第58話 ■「呪詛の産声5」

「それじゃ、こっちからも攻撃するよ」


 混乱しているラズリアに宣言し、新たな呪文を詠唱する。


「眼前なる敵を魔法が鎖にて束縛せよ『チェーンバインド改』」


 詠唱するとラズリアの足元に魔法陣が展開される。

 パニックになっているラズリアはそれに気付かない。


 そこから魔法の鎖が三本、ラズリアに向かって飛び出す。


 あっというまの展開にラズリアが付いてこれるはずが無い。


 ちっ、反応が遅すぎて誘導の有効性が分かんない!

 瞬く間に拘束されたラズリアに僕は知らず悪態をつく。


「なんなんだ、なんなんだよ、これはっっっっ!」


 ラズリアも多少なりと魔法に対して知識はある。

 だが、それは彼にとって未知の魔法であった。


 必死に魔法の鎖から抜けようと藻掻もがくラズリア。

 だけど、それくらいでその拘束が外れるはずもない。


 完全に拘束されたラズリアに対して僕は、アイスボールを叩き込む。

 瞬時に氷塊になり、エアウィンドの推進力により速度を上げていく。


「ガッ! グッ! ギャッ!」


 『聖母の微笑み』の恩恵で威力が押さえられても、なお威力があるアイスボール6発を全て受けて奇声を上げるラズリア。

 チェーンバインドにより倒れ伏すことも出来ず、避けることも出来ない。


 全てを受け終わった後、そこには立ったまま気を失ったラズリアがいた。


「そ、そこまで! 勝者シュタリア!」


 あまりの衝撃にやや呆然としていたローザリア先生も、爆破音が収まったことで正気に戻り宣誓をもって決着する。


 勝負の終了、その後に在ったのは沈黙だった。


 見学していた学生は見た事もない魔法のオンパレードに言葉を失っていた。

 エルの力量を知っているベルとリスティは安堵あんどのため息をついていた。


 ドサリ ――


 チェーンバインドの魔力が尽き拘束が解かれたラズリアは、そのまま倒れ伏す。


「ラ、ラズリア様!」


 その音でいち早く我に返ったのはラズリアの取り巻き達だった。

 倒れ伏したラズリアの元へ駆け寄ってくる。


 へー、たいした忠誠心だな。

 と僕は不意に関係が無い感想を抱く。


 それにより自分が普段とは違う興奮状態にあった事を知る。


 ……うーん、ちょっとやりすぎたかな?


 試合の興奮が落ち着き、次第に僕は冷静さを取り戻す。

 これって、傍目から見てたら僕のリンチっぽくない?

 ……いや、実際そうか。


 そして、反省する。

 家族を馬鹿にされて冷静さを失いすぎていた。

 完全に僕の落ち度だ。


 そもそもラズリアとの力量の差は歴然。

 ここまでの魔法を使用する必要が無かった。


 まだまだ、僕も未熟だなぁ……と、改めて自戒する。


「エル様! これはやりすぎです!

 ここは学校、お互いを尊重し切磋琢磨する場所。

 自身の力を見せつけ他者を威嚇する場所ではありません!」


 突如響き渡る僕に対しての怒声。それを放ったのは……


「ベ、ベル?」


 そこには目を赤くし涙目のベルがいた。

 僕自身、怒ったベルを見たのは今までで初めてだった。


 ――――


 そんなベルを見ていた他の学生たちに緊張が走る。


 これほどの力を持つエルに暴言を吐いたのだ、

 しかも彼女は男爵公女、伯爵公子に対する態度ではない。

 ただで済むわけがない。


 学校とはいえ、地位が上のものに対して抵抗する事は出来ない。

 先生がもしかしたら仲裁してくれるかも?程度の淡い期待しか出来ない。


 それ程までに王国では貴族の地位が重視される。

 地位に応じた責任があると言われるが、責任については今の王国では建前程度のものでしかない……


「うん、そうだね。ごめんベル。今回は完全に僕が悪い」


 だが、伯爵公子の口からこぼれ出たのは謝罪の言葉。


 伯爵公子が男爵公女に謝る風景。それは異質だった。

 彼らが見た事もない風景だったから、すぐに理解は出来なかったけれど。


「ローザリア先生、この場を騒がせてしまって申し訳ありません」

「え?えぇ、大丈夫ですよシュタリア君」


 伯爵公子の謝罪にローザリア先生もようやく我に返る。


「この場にいた皆様にもご迷惑をおかけしました。

 申し訳ありません」


 緊張しながら事態を見守っていた学生に対して伯爵公子は頭を下げる。

 クラスにおいても伯爵公子は少なく、地位も最も高い。

 その彼が謝ったのだ。


 それにより緊張は、徐々に和らいでいく。

 想像できない程の力を持つ伯爵公子は、暴君ではない。

 理性をちゃんと持っているという現実を見て。


 ――――


 頭を上げた後の空気感を見て僕は改めて理解する。

 ベルは僕のために怒ってくれたんだと。

 このままだと、僕への恐怖心で孤立しかねなかった僕を助けるために。


 ほんと、僕には出来すぎたパートナーだよ。

 苦笑いしながら僕は、いまだ泣いていたベルの頭の上にそっと手を置く。


「エ、エル様? わわわっ!」


 頭に手を置かれたことにびっくりするベルに笑顔を見せながら

 髪の毛がくしゃくしゃになるくらいベルの頭を撫でる。


 その様にやっと周りの学生の緊張も完全に無くなる。

 そして、ベルの髪がどんどんグチャグチャになっていくのに笑い声が起こる。


 ――――

 

 その風景を遠巻きにしながら

「素晴らしい……ですが我々にとっては危険ですね」

 と呟く者がいたことに誰も気づいてはいなかった。


 ――――


 これ以降、僕が魔法教導を行う際「全力で」のフレーズが無くなったことはまた別のお話。

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