第72話 ■「襲撃 レイーネの森2」
レイーネの森
ガイエスブルクから四十キロほど南進したところに広がる森林地帯である。
面積は推定三十平方キロメートル。
富士の樹海として有名な青木ヶ原とほぼ同じ面積である。
中心に近づけば近づくだけ強力な魔物がいると言われているが調査団の調査でも全体面積の二割ほどしか解明されておらず、遭遇した最大級の魔物もトロールクラスと騎士団であれば二個分隊(二十名ほど)で十分に対応が可能で危険性ランクではDランクと低ランクとなっている。
レイーネの森の外周であればさらに低いFランク相当とされ、学生の演習場として過去より重宝されている。
そのため、過去の学生が築いたバリケードが既に六層に渡り構築されており到着した学生が行うバリケード構築も壊れた部分の補強がメインとなる。
今回の場合、上級生が二週間前に演習を行ったばかりであったため、バリケードの補強はほぼ必要なく、僕たちの作業も予想の半分で完了した。
余った時間は野営地の構築に追加で対応を行ったことで、夕食前に対応しなければいけない内容は余裕をもって消化する事が出来た。
一日目は長時間移動の疲れを取る事がメインの為、夕食後は就寝までが自由時間という事になる。
そんな中でも僕達六人は、バインズ先生に課せられた練習をする。
バインズ先生の練習は基礎練習と柔軟を重視する。
「すべての剣技は基礎から続く」
それがバインズ先生の教えだ。
実際、剣術を本格的に始めて二年のリスティやベルも、二時間程度の練習であれば息切れもほぼ起こさない程に体力がついていた。
今日も軽くとはいえ、2時間ほどの練習でも薄く汗をかく程度だ。
「それにしても、やはり森が近くにあると少し怖さがありますね」
リスティが汗を拭きながら僕に話しかけてくる。
昔であれば、僕と話すときには他の事をしながら……とか絶対やらなかった。
もちろん、今でも礼節をもって接してくれている。
それでも、ある程度は僕に心を開いてくれているんだな。と嬉しくなる。
「そうだね。やっぱり夜になると視界がほぼゼロになるからね。
暗闇に対する恐怖心ってのはなかなか拭えないよ。
まだ今日は月が満月だから十分に明るいけれど」
月とは言っているけど、勿論地球から見えていた月とは違う。
この世界の月は「ラスティア」と呼ばれている。
なんでも神話の月の番人『ラステリア』という獣が由来だそうだ。
地球の月に比べると一回り程大きく、若干青みがかっている。
いくら危険性のランクが低いとはいえ無警戒には出来ない。
教師達が交代制で夜を通して監視を行っている。
今も何人かの教師が監視を行っている。
「エル、そう言えば聞いたか?」
「ん?なにを?」
訓練を終えたアインツが僕に話しかけてくる。
「魔法の座学をしていた。ルーディアス先生が故郷に帰るとかで先月、学校を辞めたらしいぞ」
「へー、そうなんだ。最近座学が無かったから見かけてなかったけど」
ルーディアス先生か。
授業中以外で話しかけたのはあの一度だけだった。
結局あの時感じた違和感は分からず終いだったな。
とはいえ、故郷に帰ったのであればもう会う事は無いだろう。
(そういえば、故郷ってどこなんだろ?)
基本的に、教師とは授業以外で懇意に話すってのは中々ない。
インカ先生とはある程度親しくさせてもらっているけれど、それでも出身までは聞いた事が無い。
聞いても、正直何処なのか?が分からないってのもあるんだけどね。
僕にとっては、「ガーナ出身です」とか言われたようなもんだ。
いや、なーんとなくの場所は分かるんだよ。
多分アフリカ大陸だったよね?位の感覚だ。正確な場所までは分からない。
よっぽど地理に興味が無い限りは結局は自分の周辺国くらいしか把握は出来ないもんだ。
「ま、辞めた先生の事を考えても仕方ないんだけどな」
アインツはそう言うと、ケラケラと笑う。
ま、アインツの言うように確かに二度と会うことは無いだろう人の事を
考えても仕方ないよね。
そうして、直ぐに僕の頭からルーディアス先生の事は消えていった。
『ルーディアス』
その名前を将来、嫌になるほど聞く事になるとは知りようもなかった。
―――――
「ラズリア様、誰にも何も言わずに森の中に入るなんてまずいですよ」
無言のままズカズカと森の奥へ進むラズリアの後ろを周囲の音に怯えながら少年はついてくる。
ラズリアの取り巻きは今では彼、パソナ男爵公子の一人になっている。
とは言え彼も別にラズリアへの忠誠心があるわけではない。
彼の封領はエスカリア王国の北西最端に位置している。
しかもちょうど祖父から父親に家督が引き継がれている最中で封領がバタバタしていた為、連絡が遅くなっていたのだ。
彼は自分の不幸を恨みながらも、とりあえずは最初の連絡通りにラズリアの取り巻きを継続している。という事になる。
新当主の父親からラズリア伯爵公子を切り、ヒューネ侯爵公子に付くように連絡が来たのは、演習のために出発してから二時間後の事だった。
それが、彼の運命を分ける事になるとは知りようもなかったが。
二時間ほど歩いただろうか?すでにかなり歩いて疲労で足が重くなっている。
帰るにしてもまた二時間歩かなければいけない。それに気持ちが暗くなる。
そこでラズリアがピタリと立ち止まる。
そこは森の中でも少しだけ開けた場所、今まで木々で遮られていた月の光も十分に差し込み非常に明るい。
とりあえず、魔物に一度も遭遇しなかった事にパソナは安堵する。
ラズリアは懐から鏡らしきものを取り出すと、地面に置く。
それをみたパソナは怪訝な顔をする。
高級なものを持つ事で見栄を張るラズリアが普段絶対持たないような。
そこに春の穏やかな風が吹いてくる。
「……たしか、パソナと言う名前だったかな?」
その風に乗ってラズリアはパソナに尋ねる。
今さら名前を聞いてくるとは非常に失礼な事であるがパソナは気にしない。
こいつは所詮そんな人間だから。
「はい、そうです。ラズリア様」
「パソナ、君には感謝しているよ……」
その言葉にパソナは驚く。
感謝?おいおい。こいつから感謝と言う言葉が出てくるなんて。
大雨が降るんじゃないか?
そんな事を考えていたパソナの腹部に何かぶつかったような衝撃が走る。
次に感じるのは高温に熱した金属の棒を体に差し込まれたかのような痛み。
その痛みがする所をパソナは見る。
そこにあったのは腹から突き出た銀の棒。
いや、違う。銀のナイフだ。
そこからユルユルと赤い液体が流れ出す。
まるで自分の生命が流れ出すように。
「がぁぁぁっぁぁぁぁぁぁあああ」
悲鳴にもならない悲鳴がパソナの口からこぼれ出る。
何かを喋ろうとするが、口から出てくるのは言葉ではなく赤い液体。
自分に使えるわからない治癒魔法に
パソナの体から出た血は、不気味な事に地面を伝いながらラズリアが置いた鏡に向かっていく。
まるで、鏡が血を
「本当に感謝しているんだよ。私の恨みを晴らす
そう言いながらラズリアは更に持っていたナイフをパソナの胸に突き刺す。
それはパソナの僅かに残っていた生命の灯を大きく削り取っていく。
(助けて……ちちうえ……はは……うえ。もう一度……お目に……)
それがパソナが最期に願った儚い希望だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます