第30話 ■「楽しき日々に願い乗せ」
季節は過ぎ晩秋になった。
僕の生活にも四つの変化があった。
一つ目は、ファンナさんが無事出産したことだ。
元気な男の子で「ルーク」と名付けられた。
ベルも弟が出来たせいか、精神的にも強くなってきたように思える。
僕と話す時も当初のような緊張した感じは大分薄くなった。
もちろん雇用者と被雇用者の分別はあるけれどそれでも大きな進歩だと思う。
中学生レベルの日本語であればかなり理解できるようになってきている。
ギフトによる恩恵か修学スピードは驚異的である。
ここ最近は、蒸気機関関連の専門書を読んで、技術レベルとのギャップに驚愕しているようだ。
ここを手掛かりに何れは内燃機関や銃器関連についても勉強してもらおうと思う。
……まずは製錬技術からかもしれないけれど。
ファンナさんも産後という事でしばらく休暇となる。
復帰する頃には、中央の学校に通うためにバルクスから離れている事になるのは残念だけどそのためにベルを僕の御付きにしたんだよね。
二つ目は、僕、またお兄ちゃんになりそうです。
父さん達としてはやっぱり後継者問題として男の子が僕だけでは僕に何かあった時を考えると不安材料なので男子を期待しているみたいだ。
まぁ僕としてはどっちでもバッチこーい状態だ。
ただこちらも産まれる頃には僕は遠い中央に…会えるのはいつになる事か。
うん、やっぱりこの世界は移動するのに時間がかかりすぎる。
すぐにでも新幹線か飛行機が欲しいもんだ…まぁ、無理なんですけどね。
でもやはり線路による流通強化は急ぐべき内容だよなぁ。
かの鉄血宰相ビスマルクは
兵員・物資の流通手段として鉄道を軍主体で整備し短期間での勝利に導いている。
僕のモットー(ゲーム知識)は兵站無くして勝利なしだから、交通網整理は必須である。
僕自身は戦争を出来るだけ避けたいところではあるが、憲法バリアのようにこちらが攻めなければ攻められないを前提には出来ない。
まぁ、この世界では「戦争しません」なんて宣言した日にはいい鴨にしかならないけれど。
あれが出来るのは世界情勢の奇跡だろう。
……おっと話がずれた。
とりあえずは僕の家族は今の五人から六人になる予定だ。
(また双子じゃなければ……だけどね)
三つ目は上の二つに比べれば小さい話ではあるけれど、魔法の練習をしているとバインズ先生が見に来るようになったって事だ。
今まで剣術訓練以外は、自主鍛錬をしているか父さんの仕事の手伝いをしている事が多かったんだけれど、僕が魔法の練習をする際には休憩所に来て練習を見ながら何かメモをしている。
少し前には僕が使うことが出来る(開発した魔法も含めて)すべての魔法を見せてくれと頼まれたこともあった。
なんか意味があるんだろうか?
(かなりの数があるから僕の魔力量を見ながら三日かかったけれど…)
そして最後の四つ目は僕の入学に向けての準備が本格的に始まったことだ。
中央つまり王都ガイエスブルクは片道で急げば一ヵ月半だけれど、人足の負担などを考えて二ヵ月の長旅になる予定だ。
さらに到着してからの準備云々を考えると年明け早々にエルスリードを出発するそうだ。
人足と護衛を除く人員としては五名、傍付になるベルは勿論としてサポート役のメイド三名(フレカ・アーシャ・ミスティという名前だ)となんとバインズ先生も護衛役として付いてくる事になった。
まぁ、僕が知らなかっただけで元々、バインズ先生は護衛役としてもお願いしていたそうだ。
(母さんに聞いた話だと嫌々っぽかったのが、夏ぐらいのある日を境に了承してくれたそうだ)
伯爵家としてはちょっと少ない方になるらしいけれど、正直僕自身、学校に入ってまであれこれ世話をされるのはあまり好きじゃないからこれでも十分な気はする。
準備としても荷物の準備、人足の確保、道中の宿の確保、護衛隊の準備……とたくさんあるらしく今の時期から始める必要があるそうだ。
僕自身が何かをやるって事は無いんだけれどね。
ほんとこの世界の貴族は人任せだなぁと感じることが間々ある。
まぁ、貴族が何でもやったらメイドさんたちの仕事がなくなるわけだからギブアンドテイクなのかもしれない。
――――
「エルスティア様、レインフォード様がお呼びです。
応接室までお願いします。イザベル、君も一緒に」
書庫にいた僕とベルの所に父さん付きの執事(ドルテさんという名前だ)が迎えにくる。
うん? 応接室にとか珍しいな。しかもベルも一緒にとかなんの用だろう?
