第57話 ■「呪詛の産声4」
その時、ラズリアは驚愕していた。
ウォーターボールを先んじて生成した時点で彼は優位に立ったはずだった。
それなのに、二つ目を生成している間にエルスティアは六つの水塊を生成した。
瞬く間に彼は不利な状況になったのだ。
(馬鹿な、僕が奴より劣っているというのか!)
普段の授業の時もエルは(自分よりも劣ると思っている)他の連中と大差ない技量しか持ち合わせていないはずだった。
それなのに今、自分よりも優位に立っているのだ。あの番犬が!
そんな話、一つも報告として上がってきてはいなかった。
(ふざけるな。僕が犬に劣るわけがないだろ!)
彼は頭の中で否定を続ける。それは何も意味を成さないことに気付かぬまま。
――――
観戦している生徒たちは気づかない。
エルが瞬く間に水塊を六つも生み出したという事の凄さを。異常さを。
だが、仕方ないだろう。彼らにとってもまだ魔法を本格的に習い始めて一年程しか経っていない。
むしろ、彼ら基準で言えば六つも一度に生み出せばそれは
言ってしまえば無謀なのだ。
この異常さに気が付いていたのはベル、リスティ、ローザリア先生、そして……
そしてすぐに彼らは思い知る。
エルの本気(の一片)が向けられたのが自分でなくて本当に良かった。と……
――――
僕の周りに作成した六つの水塊。
もちろん低級魔法のウォーターボールではない。
過冷却により水温自体は凝固点と言われる0℃を過ぎて-5℃の状態で液体状態に保持している状況だ。
この水塊は
破壊力もウォーターボールの三倍以上になるだろう。
『ちょっとした衝撃』は水塊に内包されたエアウィンドになる。
エアウィンドが衝撃兼推進剤の代用になるわけだ。
僕はこれを「アイスボール」と名付けた。うん、安直。
過冷却なんてそんな面倒なことせずに最初から氷塊にすれば?
というのもあるだろうけど、実際には氷は水に比べて体積が大きくなる。
そのぶん制御に魔力を喰うようになるので液体で維持する方がコスト的には優しくなるのだ。
後は、敵にウォーターボールと錯覚させる意味もある。見た目同じだし。
通常のウォーターボールでは衝撃力を盾で十分に防ぐことが出来る。
エアウィンドによって推進力を付けた改良魔法ウォーターボール改でも鍛えた男性であれば盾で防ぐことが出来る。
だけれどアイスボールの衝撃力は盾では防ぐことが難しい。
ウォーターボールよりも殺傷能力が上がった魔法になる。
ま、『聖母の微笑み』があればタイキックを喰らったくらいになるでしょ。
六発のタイキックか……きつそうだなぁ。
僕の頭の中には、年越し番組の「デ、デーン」という特徴的なファンファーレが響き渡る。
まさに「ラズリア、アウトォ」だ。
僕が六つも水塊を生成したことに焦ったのだろう。
ラズリアは二つ目の水塊が出来たと同時に僕に対して放つ。
エアウィンドによる推進力を増したウォーターボールに見慣れたせいでやたらと遅く見えるラズリアが放ったウォーターボールは、僕の一m手前で破裂する。
まるで見えない壁にぶつかったかのように。
その様子にラズリアはさらに動揺する。
奴の頭の中ではいったい何が起こったのか理解できていないだろう。
―― エアシールド ――
近接戦をメインにする戦士にとって愛用されている魔法がある。
『オートディフェンダー』と呼ばれる魔法だ。
以前のゴブリンとの戦いでもバインズ先生が使用していた魔法だね。
これは常時、体の周りに風による壁を作成し敵からの攻撃を防ぐ治癒系魔法に分類されている。
一度や二度の剣撃では突破する事が難しく死亡率を劇的に下げる。
ただ、この魔法にも弱点がある。
風の壁が体に密着しているので剣撃に対しては圧倒的な防御力を誇るが、
なので対人を想定した戦士の中には槌を愛用している者も多い。
オートディフェンダー自体は槌による攻撃自体は防いでいる。
ただ、風の壁を伝って衝撃が体にダメージを与えるのだ。
であれば、風の壁を体から離せばいいのでは?
そこで考え出したのがエアシールドになる。
エアシールドは任意(有効射程的には半径二m)の場所に不可視の風の壁を作り出すことが出来る。
防御力もオートディフェンダーにやや劣るもほぼ同等。
敵の進行を妨げる壁にもなる。
さらに不可視であるため敵に混乱をもたらすこともできる。
まぁ、自分も見えないのが玉に瑕だけどね。
後は、どうしても常時の展開が出来ない。
オートディフェンダーは体に接地しているからそこから魔力供給が出来るがエアシールドは時間と共に消滅してしまう。
色々手を打ってみたものの三十秒が限界だ。
けれど戦闘における三十秒は意味が大きい。
使いようによっては、敵の四方に展開すれば三十秒間の拘束にも使える。
そのエアシールドによってウォーターボールは防がれたというわけだ。
「それじゃ、こっちからも攻撃するよ」
そう混乱しているラズリアに対して僕は宣言する。
ラズリアにとってはそれは今から蹂躙される未来を確定された言葉だった。
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