに魔法が使えなくなったり、体調を崩す人が増えるんです。

 とくに魔法力が多い人にはより顕著に……それで民間療法としてミスティアの花の種から抽出した油を体に塗れば劇的に改善されるって言うのがあるんです」

 

 ミスティアの花は多年草だ。何年にも渡って花を咲かせるが冬を迎える前ぐらいに大量の実を付ける。

 それを鳥たちが食べ、糞をすることで広範囲にわたって子孫を増やしていく。

 ただバルクス領以外では上手く自生しないという不思議な特徴がある。だからバルクスの固有種となっている。

 

 その種からとれる油は香りもいいので調味油としても珍重されている。


「その民間療法が何かのヒントなの?」

「そうです。今回の結果からそのファーナの谷の周辺で発生している現象って『磁気嵐』なのではないかと。

 その現象の際に上空に光の帯……つまり『オーロラ』が出来ていたという目撃情報もありますので」


「磁気によって魔法が使えなくなった人がミスティアの花油を使えば改善される。

 つまりはミスティアの花油に磁気を防ぐ効果があるんじゃないかって事かな?」

「はい、そうです。

 実は検証結果ですとまず磁場によって維持できなくなった魔法が魔力に霧散した後に鉄がその魔力を吸収しているようなのです。

 つまりは磁場による干渉を大きく防ぐことが出来れば解決できる可能性があるんです」


「なるほど、確認してみる価値はありそうだね。ベル、悪いけれどファンナさんがミスティアの花油を持って来ていないか確認してもらえるかな?」

「わかりました。さっそくお母さんに聞いてきます」


――――


「さてと、こんなものかな?」


 ファンナさんに聞いたところ、ミスティアの花油は料理に使うために常備していたらしく一部を分けてもらった。

 それを鉄板に塗ってみたところだ。


 今回上手く言った場合を想定して検知器は鉄板から少し離れた場所にセットする。

 一品物なんで壊れたら大変だからね。

 

「それではエル様、お願いしまーす」

「ほいよー、『穿て蒼き矢、ウォーターアロー』」


 僕の右手から放たれた水の矢は一直線に鉄板へと向かう。

 そして今まであっさりと霧散した三十㎝のラインを越え――――


 カィィィィィッン


 周囲に高い金属音を上げ消滅、いや水柱になる。

 水として残る――それは今までの霧散とは異なる現象。つまり……


「成功……した?」

「エル様! どんどんやってください!」


 その様に大きな前進を見たベルは興奮気味に叫ぶ。

 そして――


 ――十分後

 

 そこには大きく歪んだ鉄板が一枚。それは魔法による衝撃で曲がったことを意味する。

 僕が次々と打ち込んだ魔法はことごとく鉄板を捉えた。

 さすがにこの状況で上級魔法は使わなかったけどね。検知器まで巻き込んでしまうから。


 ともかくも実験としては大成功と言える。

 そこでふと思った。

 

 ミスティアの花はバルクスの固有種だ。

 つまりバルクス以外ではミスティアの花油の効果を知る事は出来なかった。

 

 もしかして神様が転生先をバルクス伯にしたのはこれも理由なんじゃないかってね。

 証拠も何もないけど間違ってはいない気がする。あの神様だし。


「収集したデータを解析してみないといけませんが、今のところは大成功と言えますね。エル様」


 検知器の回収をしながらベルが僕に微笑みかけてくる。

 ベルとしても満足いく結果だったんだろう。

 

「うん、これでいろいろな事が動かせる。ありがとうベル、君のおかげだよ」


 今回の最大の功労者はベルだ、僕は素直に感謝を告げる。


「いえっ、そんな! ……ですがエル様のお役にたてたなら嬉しいです」


 褒められ慣れていないベルは顔を真っ赤にさせる。

 けれどその次は何時もの笑顔を僕に向ける。

 

 その笑顔にドキドキしながら僕達は家に戻るのであった。

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