第76話 ■「襲撃 レイーネの森6」
「現時点をもって、第三バリケードを放棄!
一班から順に第四バリケードまで後退。
後退次第、別班の後退をサポートしてください!」
リスティは大声で学生たちに指示する。
その指示に学生たちは異議を唱えることなく即時対応を開始する。
今までのリスティの指示が正解である。という信頼を勝ち得ていたからだ。
当初はリスティが指示を行う事に不満を持つ者もいた。
伯爵公子であり、普段から信頼関係を築いていたエルが指名したから不承不承。そういった者もいた。
だが、魔物が実際襲撃を開始してから一時間ほど。
その全てを大きな怪我人を出すことなくリスティの指示で退けていた。
『自分がもし指示していたら……こうも出来たか?』
そう思って身震いする者ばかりだっただろう。
既に六層からなるバリケードの三つを放棄する事にはなっているが、それは彼女の指揮に問題があったからではない。
数十と押し寄せる魔物は仲間(奴ら自体は仲間という意識は無いだろうが)の屍を踏み越える……そして自身も屍として身をさらす。
バリケードを越える事が容易な高さまで死体が積み重なった結果であった。
現に彼女の撤退指示から撤退が完了した数分後には魔物達がバリケードを踏み越えてくる。
リスティは
皆、一時間ほどよく耐えているけれど徐々に疲労が隠せなくなってきている。
六層あるバリケードの三つを放棄したという事は、単純計算でも後一時間しか耐えることが出来ないだろう。
今は皆、目の前の魔物を倒すことに必死でその事実に気付いていないからこそ士気を保てているのだ。
援軍として恐らく向かってきているだろう騎士団の到着もいつになるかもまだ分からない。
そして魔物の襲撃はあとどれほど続くのかも分からなかった。
『統率に優れた才能』のギフトを持つとはいえ、そもそもの自分が指揮する事が出来る人数が二十名ほどと限られている。
防衛戦である以上、消耗を押さえながら持久戦に持ち込む以外術がない。
騙し騙しここまでやってきているが、どこかで瓦解する事は間違いなかった。
「ベル、補充の弓矢ありがとうございます」
「いいえ、ユスティも気を付けて」
「リスティ。全員後退を確認、怪我人の治療も終わりました」
「ありがとうベル。一旦待機して魔法量の回復に努めて下さい」
リスティはベルからの報告に笑いながら回答する。
いつの間にか皆、呼び捨てにしていたがこの緊迫感ある戦場でまだ誰も気づいていない。
(これが切っ掛けで今後も呼び捨てになるのだけれど)
ベルに限らずユスティも最前線に突出しているエル様やアインツ君の事が心配だろうにこうして頑張ってくれている。
彼女たちの不安を和らげているのは、森の奥から響き渡る爆破音が、少なくともエルの健在、そしてアインツも恐らく無事であろうことを教えてくれているからだ。
――その時、突如として大地が震える。
そして遅れて聞こえてくる今までの中でも最大級の爆破音。
咄嗟にリスティ達はしゃがみこみ耳を押さえる。
それが収まると次第にリスティは違和感を感じる。
(魔物の数が急激に減った?)
そう、切れる事が無いかのように襲ってきていた魔物が徐々に数を減らす。
既に散発的なものになっている。
これであれば余裕をもって対応できるほどに。
魔物がほぼ全滅したのか?と湧き上がる希望を彼女は即座に自制する。
淡い希望は裏切られた時に瞬く間に士気を崩壊させる。
「全員まだ気を抜かないで!敵は散発的になったとはいえ完全に襲撃が終わったわけではない!
むしろ大物が来る可能性がある!
余裕がある者は武具の補充!そして交代制で休息をとって!