僕とベルはドルテさんに案内されて応接室に着く。
ドルテさんが重厚な扉をノックすると「入れ」という父さんの声が聞こえる。
いつもに比べて声が堅い気がする。誰かいるのだろうか。
本当になんだろう?
「失礼します」
そういって僕とベルは入室する。
そこにいたのは執務机に座る父さん。
妊娠中なので体を労わるために柔らかめなソファーに座る母さん。
そして………
「あれ? クリス?」
いつものラフなドレスではない、正装用ドレスを着たクリスがそこにはいた。
普段のドレスも良いけれど、やはりクリスはきちんとしたドレスが似合う。
「レインフォード様、エリザべート様、エルスティア様、そしてイザベル。
本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」
そう、何時ものフランクな部分が無い挨拶に重要な話である事を僕は悟る。
そしてその内容も大体理解していた。
「本日はお別れの挨拶に参りました」
「お別れ……えっと、一時的に王都にお戻りになられるんですか?」
この雰囲気にベルも
それにやっとクリスは表情を崩す。そして何時ものような優しい顔になる。
「いいえ、ベル、違うの。本当のお別れ。王都に帰った後、私も学校に入学することになるから」
「……で、でも学校に入学するのであればエル様とご学友になるのですよね?
それであれば学校内でお会いすることも出来るじゃないですか」
それにクリスは微笑む。だけれどもゆっくりと首を横に振る。
「残念だけれど私はエルとは違う学校に入学することになる。
だから学校で会う事は出来ないの」
「そ、そんな……」
「ベル、こんな私とお友達になってくれてありがとう。
短い間だったけどとても楽しかった。あなたには多くの感謝を……」
そうベルに告げると、クリスは再度、父さんと母さんの方を向く。
「レインフォード様、私のわがままに今までお付き合いいただき有難うございます。バルクスでの生活。
私にとっては本当に夢のような時間でした。多くの感謝を……」
「こちらこそ、至らぬところがあったかもしれません。
中央で再びお会いしましょう」
「エリザベート様、本当の母親のような愛情を注いでいただきありがとうございます。
新しい子供にお会いできないのが残念です」
「ここはあなたにとって第二の故郷……いつでもお戻りくださいね。
その際にはこの子も可愛がってあげてね」
とお腹をさすりながら微笑む母さんの言葉に、クリスも微笑み返す。
「そして……エル」
僕のほうに振り返るクリス。何時かは来るとわかっていた別れ。
だけれど僕は平静をちゃんと保てているだろうか?
それほど頭の中はグルングルンまわっている。
「いままで本当にありがとう。エルのおかげで本当に楽しかった。
私にとっての初めての友達……どうかアインズの丘での約束を忘れないでいてくれると嬉しいわ」
その言葉に僕は一度息を吐く。よし大丈夫だ。
「僕にとってもクリスは初めての大切な友達だよ。
何時かまたアインズの丘に一緒に行こう。クリスに多くの感謝を……」
言いたいことの一割も言えていない。
けれど僕の口から出た精いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいわ」
その顔はいつもの僕が好きな笑顔だ。
けど、その頬を一筋の涙が流れたのは僕の気のせいじゃないだろう。
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