第56話 ■「呪詛の産声3」
「……ちょっと、いえ、かなりまずいかもしれません」
ベルは、リスティと一緒にエルとラズリアの模擬戦を観戦していた。
そして長年エルの傍にいたベルは、誰よりも早くエルの違和感に気付く。
「え? どうしたのベルさん」
まだそれに気づいていないリスティはベルに問いかける。
「リスティさんも知っていると思いますけど、エル様は自分自身に向けられる悪意には寛容……と言いますかあまり気にしない方です」
それについては、リスティは初対面の時を思い出し、少し恥ずかしくなる。
あぁ、私もある意味では悪意を向けたといってもいいんだよな。と
「ですけど、その悪意を向けるのが親しい人。
特に家族に向けられた場合は話が変わってきます。
特に産まれたばかりの二人の弟妹については、毎日のようにお会いするのを楽しみにしているくらい気にかけていらっしゃいますから」
「そんなエル様に、母親と弟妹を
ラズリア伯爵公子は」
「はい……リスティさんはエル様がバインズ先生に大部分の魔法を使う事を禁止されていることは知っていますよね?」
「ええ、お父様から聞いた事があるわ。たしかに中級魔法が使えるのに学校では使っているのを見た事が無いものね」
「魔法使用の禁止、それには解禁するための条件があるんです」
「え? そうなの?」
「一つ目はエル様か私に危険がおよんだ時、今はリスティさんやアインツ君たちも対象ですね。もしくは……」
「もしくは?」
「実際に教師の使用許可が出た時……」
「……えっと、さっきエル様が『全力で』を念押しで聞いていたのは……」
「リミットの解除確認と見ていいのではないかと……」
それでリスティも事の重大さを思い知る。
彼女にしろベルにしろ、毎日のように上級魔法をぶっ放すエルを見て麻痺していたが、普通九歳の子供が上級魔法を詠唱するなんて無理なことだ。
そもそも上級魔法クラスだと「聖母の微笑み」では守りきれない。
いや、さすがにエル様もラズリアを殺すところまではやらないだろう……やらないよね?
ベルとリスティの頬を冷や汗が流れる。
彼女たちは必死に願う「どうか、使っても中級魔法までにしてください」と……
――――
……よし、先生からの許可がもらえた。
これでバインズ先生との魔法制限解除の条件は満たした。
そこで僕は一呼吸して少し……ほんの少しだけ冷静になる。
うん、流石に殺しちゃだめだよね。と
という事で「聖母の微笑み」で防ぎきる事の出来ない上級魔法は除外する。
僕自身の選択肢の中にはもう「こいつをボッコボコにする」の一択しか存在していない。
つまり「聖母の微笑み」の衝撃吸収力のせいでダメージが少ない低級魔法も論外だ。
うん、とすると中級魔法もしくは自作魔法だよね。
ふと新しく改良していたチェーンバインド改を実戦データをもとに完成させたい。という欲が出てくる。
正直、ラズリアは魔法で僕に勝てるわけがない。
なんせ低級魔法を二十回使えることを
僕にとっては五歳になる前にはもう卒業していた話だ。
なので、はっきり言ってしまえば、彼との模擬戦は戦いではない。
魔法の実験場だ。
僕の中では、ラズリアはかつての襲撃してきた賊と同レベルの価値しか見いだせない。
さすがに伯爵公子である手前、今後もそれなりで接していくけれどね。
自分の性格的に一度嫌いになった人間を好きになる事は多分ありえない。
そういえば初めて会った時から「いつか潰す」ランキング第一位だったか、と思い出す。
そしてこいつは僕にとっての逆鱗――愛すべき家族――に触れた。
よろしい。ならば戦争だ。状態だ。
――――
エルの唇がかすかに動くのをベルとリスティは気づく。
それと同時にエルの周りに6つの水の塊が出来上がる。
その様にベルとリスティはとりあえずホッとする。
――良かった上級魔法じゃなかった――と。
もちろんそれが
それでも取りあえずラズリアを殺そうとしているレベルまでは行っていなかったことに安堵したのだ。
ベルにしてもリスティにしてもラズリアは『大嫌い』とはっきり言っていい。
けれど『死んでほしい』という気持ちは流石にない。
せいぜい『もう関わらないでほしい』までだ。
けれどエルの逆鱗に触れた今、エルがどう考えているかまでは流石に分からない。
ベル自身もエルがここまで怒っている所を見た事が無いからだ。
いや、そもそも怒っている事自体が初めてに近い。
もし、エルが完全に冷静さを失って上級魔法を使おうとしたら後で叱られることになったとしても、ベルはエルに対してチェーンバインドを使うつもりだった。
もちろんそれだけでエルの上級魔法詠唱を止めることは出来ない。
けれど、ベルの意思は届くはずだ。
それで冷静になってくれさえすればいいのだから。
だけどその最悪に近い状況は避けることが出来た。
ベルにしろリスティにしろエルがラズリアに負ける。という考えは一切ない。
それほどまでに実力がかけ離れているのだから。
後は出来るだけ穏便に試合が終わってくれる。それを願うばかりだった。
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