私たちが勝利を確信するのはエル様が帰還したその時!」
現状の高い士気を維持しつつ、休養を取らせるように力強く指示を与える。
エル様の帰還、それなくして自分たちの勝利は無いのだから……
――――
「さて、アインツ。どうやらメインディッシュはこれからみたいだよ」
下級魔物をあらかた消し炭にし、爆風が叩き付けられたことで消火され広い焼け野原の空間が出来た森の中、僕はアインツに軽口をたたく。
それは緊迫感の裏返し。
「なんだか既に1年分はエルに奉公した感じなんだけどな。
帰ったらうまいものを
「だったら、『リーフの丘』のランチなんてどうかな」
「あぁ、最高だな。あそこのランチは絶品だからな」
そう言いながら僕達は森の奥から視線を離さない。
魔法量は……半分くらいって感じだろうか。
まだ何とかいけそうだ。
響き渡る足音は一つ。だけれどまだ見えないながらも今までとは異色の圧力をピリピリと感じる。
そしてそれはまだ残っていた木々をなぎ倒しながら現れる。
先ずは子供の体であれば中にすっぽりと収まるのでは?と思うほどの頭。
そして堅個な甲羅に覆われた……うん、まんま亀だ。
だがその大きさは僕が知るものをはるかに超える。
前世の動物園でゾウガメを見た事があったけれど……桁が違う。
全長・全幅ともに十mを優に超える。
高さでいえば五mはありそうだ。
ゲームとかでよく出てくる巨大亀にしか見えない。
「おい冗談だろ。なんでレイーネの森に『アストロフォン』がいるんだよ」
アインツが誰ともなく呟く。
こいつがアストロフォンか、魔物辞書で名前は見た事があるけれど実物は初めてだ。
この世界では魔物は低級・中級・上級に大別される。
とはいえ、上級と言われる魔物は滅多に見られることは無い。
いわゆる神話級のレア度となる。
なので通常は低級・中級が基準になる。
そして中級は「将」「王」「災害」「厄災」「天災」の級に細分される。
ちなみに上級は全て「神災」とされる。
そして……アストロフォン……この魔物は「将級」に分類されている。
なんだ、一番下じゃん。と思うのは間違いだ。
各級に対峙するに当たり推奨される指針が存在する。
それによると
低級:二個分隊(二十人)
将級:一個小隊(六十人)≒六個分隊
王級:一個中隊(三百人)≒五個小隊
災害級:一個大隊(千五百人)≒五個中隊
厄災級:一個連隊(六千人)≒四個大隊
天災級:一個師団(三万人)≒五個連隊
とされている。
一騎士団が二個大隊規模で構成されていることからも厄災級以上では複数騎士団投入が必要なクラスになってくる。
つまり僕達は普通六十人で対応が必要な魔物に二人で対峙している事になる。
幸か不幸かアストロフォンは将級の中でもまだ与しやすいと言われる。
攻撃が巨体を使っての突進もしくは亀にしては長い尻尾による薙ぎ払い位。
それさえ凌げれば魔法を使わない分、対処は楽……
うん、言うは易し。
その巨体を避ける事自体が厳しい。
「エル、どうする?みんなの方向に行かない様に誘導した後に逃げるか?」
「そうしたいのは山々だけどね。放置するのが危険すぎる」
そう、危険すぎるのだ。
アストロフォンは階級でいえば確かに将級に過ぎない。
けれどその最大の特徴は全身を覆う甲羅を基礎とした異常なタフネス。
討伐にも恐ろしいほどの時間が掛かる。
過去の文献で『町を襲ったアストロフォンを討伐するまでの間に城壁の二面と侵攻ルート上の建物が壊滅、数千人の犠牲が出た。』と記載されるように、人が大勢集まる場所においては災害級の破壊力を持っている。
誘導した結果、その先に町があれば大被害となる可能性がある。
もちろんリスティ達が守るバリケードなど
「まぁ、そうなるよな。とりあえず出来るだけ足掻くとするか」
僕の答えにアインツは苦笑いしながら答える。
そして、わずか二人による戦いが再開する。
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