第75話 ■「襲撃 レイーネの森5」
飢えた魔物たちは向かう。前方にある数多の餌へ。
その大部分が逃げ出した事に気付き、追いつくために速度を速めながら。
夜で辺りは視界がゼロの状態だが、魔物たちには関係ない。
魔物は多くが夜行性、夜目が利く。
不意に魔物たちの頭上が昼の様な明るさになる。
夜の暗さに慣れていた魔物たちの目を一瞬くらませる。
一同に彼らは上を見上げる。
彼らが最期に見たものは、自身に迫りくる数多の火球であった。
――――
ファイアーボールによる爆風と爆音が森に響き渡る。
今の爆撃でゴブリンを中心に数百匹が消し炭になる。
間を開けることなく僕は次の魔法の詠唱を開始する。
本来、森においては延焼の恐れがある炎系魔法はタブーと言える。
けれど、今の状況は延焼も僕にとっては援護として重要だった。
現に、延焼によって何十匹かの魔物は焼死している。
(ごめんなさい、もし生き残れたら水で消しますから)
頭の中で謝罪しながら次のファイアーボールを撃ちだす。
再度前方に広がる爆炎と爆音。
これでどれだけの魔物を消滅できたか?なんて考えている時間もなく僕は次の魔法詠唱を始める――
――――
突如、前方に立ち上がる炎の壁。
それにより先頭を進んでいた魔物は一瞬にして消し炭へとなる。
だがそれに巻き込まれなかった物達は、特に哀悼を感じることは無い。
逆にいずれ餌を巡ってのライバルが減った。程度の感情だけだ。
その炎の壁に、群れの中でも知識レベルが若干高い魔物達は
――『ファイアーウォール』――
そう呼ばれる中級魔法。
その名の通り、炎の壁を作り出す。
だがその効果は、発動時に傍にいた対象を消し炭にする以外ではあくまでも足止め程度の効果しかない。
その効果も長くても二十分程度。
たしかに、戦場においては二十分という時間は貴重だ。
餌が逃げるための時間稼ぎなのだろうが、餌の移動速度とこちらの相対速度を考えれば、俊足を誇るダイアウルフであれば直にでも追いつく。
足止めを行っているのが何人――魔法の連発状況を考えると十人程か?――
いたところで、中級魔法であるファイアーウォールを使い続ければいずれ魔法量が尽きる。
その後にでも餌を追いかければいいのだ。
だが、ファイアーウォールにしては全長が数十倍にも長い。
まぁ、その分魔法量を消費しているだろうから気にするほどでもないが……
魔物たちはファイアーウォールが消えると同時に真っ先に移動して餌を捉えようとどんどん集結する。
エルが
――――
「うんうん、予想通りどんどん集まってくるな。
けど、予想していたより数が多い。数千はいるかもな」
「ここまではエルの想定通りなのか?」
この少しの時間で休憩しながら僕はアインツの怪我を治癒魔法で治療する。
ある程度、ファイアーボールで倒しているとはいえ、数が数だ。
僕としては討ち漏らしをどうにかするより魔物の密度が高い部分への攻撃を優先させている。
結果、多くの魔物が脇を抜けて行っているが、ベル達に任せるしかない。
僕のそばの討ち漏らした魔物は魔法量が多い僕に迫ってくる。
それをアインツが倒してくれるから僕は気にしなくてもよくなっている。
最初は僕だけで。と考えていたけれど、うん。
やっぱりアインツがついてきてくれてよかった。
アインツ自体は、実戦は今回が初めてだ。
訓練とは違って相手は自分を殺そうと迫ってくる。
殺意を持った武器による攻撃への迎撃は神経を削る。
けれどアインツはいつもの訓練のように基本に忠実。
さらに天賦の才というのだろうか?少ない手数で確実に魔物を狩る。
それでも魔物の数が数だ。
オートディフェンダーで防御しているものの、幾つかの攻撃は受ける。
アインツ自身は、「かすり傷だ」と治療を断ろうとしたけれど、次はいつこうして息つけるか分からない。
治せるタイミングで治す必要があった。
「うん、初手だけだろうけれど、敵が集中するのは想定通りだよ。
これで敵を全滅する事が出来れば最高なんだけどね」
今や、ファイアーウォールの前は、数多の魔物が朝の山手線位の密集度で森の奥数十メートルにわたり続く異様な風景だった。
いや、ファイアーウォールじゃなかった。
命名、ファイアー
その名の通り、ファイアーボールを壁のように連ねたものになる。
やっていたゲームでもファイアーウォールはあったんだけれど、僕自身あまり使った記憶が無い、正直なところ無用な魔法だった。
使いようによっては使えるのかもしれないんだけどね。
この世界でもファイアーウォールは相手の遅延が目的となる。
つまり一度発動してしまえば、暫く待てば消滅するのだ。
その特性を知っているからこそ、使用された方は少し離れたところでどんどん集団になりながら待機する事になる。
なのでこう考えた『攻撃をするための壁』にすればいいんじゃないか?と。
敵が集まるという事は、逆に見ればより効率的に敵を倒すことが出来る。
という事になる。
魔法量は自然回復するとはいえ、連続使用し続ける事は出来ない。
自然回復量より消費量の方が基本的に高いからだ。
ならば、ただの壁として無為に消費するのではなく『効率重視』が僕の考えでそれを実現したのがこのファイアーボールの壁という事だ。
ファイアーボールウォールの有効時間は四分の一の五分程度しかない。
消滅するギリギリのところでファイアーボールに内包したエアウィンドを発動させて
一度喰らえば今後は警戒する事になるからただのファイアーウォールもより有効活用できる。
欠点としてはやっぱり魔法量の消費が激しい事だ。
以降の戦闘も考えると実質一回しか使えない。
だから使うとしたら最大の効果がある今しかない。
襲撃してきている魔物の構成としては、ゴブリンやダイアウルフを主体としたいわゆる下級魔物が先頭に集中している。
まだ見ぬ森の奥にはより強力な魔物がいる可能性もある。
下級魔物は弱い分、個より全、つまりは数に物をいわせるのだ。
バリケードを守る人数の少なさからいえば、数の暴力は脅威となる。
実際に火の壁越しに魔物の数は既に数百では収まらない。
(まったく、レベル制だったら今回だけでどれだけレベルが上がるだろ?)
ふと、そんなバカバカしい事を考える。
けど、そんなバカバカしい事を考えるだけの心のゆとりがまだあるという事に安心する。
僕の目の前には非現実的な状況が広がっている。
ゴブリンが上げる剣や鎧のぶつかるわずかな音、ダイアウルフが発する遠吠えも数が集まれば大音響として此処まで聞こえてくる。
それらが広範囲に渡って火の壁がなくなるのを待っているのだ。
一般の人が見れば発せられる圧力で失神ものだろう。
「アインツ、そろそろ溜まった魔物を一掃するよ。
それが終われば次は大物が来る可能性があるから気を付けて」
「了解だ。エル」
治療が終わり、剣の柄部分に付着していた魔物の血をふき取ったアインツが笑いながら立ち上がる。
こんな中でも笑ってられるとは、やせ我慢かもしれないけれど肝が据わっているな。
スカウトしておいて本当に正解だった。
「よし……『弾けよ』」
僕は、こうしてファイアーボールウォールの最大の存在意義である爆撃の詠唱指示を与える。
――その後、僕達が見た風景は全てが赤。
それが再び黒の世界に戻る頃。
それまでの数百・数千の動く証はその場から消え去っていた。
そしてその静けさに少し慣れかけた頃、次第に響き渡る巨大生物の足音。
それは次なる戦いの始まりを意味していた――
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