第68話 ■「師の師に会おう2」

「レスガイアは正確には俺たち人間とは違う。

 いわゆるグエン領から流れてきた亜人ってやつだ」


「え、亜人?」


 バインズ先生の言葉の意味を理解しようとレスガイアさんをもう一度見る。

 その視線にレスガイアさんは巻いていたターバンを解き始める。


 そしてそこから出てきたのは先のとがった耳。

 いわゆるエルフ耳というやつ、そしてやや青みがかった長髪。


「この耳と髪色が私達、長命族ルフィアンの特徴ね」


 僕にレスガイアさんはにっこりと微笑む。


「長命族って名前からも分かると思うが、レスガイアの一族は長生きだ。

 長いものであれば六百年を生きるとも言われている」


 六百年、僕からしたらとんでもない長さだ。

 正直、それだけ生きると生きる事に飽きそうだな。


 でも、あれだな。

 見た目や特長を含めてエルフと思った方がいいのかもしれない。


「長命族って長生きだから一日一日への価値が本当に低いの。

 多くの者が日がな一日、怠惰に過ごすわ。


 私もグエン領に百年くらいは居たんだけど、

 つまらない日々に嫌気が差して王国に移り住んだの。

 そしたらこっちの世界では人々が毎日一生懸命に生きているでしょ?


 それに感動しちゃって、なにか人の役に立ちたいなぁって

 子供たちに剣術を教えてあげる事にしたのよ。


 その子供たちのなかにバインズやレインフォード坊も居たの」

「エル、こんななりと言動だが、俺よりも強いぞ」


 バインズ先生よりも強いとか……まぁ、気配を気取られずに後ろに立つ時点で只者なわけはないか……


「まぁ、私の話はいいとして……ふーん、なるほど。

 エル君はね。

 ねぇ、バインズ。少しお使いを頼んでもいいかしら?

 この手紙をルーベリア男爵に届けてほしいの。

 後は帰るときにここに書いてある品物を購入してきてくれない?」

「おい、レスガイア。ルーベリア男爵って王都じゃねぇか。

 買い物までしてたら往復三時間はかかるぞ」


「うん、よろしく」


「……ったく、人使いが荒いババァだな。

 エル、悪いが暫くの間、レスガイアの相手をしてやってくれ」

「はい、分かりました。行ってらっしゃいバインズ先生」


 バインズ先生は溜め息を吐きながら部屋を出ていく。

 そしてバインズ先生の気配が無くなった頃、レスガイアさんは笑い出す。


「うふふ、エル君、面白いでしょ。

 口では文句を言いながらも私のお願いは大体聞いてくれるのよ」

「はい、とても新鮮な光景でした」


 一通り笑うとレスガイアさんは僕を見つめる。


「さ・て・と、それじゃ改めて。エル君」

「はい、なんでしょうか?レスガイア様」


 その言葉に空気が一瞬凍りつく。

 レスガイアさんの言葉の意味が分からない。

 いや、わかってはいるけれどなぜそんなことを聞いてくるのか?

 の意図がわからない。


「それってどういう意味でしょうか?僕にはよく分からなくて」


 とりあえず、とぼけてみる。

 それにレスガイアさんは自分の右目を指さす。

 よく見ると左目は普通なのに右目だけ虹彩が細長い、明るい場所にいるときの猫のようだった。


「実は私の右目はね。『魔眼』と呼ばれるものなの。

 この目を通してみた物の本質……というのかしらね。

 そんな感じのものを見る事が出来るの。


 あなたの場合、まず見えるのはその年齢にふさわしくない膨大な魔力量。

 そして、この世界のものではない精神、でもこの世界に害をなすような悪質なものではない、むしろ逆。

 ……本当に興味深いわね」


 ……レスガイアさんの『魔眼』は思春期にありがちな空想物ではないらしい。

 今までのやり取りを見る限りこれ以上すっとぼけるのは難しい。

 むしろ不信感を持たれた方がまずい気がする。


「ふぅ、まいったな。今日初めてあった人に話すことになるとは。

 多分、今から言う事って信じてもらえないと思いますよ」

「そんなトンデモ話をしてもらえるのね。楽しそう」


 神様との約束は、「第三者には話さないように」だ。

 つまり絶対話すなとは言われていない事になる。そして僕は話し出す。


 前世の事を……

 神とのやり取りを……

 百年後に人類が滅びるという事を……

 そして僕の今までの人生を……

 これからの想定を……


 レスガイアさんは自分の入れたお茶を飲みながらただ黙って聞く。


「……という事です。本当に荒唐無稽こうとうむけいな話っぽいですね」

「そうね。でもエル君が嘘をついていないことは分かるわよ。

 うーん、正確には前世の話は経験則による真実。

 神様とのやり取り以降の話は、エル君が本当だと思っている話。

 って感じかしら?いままで、誰かにこの話をした事は?」


「流石にないですね。まず、信じられる話ではないですし。

 いずれ僕の事を本当に信頼してくれる人が現れるまでは」


「なるほど。確かにそうかもしれないわね。

 でも、三百年生きてもう面白い事も無いだろうと思っていたけれど。

 世界って広いわね。こんな面白そうな事が起きるなんて」


 レスガイアさんは、後ろにある机の引き出しから何かを取出し、僕の所に戻ってきて目の前に置く。


 それは一枚の古い封書だった。


「レスガイア様、これは?」

「もし、君が長命族の手を借りたい時があれば、

 これを族長に見せるといいわ。少しは役に立つはずだから」


 いわゆる、紹介状というやつだろうか?

 もし長命族の手を借りたい時が来たら非常に役に立ちそうだ。


「ありがとうございますレスガイア様。

 必要な時があれば使わせていただきます」


 僕の感謝にレスガイアさんは優しく頷く。


「エル君、よろしければ前世のお名前を聞かせてもらってもいいかしら」

「はい、もちろん。藤堂……雄一という名前でした」


 何年振りだろうか。僕の元の名前を自分の口から発するのは。

 一瞬、自分の名前だったことに違和感を覚えるほどに遠い記憶だった。


「藤堂雄一、不思議な響きですね。ですがいい名前。そんな気がします」


 そして、レスガイアさんは立ち上がると僕をそっと抱きしめる。

 そして優しい声で僕に語りかける。


「藤堂雄一さん、貴方あなたには感謝を。

 本来、この世界とは縁もゆかりもないのに、ここまで頑張ってくれて。

 ここまで背負ってくれて。今まで一人で大変でしたね。


 これからも大変だとは思うけれど、あなたにはバインズがいる。

 親友がいる。愛する家族がいる。私も微力ながら手助けをします。


 だから、一人で悩む必要はない、誰かを頼りなさい。

 これは貴方だけの問題ではない。

 この世界に住むすべての人達の問題なのだから」


 その言葉に、自然と僕の目からは涙がこぼれる。

 ずっと心の奥底にあった、でも見ないようにしていた苦しみ・不安を聞いてもらえた、認めてもらえた、誰かに頼る事を許してもらえた。

 それが何よりも嬉しかった。


「今の話は、私の中で留めておくことにしましょう。

 いつか、貴方が話してもいい。そう思ったときに話しなさい」


「はい、今はレスガイア様が知っていてくれる。

 それだけでも気持ちが楽になりました」


 そこにバインズ先生が帰ってきた気配を感じる。


 レスガイアさんと僕はお互いに笑い合う。

 そして今の話がそもそも無かったかのように世間話を始める。


 僕にとってレスガイアさんとの出会いは大きな意味があった。

 そう感じながら……

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