第67話 ■「師の師に会おう1」

 レザーリアを出た後は、穏やかな旅路が続く。


 王都付近なのでモンスターも盗賊もまず出てこない。

 うん、あんな場所を見せられた後だけれど、治安自体は非常に良い。


「エル、見えて来たぞ」


 バインズ先生が言ったように1時間もする頃には小さな村が見えてきた。

 住居的は二十戸ほどであろうか。そう考えると百人ほどの村なのかな?


 村に着くと村民が何人か馬車の方へ向かってくる。


「おぉ、これはアルク男爵様。お久しぶりでございます。

 本日は、レスガイア様の所へ?」


「村長、お久しぶりです。

 レスガイアは相変わらずですか?」

「えぇ、えぇ、今日も森の方で猪を一頭狩って来まして

 村人皆に配っていただきました」

「まったく、いい年なんだから無理をしなければいいのに。

 エル、こちらはこの村の村長だ」

「始めまして。エルスティア・バルクス・シュタリアと申します」

「バルクス……ということは伯爵公子ですかな。

 このような村にご来訪いただき有難うございます」


 村長は僕の名前を聞きそう頭を下げる。

 村長にもバルクス領なんて辺鄙へんぴな封領が分かるんだと少し嬉しくなる。


 バインズ先生と村長の会話から師匠の名前はレスガイアと言うらしい。

 そういえば、どんな人なのか聞いてなかったな。


「バインズ先生、レスガイアさんはどんな方なんですか?」


 僕の問いかけに、バインズ先生は少し考え込む。


「一言で言えば……『嵐』だな」

「えっ、嵐ですか?」

「まぁ、百聞は一見にしかず。だ、会いに行くぞ」


 歩き始めるバインズ先生に僕は付いて行く。

 家の密集地を過ぎ、村の中でも少し離れたところに立つ家へと向かう。


「レスガイア!俺だ!バインズだ!」


 家の前まで来るとバインズ先生は中に向かって大声で叫ぶ。


「まったく、師匠に対する敬意というものがありませんね。

 せめてレスガイア先生と呼びなさい。バインズ」


 突如、後ろから声が発せられる。

 嘘でしょ、まったく気配を感じなかったぞ。


 振り返った僕の前にいたのは、一人の女性。

 しかもその容姿は今までの話の流れから想像していたよりも遥かに若い。

 高く見積もっても二十代後半くらいにしか見えない。


 ターバンのような布で覆っていて、髪の長さは分からない。

 でも、うん、美人ですわ。


「レスガイア、毎回言っているが気配を消して背後に立つのを止めてくれ。心臓に悪い」

「子供の頃の様に『レスガイア先生』と呼んでくれたらやめますよ」

「……なら今のままでいい。そもそも子供の頃もそんな風に呼んだ覚えはないぞ。ボケたのか?」


「まったく、素直じゃない弟子を持つと悲しいですね。

 ところでバインズ、この子は?あなたの子供ですか?

 けどこの位の子供は女の子だったはずですが……」


 レスガイアさんは僕を見ながら先生に問いかける。

 しかし、この容姿でボケた、ボケていないの話が進むと混乱するな。


「あの、先生。僕から挨拶してもいいですか?」

「あぁ、そうだな」

「初めましてレスガイア様、エルスティア・バルクス・シュタリアと申します。

 エルとお呼びください」

「へー、エル君というのか。うん? バルクスってことはもしかして

 レインフォード坊の子供かな?」

「お父様を知っているんですか?」

「知っているも何もレインフォード坊も私の弟子だからね」


 そう言えば、バインズ先生が父さんの兄弟子であると最初に会ったときに紹介されたことを思い出す。


「レスガイア、話すにしてもいつまでも外で話すのはどうなんだ?」

「あぁ、そうだったね。それじゃ家の中で色々と聞かせてもらおうかしらね」


 レスガイアさんは僕の頭をポンと撫でて家の中に入っていく。

 バインズ先生と僕もついて家の中に入る。


 家の中は質素だけれどなんとなく温かみを感じる感じだ。

 センスのいい統一された家具類にレスガイアの嗜好が見えてくる。


 レスガイアさんはストーブの上に水が入った鍋を置き、湧かし始める。

 続けてポットに紅茶の準備を進めながら


「それで、バインズ、三・四年ぶりですが何かご用だったんですか?」


 とバインズに語りかける。


「あぁ、エルも王立学校に入学してもうすぐ二年。

 そろそろ落ち着いた頃だから紹介しようと思ってな」

「私に会うための理由を作ってくるなんてバインズは素直じゃないですね」

「何言っているんだこのババァは?」


 僕はここでずっと引っかかっている部分を聞いてみる。


「バインズ先生は、何故レスガイア様の事を年寄りのような扱いを?

 僕から見たらレスガイア様は二十代後半に見えるのですが?」


 その問いにバインズ先生とレスガイアさんは顔を見合わせる。

 そして合点がいった。という感じの顔をする。


「エル君、私は何歳に見えますか?」


 レスガイアさんは僕に聞いてくる。


「えっと、さっきも言ったように二十代後半に見えます」

「バインズ! この子可愛いわ! 私に頂戴!」


 そういって、レスガイアさんは僕に抱き着く。

 うん……着やせするタイプだな。


「馬鹿か、ダメに決まっているだろ。

 エル、こう見えてもレスガイアはもう三百歳を超えている」

「?いやいや、バインズ先生、冗談でしょ?」


 どうみても三百歳を超えているようには見えない……言動も含めて。


「レスガイアは正確には俺たち人間とは違う。

 いわゆるグエン領から流れてきた亜人ってやつだ」


 ――それは僕にとって初めて亜人と呼ばれる人に会った日となった。

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