第25話 ■「草原に蒼き風走り」

 愛用のロングソードを構えたバインズ先生は姿勢を低くして風のように走る。


 日々体を鍛えてきた僕でも付いて行くだけで必死だ。

 バインズ先生いわく、怪我で長時間戦えないから引退したそうだが、まったくその兆候を感じさせない。

 全盛期はいかほどのものだったんだろうか?


 別の人間が参戦したことにゴブリンが気づく前にバインズ先生は傍にいた三匹を瞬く間に切り倒す。

 気づき振り返った一匹をさらに切り捨てる。


 四匹の仲間を乱入者によって失ったゴブリン達は耳障りな奇声を上げながら攻撃目標をバインズ先生に絞る。


 残っていた護衛三人も何かしら負傷していたので、助けるという意味でもバインズ先生の想定通りだろう。


 その後方で岩を遮蔽物として弓矢を向けてくるゴブリン五匹が見える。


 火系魔法は、可燃性が高い草原ゆえに自分たちへの延焼を考えると使用できないので水系魔法を選択する。

 まずは、バインズ先生に言われたようにウォーターボールによるけん制を始める。


 ウォーターボールは水圧による殴打に近いので直接的な殺傷能力は低いが、一度魔法詠唱を行えば連射がきくため、けん制としての利用価値が高い。


 実際にゴブリンアーチャーも一匹がもろにウォーターボールを食らって吹き飛ばされた後は、遮蔽物から大きく身を出すことが出来ずに矢による攻撃頻度も下がっている。


 その間にバインズ先生が寄ってくるゴブリン達を切り捨て既に残りは八匹程度になっている。


 さすがに、二十匹近くを一人で相手したためか、バインズ先生にも少し疲労の色が見える。


 襲ってきたゴブリンを切り捨て、大きく息を吐いたバインズ先生の背後に光るものを見る。

 その光は鉄のやじりが放つ鈍い光。


 もともと魔法が使えないモンスターは逆に相手の魔法防御を阻害する目的で鉄を使う物もいる。

 バインズ先生自体、気休め程度とは言え、治癒魔法の一種、オートディフェンダー(攻撃に対して風の壁を作り出して防御する魔法)を使用しているから複数を相手しながら大きな怪我をせず、より攻めることができている。

 だが、鉄の矢であればその防御がほぼ無効になる事になる。


(くそ、矢か! 距離的にウォーターボールじゃ間に合わない!)


 ウォーターボールは球形であるため空気抵抗をもろに受ける。

 距離を考えると詠唱してゴブリンアーチャーに届く前に矢が放たれてしまう。


 僕は右手をゴブリンアーチャーに向けると詠唱する。


穿うがて蒼き矢、ウォーターアロー』


 ……この二年間で「ウォータボール」を元にした「ウォーターアロー」はさらに改良されていた。


 魔法は魔法陣の文様をブロックごとに言葉に関連付けて呪文として詠唱する。

 そうする事で無意識下に魔法陣を展開して魔法が発動するのだ。


 つまりは、大多数が容易に魔法を使用するために呪文を共通化している。

 そしてそれが、この世界全員の共通認識になっている(理由は不明)。


 そのため大規模な魔法を使用する場合、逆に応用が利かず詠唱が長く複雑になるという欠点がある。

 それを解消する方法として複数人により詠唱を分割するという共同詠唱技術が発展している。


 逆に言えば、すべてが本人の認識次第という事になる。

 ワンセンテンスに複数の呪文を関連付けしたことを認識さえすれば呪文はどんどん簡略化・短縮化が出来る。


 どんどんパッケージ化しているイメージだろうか?

 以前、八小節からなるエアーストームを『風よ、来たれ』に短縮したのも実際にはかなり高等なことをやっていたと後にクリスから教えてもらった。


 これをクリスとベルに話した際のポカーンとした顔は面白かった。

 彼女たちにとって、『魔法とはこうあるべき』が常識となっているからこの発想は常識を壊して、新たな概念を作り出すことに近い。


 事実、本来の詠唱文である


『我求るは猛威奮う豪雨、集え水の鏃となりて、我が仇なすものを貫かん』

 と短縮した『穿うがて蒼き矢』の関連付けを僕自身は容易に出来たのだけれどある程度僕の理論に慣れた(毒された)クリスでさえ、三か月を要することになった。

 クリスと一緒に練習を始めたベルにいたってはまだ上手くいっていない。

(別ジャンルに『ギフト』を授かったせいかベルについては魔法の才能はそこまで高くない様だ)


 ともかく、たった二小節にまで短縮された詠唱により生まれ出た水の鏃ウォーターアローは、圧倒的スピードで弓を構えたゴブリンアーチャーに向かっていく。


 それに気づいたゴブリンアーチャーは、驚愕しながらも本能で自身保護を優先する。


 バインズ先生への不意打ち攻撃を中止し遮蔽物とした岩に隠れる。

 ウォーターボールであればそれだけで十分、岩に着弾後に攻撃を再開すればいい。


 ゴブリンアーチャーはそう考えたのだろう。


 岩を何事もなく貫き、頭部を貫通し脳に致命的なダメージを与え、後ろにいた一匹のゴブリンアーチャーの腹部をこぶし大の大きさで抉り、運動エネルギーが尽きたことで水柱が発生したその時まで……


 二匹のゴブリンアーチャーが静かに倒れていく様をバインズ先生や襲われていた馬車の護衛達は声もなく見ていた。


 彼らにとってもその魔法は未知のものだった……

 たった二小節で生み出せるような威力ではなかった……


 魔法に驚愕し逃げていくゴブリン達を追いかけるものは一人もいなかった……


 ――――


 後世、エルは数多の功罪から多くの異名で呼ばれることになる。


 魔法に関する事柄だけでも数多い……

 ある者は「新生魔法の開祖」「魔法技術を300年縮めた天才」「十歳にして魔道を極めし者」と……褒め称えた。


 ある者は「魔法史の破壊者」「全ての魔術師を敵に回した男」「魔法書を焚書し全ページを修正させた男」と……忌み嫌った。


 またある者は「魔法を愛し、魔法を否定した男」と……魔法以外の功績も含めて語った。


 事実と大きく異なる物(過去の魔法書も大事に扱った)や誇張も存在したが、それだけの実績をエルは確かにあげることになる……


 今日のこの出来事は、エスカリア王国史の中で、モンスター被害報告というごく小さく、だが確かな事実としてエルスティアの名前が初めて歴史に記載される事となる。

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