第108話 ■「双花の入学」
四月になり僕達は五年生となった。
とはいえ何かが大きく変わったって事は無い、むしろ……
「二人とも忘れ物は無い? ハンカチは持った? ティッシュは……無いか」
「にぃ、大丈夫だよ。心配性だなぁ」
「でもにぃに心配してもらえるのって嬉しいね。アリィ」
「うん、嬉しいね。リリィ」
そう、今日からアリシャとリリィが入学する事になる。
別に二人が授業に付いて行けないんじゃないか? みたいな心配は正直無い。
魔法については僕の。剣術についてはバインズ先生の
むしろ先に進みすぎていると言えるかもしれない。
なので二人には出来るだけ実力を見せない様にと先駆者としての失敗談を元に伝えている。
うん、いいよね。反面教師がいるっていうのは…………
という事で僕達は明日から始業式になるわけだけどアリシャとリリィの入学式を見学するために二人の見送りをしている最中だ。
本当は二人の通学を後ろから確認しながら行こうと思っていたんだけれど皆に全力で止められてしまった。
……八歳の女の子二人が通学する後を付ける少年……うん、まさに『通報しました』事案だ。
なので後からベル達(という僕の監視役)と一緒に行くことになっている。
二人については、メイドトリオのアーシャとミスティが付いていてくれている。
大概の事は問題ないだろう。
――――
「みなさん、入学おめでとうございます。
きっと皆さんは、今日から新しく始まる学校生活に、期待で胸を膨らませている事でしょう。
さて……」
かつて僕が入学した時と一言一句間違えることなく校長のスピーチは続く。
まぁ、校長としても何十年もやっているとマンネリ化には勝てないのであろう。
それにしても……
「ねぇ、ベル。なんだか今年の入学式は在校生とかの見学も多いような気がするんだけれど?」
そう、人が多いのだ。入学式については在校生徒の参加は義務付けられていない。
現に僕達も今回が初めてだ。
にも関わらず今回はざっと見ただけで制服姿の在校生が数百人はいるように見える。
僕の問いかけにベルは少し気まずそうな顔をする。どうしたんだろう?
「えっと……アリシャ様とリリィ様が入学するという噂が広まったようで……」
「アリィとリリィの入学が? なんで?」
「……うーんと、それは……」
話し辛そうにするベルに気を遣ったのかリスティが口を開く。
「『アストロフォン殺し』の妹達が果たしてどんな子なのか? の見学ですね」
「……え……うそだろ?」
まさか僕が関係しているとは思いもしなかった。というか僕の認知はその嫌な異名なのか……
いやいや僕の不満はこの際どうでもいい。
僕の数々の行動――全校生徒が知る話であればレイーネ事件は最たるものだ――に妹達に好奇な目がむけられる。
それは僕と比較されることになるだろう。
それによって二人に負担をかけてしまうかもしれない事が問題だ。
「エル、そこまで気にしなくても恐らく二人なら大丈夫ですよ」
その不安が顔に出ていたのだろう。リスティは僕にそう言ってくる。
「どうしてそう思うの? リスティ。
二人にとって僕が重荷になってしまうかもしれないのに……」
「そうですね。この一年ほど見てきましたが、御二人とも要領が良いですし、それに……」
「それに?」
僕が尋ね返すのにリスティは微笑む。
「お二方ともエルの事が大好きですから」
――――
「あー、教室の外に人がいっぱいいるなと思ったけどそう言う事だったんだぁ」
入学式から帰宅し夕食を食べ終わり、くつろいでいる時にやじ馬たちの話題が上る。
学生になった事の興奮もまだ冷めておらず、本日のおねむはまだ先のようだ。
「ごめんなアリシャ・リリィ。お兄ちゃんのせいで騒がしい学園生活になりそうだから……」
「にぃ、何で謝るの? アリィはお兄ちゃんが学校で人気があるってわかって嬉しいよ」
「そうだよ、にぃ。リリィとアリィにとってはお兄ちゃんが人気があるって事は嬉しい事だもん」
そう言ってくれる二人の思いは嬉しい。けれど。
「でもどうしても二人は僕と比較されることになる。それが重荷になるんじゃないかって……」
その僕の言葉に二人は顔を見合わせて……楽しそうに笑い出す。
「学校では出来るだけ凄い魔法は使わないようにって、にぃと約束したもん。
にぃ達がアリィやリリィが凄いって事を知っててくれたら平気だよ」
「そうだよ。にぃが褒めてくれればそれだけで十分だもん」
二人がガイエスブルクに来た時に約束したことを思い出す。
二人の中で僕と約束した事を覚えていてくれたことに嬉しく思う。
「うん、そうか。わかった。
でももし二人が嫌だなぁとか辛いなぁと思う事があったら正直に教えてね
お兄ちゃんが絶対に何とかして助けるから」
「「ありがと! 大好き! にぃ!」」
そう二人は元気に言う。満面の笑顔で……
――――
バルクス伯爵家長女 アリシャ・バルクス・シュタリア
バルクス伯爵家次女 リリィ・バルクス・シュタリア
学業についてはほぼ一律に『やや優』の成績であったと王立学校の記録に記載されている。
それは意図的に狙ったかのような成績でもある。
彼女たちは学業よりもその
それだけの器量を持つゆえに多くの男子(一部には女子)が告白しようとしたが、その前に『アストロフォン殺し』の大きな壁が立ちはだかったというのも良く知られる話である。
その壁からすると、知らぬ間に自分を倒さなければ二人に告白できないという意味不明なルールが出来上がっていたと主張しているが……真相は不明である。
そんなルールが出来上がった理由も兄やその親友達への慕い方をみれば、
二人は十五歳の時にバルクス伯に戻る事になるのだが、学生の頃の目立たぬ学業評価から一変して多くの戦争・内政で活躍をすることになる。
学生時代、一切使用しなかった中級魔法を呼吸をするがごとく当たり前に使用したという話も残るほどである。
学生時代の評価とバルクスに戻って以降の活躍に大きな隔たりがあるという点は、歴史家の議論の的になっている。
まぁ本人達にとっては、兄が喜んでくれれば後世でどう評しようと知った事ではなかったろうが……
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