第77話 ■「襲撃 レイーネの森7」

 耳をつんざく音が森中に響き渡る。


 尻尾によるただ一振り。


 それだけで何本もの木々が玩具おもちゃのようにぎ倒され舞う。


「っくそ!刃が入らない!」


 アインツは悪態を吐きながらその尻尾を避ける。


 アストロフォンの外殻の硬さに魔法の刃も通らない。

 一応、傷はついてはいるが有効打にはなりきっていない。


 通常の刃であれば既にボロボロになっていただろう。


「やっぱり、メインは魔法じゃないと無理か……」


 僕はそう呟きながら、新たな魔法の詠唱を始める。


「来たれ、仇なす者に終焉のいかずちくびきを!

 ライトニングバインドアルファ!」


 普段使っているライトニングバインドは相手を感電させて一時的に行動不能にすることを目的としている。

 なので親切な賊さん達の協力の元、ライトニングの威力調整をしている。


 けれど、魔物相手であればその必要はない。

 ライトニングの最大威力を発揮するアルファ型を使用する。


 亀といえば水属性。ならば雷に弱いはず!というゲーム脳がうなりを上げる。


 実際問題として炎系や水系で攻撃してみたけれど、外殻に目に見えるダメージを与えることが出来てないんだけどね。


 アストロフォンの下に展開された魔法陣から鎖が何本も出現し、その体に巻き付く。

 それと同時に視認できる程の閃光スパークがアストロフォンの体に流れていく。


『グォォォォオォオッォオ』


 アストロフォンから初めての悶絶声が響き渡る。

 同時に大いに暴れ出す事で、鎖はその力に耐えきれず壊れて消えていく。


 うーん、ダメージはあったけれど致命傷までは無理だったか。

 けれど選択肢として雷系は正解だったようだ。

 外殻が邪魔をしていると考えたほうがいいかもしれない。


 その時、思考に入った僕の中でほんの少しだけ集中力が切れる。

 それは刹那せつな、普段であれば誰もわからない程の。

 だけど戦場ではそれは命取りになる。


「エル!前!」


 アインツの声に我に返る。

 目の前にはアストロフォンの人の背程もありそうな太さの尻尾が迫る。

 それは既に避けられるようなスピードではない。

 起動しているオートディフェンダーに一縷の望みを掛けるしかなかった。


 全身に感じる衝撃に思わず息が詰まる。


 オートディフェンダーには衝撃を吸収する力はほぼ無い。

 その衝撃は10歳の子供なんて容易に吹き飛ばすだけの威力がある。

 僕の中にあの『死んだ時』の衝撃が思い出される。


 吹き飛びながらも、見える景色が次第にスローモーションになる。

 あぁ、これが死ぬ前に見るっていう走馬灯か?

 なんて冷静に考えながら僕は木に激しくぶつ……かることは無かった。


「何とか……ギリギリ、セーフか……」


 背後から聞こえてきたのはそんな声。


 振り返るとそこには、顔色が若干青くなったアインツがいた。

 木とぶつかる前に間に入り受け止めてくれたおかげで僕は助かったらしい。


「いやぁ、普段エルがエアウィンドを推進力に使っているから、

 自分の速度アップに使ってみたけど、くそ痛てぇ」


 咄嗟に自分の背中にエアウィンドをぶつけて推進力として使用したのだろう

 着ていたシルバーメイルは背中の部分が大きくへこみ、肌が露出していた部分には切り傷ができそこから緩々と血が流れる。


「アインツ!ごめん!大丈夫か!」


 僕はそう声を掛けながら中級治癒魔法で治療する。


「なんとか……と言いたいところだけど。

 悪りぃ。すぐにでも意識が吹き飛びそうだ。まぁ、気にするなよ。

 俺の剣じゃアストロフォンは倒せないからどちらかが残るとすればエルだからな……」


 治癒魔法により傷は瞬く間に治るが、肉体・精神的な疲労への効果は薄い。

 アインツはそのまま意識を失う。


 呼吸は安定していることに僕は少し安心し、アインツを取りあえず物陰に移動させてそこに横たえる。


 僕の中にあるのは自分に対する怒り。

 僕さえ気を抜かなければアインツは怪我をすることは無かった。


 僕だって所詮は十歳の子供。

 全てを完璧にやるなんてどだい無理だろう。

 それでも自分が許せなかった。


 今までも僕の目の前で何人もが傷つき、中には死んでいった者も多い。

 それでもそれは僕にとっては敵対もしくは成り行き上関わった人だけだった。


 今回が僕にとっては近しいものが傷つくという初めての経験だった。

 自分に対する強い怒りそして強い悔恨に、僕は強く願う。


『もっと強くなりたい。仲間を傷つけなくても済むほどの強い力を……』


 その時、僕の中で何かが変わる。

 そう、それは何かの壁を壊したかのような感覚――


 そして僕は再び動き出す。


 ――――


 見つめる目。


 それは次第に笑みを含んだ形へと変わる。


「ほほぅエルめ。わずか十歳にして二つ目の壁を壊したか」


 その呟きに答えるものはいない。

 それはそうだ、半径五十キロ内には誰一人としていないのだから。


 それは彼―神に与えられた空間。

 いや『与えられた』というのも正確には違う、生み出したが正しいか。

 それは神にとっては造作もない事。


 神は二十四時間、数万に上るサンプルをモニタリングする。

 神は睡眠も食事も必要としない。

 娯楽として真似ごとをすることはあるが……


 今、一つのサンプルが滅亡を回避できずに死んだが既に興味は無い。

 最初に自身への強化チートを望み、それ以降も自己強化のみを望んだこのサンプルは、モニタリングの優先度を『最低』まで落としていたのだから。


 神が興味を持つのは優先度『最高』設定の二十六名、その中にはエルもいる。

 そしてエルは神がモニタリングを行ってきていた中で最速に近い十歳で二つ目の壁を壊したのだ。


 隠れギフト『努力は必ず実を結ぶゴッド・ブレス


 それには七つの壁が存在する。


 一つ目は『怠惰』

 強力なギフトを貰ったことで努力を怠ったものはこの壁すら越える事もなく死んでいく。

 エルの場合は不断の努力の結果、魔法の深淵の一部を覗いたことが切っ掛けだった。


 そして、二つ目は『親愛』

 自分に近しい者の為に強く在りたいと強く願う想い。

 それは自身の為に強く在りたいという想いを遥かに凌駕りょうがする。


 エルはその壁を今壊した。さらにこれから強くなるだろう。

 だが……


「エルよ。ここまでは今までの多くのサンプルもいずれは越えておる。

 次の壁をどう越える? どう壊す?」


 そう、ここまでは言ってしまえば前座


 この次は、誰もが望む事。だが本心から望むことは難しい。

 現にこの壁を超えることが出来たサンプルは一気に数を減らす。


「さてさて、エルよ。お主はその壁を越えれるかのぉ」


 そして神は、エルの戦いの結末を確認する為、モニタリングを再開する。

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