第74話 ■「襲撃 レイーネの森4」
「シュタリアか、悪いが最悪のパターンになりそうだ」
手伝ってくれる子を伴って、インカ先生の所に戻った僕はそう宣告される。
僕はその言葉に即座に中級魔法『サーチャー』を詠唱する。
出来れば魔力については温存しておきたいところではあるけれど、まずは、状況を把握する事が優先だ。
「なんだ、これ」
サーチャーの有効範囲内には数百という生物の反応を感じる。
有効範囲外にさらにどれ程いるか見当もつかない。
しかも、それはこちらに向かって徐々に近づいてきている。
重鈍なペースである事が不幸中の幸いだが接敵まで後三十分もないだろう。
「いやはや、目隠しで魔法を放っても問題なさそうですね」
「まったくだ。戦闘が出来ない子供を逃がしておいて正解だったな」
僕の軽口にインカ先生は苦笑いしながら言う。
「それで、僕達の受け持ちは何処になりますか?」
「左翼部分を頼む。指揮については……」
「リスティに任せます。戦術教導で無敗の彼女こそ適任かと」
僕の即答にインカ先生は一瞬驚く。
襲撃を無事抑える事が出来れば、生徒の第一功は、指揮をとった子だ。
第一功を貴族が他人に譲るなんて普通あり得ないだろう。
実際に自分以外が指揮をとっていたとしても功績を奪い取るなんて日常茶飯事の事だ。
「良い判断だ。シュタリア。
お前は基本的には遊撃部隊として動いてもらった方がいいだろうしな。
無理はするなよ。お前は……いや、なんでもない」
最後をインカ先生は濁す。
バリケードを守るための教師も四十人程度。
全員の魔法量を考えても数百の魔物を防ぐのは難しい。
現実として僕の魔法量は恐らく教師を抜いて一番多い。
インカ先生自身、どちらかと言えば剣術を得意としている。
魔法教練でかなりのハンデを僕につけている事からもインカ先生はある程度、僕の魔法量を把握している。
しかも僕が得意としている魔法は広大な面制圧だ。
前線に突出して多少の討ち漏らし覚悟での掃討を……インカ先生は本心ではそう言いたいのだろう。
だけれど、それはかなり危険を伴う。
単身で突っ込むなんて、まさに旧日本軍よろしく特攻だ。
けれどこの状況で最大限の効果を持っていることも事実なのだ。
それを口にする事は教師として大人として許せなかったのだろう。
だが、それほどに事態は
だから僕から動く。
「インカ先生、お願いがあります」
「なんだ? シュタリア?」
「状況を考えてバリケードまで魔物が来るのを待っての対応は、
まずバリケードが持ちません。
ならば、突出して出来るだけ数を減らす必要があります。
こういう場合、幸運って言うんですかね?
僕が得意としているのは広大な面を制圧する魔法です。
広く分布している魔物を潰すのに適任でしょう」
「それは、お前がかなり危険な状況になるのは分かっているな」
それは言わば、インカ先生自体が本心では望んでいた申し込みだ。
だけど、即答できる問題ではない。
もし伯爵公子である僕の身に何かあれば、王立学校として大問題となる可能性さえあるのだ。
だから僕は言う。
「僕は貴族です。無辜な平民が逃げるまでの間。
その危害から平民を守る事こそ誇り」
形骸化しているが『
まぁ、伯爵公子に求めるには今回の案件は荷が勝ちすぎているけどね。
僕自身も正直言えば平民を守るためなんて思いはあまり無い。
これ以上の無駄な討論をしないための方便だ。
インカ先生にとっても僕の口から『貴族の義務』を宣言する事で王立学校への
責任問題がある程度軽くなる。
お互いに打算がある事は分かっている。もちろん口にはしないが。
「おっと、その話は納得できないな」
不意に後ろから声を掛けられる。
振り返るとそこには準備してあったシルバーメイルを着たアインツがいた。
ベルやリスティ、ユスティ、メイリアもいる。
「部下になったばかりで主に何かあったら無職になるからな。
俺も付いて行くぜ。エルが詠唱中の盾代わりにはなるだろ?」
僕は断る理由を考えて……苦笑いと共にやめる。
アインツの性格上、こうなってしまえば這ってでも付いてくるだろう
「命の保証は出来ないよ?」
「望むところだ」
その短いやり取りで同伴が決まる。
「エル様……」
不安そうにベルが僕に声を掛けてくる。
彼女も今の話を聞いていた。付いていきたいという気持ちがあるのだろう。
いや、ベルの場合は、本心では僕を引き留めたい方が強いか?
だけど……
「リスティ、学生は左翼のバリケード守備を任された。
全体の指揮は、バルクス伯家の名のもとに君に任せる。
この有事に指揮を任せられるのは、戦術教練無敗の君だけだ。
ベル、君はリスティの補助と怪我をした子への治癒を担当してほしい。
学生の中で複数回の治癒魔法が使用できるのは君しかいないから、なるだけ攻撃魔法は控えて魔法力消費を抑えてほしい」
僕はリスティとベルに明確な役割を与える。
リスティを伯家の名の元に任せたのは、学生の中で最高位の伯爵家である僕の貴族としての地位を利用したことになる。
これでリスティが指揮をとる事にもし不満があったとしても
平民が主体のメンバーではまずありえない。
役割を与えたことで彼女たちは僕についてくることが出来なくなる。
「……はい、分かりました。ここの防衛はおまかせください」
「エル様……、危なくなったら無理せずに逃げてくださいね」
二人とも僕の意図を汲み取ったのだろう。
大きく反対することなく了解する。
「エル様、私もアインツ兄と一緒に付いて行きます!」
ユスティが僕への同伴を懇願する。けど……
「いいや、ユスティもバリケードの防衛を。
学生の殆どが実戦経験が無い。しかもメイン武装が剣や槍のものばかり。
弓を最も得意としている君が防衛の主力になる。
メイリアも近接戦より遠距離戦を得意としているから、
リスティとベルを助けてやってほしい」
最前線は恐らく魔物に四方を囲まれる可能性がある。
そうした場合、遠距離戦を得意としている彼女達が最も危険な目に合う。
それだけは避ける必要性があった。
「……はい、分かりましたエル様。アインツ兄、無理しないでね」
ユスティは僕とアインツにそう告げる。
「……メイリア、残ってくれてありがとう。感謝するよ」
「? いえ、皆さんだけを残して行くなんてできませんから。
私がどれだけお役にたてるか分かりませんが、精いっぱい頑張ります」
僕の感謝にメイリアも緊張しながらも微笑みで答える。
「それじゃ、各自持ち場に……皆、一緒にガイエスブルクに帰るよ!」
そして僕とアインツは、装備を整え森へと駆け出す。
……後に『レイーネの森襲撃事件』と呼ばれる戦いはこうして幕を開けたのである
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