第26話 ■「商人との出会い」

 バインズ先生はロングソードに付いたゴブリン達の血や油を丁寧に洗い流し、水気を切った後に鞘に納める。

 刃を魔法で生成するため、刃こぼれが無いので手入れが簡易になる。


 僕は、その間に馬車の周りに倒れていた人たちを含めて回復魔法で治療をしていた。

(僕にとっても回復魔法の良い実践練習にもなった。)

 護衛の人間は、残っていた三人を含めて十人。


 うち、三名は既に絶命していたが、残りの七名は回復魔法により、行動が出来る程度まで回復していた。


 亡くなった三名の遺体は布がまかれて最後尾の馬車に積み込まれ、次の町で埋葬を行うそうだ。


 僕自身、人の死を見るのは前世の両親が交通事故で死んだとき以来になる。

 戦闘で死んだわけだからもう少し拒絶反応が出るかとも思ったが、吐き気は覚えたもののそこまでの衝撃を受けることは無かった。


 こちらに来て七年、モンスターがいるという世界が当たり前になって精神的な部分が変わったのかもしれない。


 供養の仕方がわからないので手を合わせたら、バインズ先生たちに不思議そうな目で見られた。

 うーん、この世界では供養の仕方が違うのかもしれないな。


 一通り終えた頃に馬車から人が数人降りてくる。

(護衛たちに周辺の安全が確保できるまで止められていたようだ)


 その中の二人がバインズ先生と僕の所に寄ってくる。

 一人は三十歳後半くらいだろうか?

 銀髪に顎にひげを蓄え、少々小太りの気の良さそうな風貌をしている。

 もう一人は僕と同じくらい、銀髪を短く綺麗に揃えて中性的な感じの男の子。彼の子供だろうか?


「今回はご助勢いただき誠にありがとうございます。

 私はこのバルクス領とエウシャント領、ルーティント領をメインとして商売を行っておりますローデン商会のピスト・ローデンと申します」


 今までも幾度となくやっているであろう綺麗なお辞儀をする。


「こちらは、私の子供のアリストン・ローデンと言います」

「アリストン・ローデンです。助けていただきありがとうございます」


 こちらは子供らしく元気にお辞儀をする。


「私は、バインズ・ルード、こっちはエルスティア……メルだ。

 助けることが出来てよかった。三人は残念だったが……」


 ん? 僕の名前を誤魔化した? そりゃそうか、バルクス領じゃシュタリアを名乗っていいのは伯爵家だけ。

 つまりはシュタリアと名乗るだけで素性がばれてしまう。

 適当な名前が思いつかなかったからベルの名前を拝借したのだろう。


「エルスティア・メルです。早くに気付けていればと思うと残念です」

「いえ、あなたたちが来てくれなければ彼らだけではなく私たちもただでは済まなかったでしょう。

 警護することが彼らの仕事でしたから職務は十分に果たしてくれました。

 それで、助けていただいたお礼として少ないのですがこちらを……」


 ピストはそういうと小さな革袋を両手で差し出す。おそらくお金か何かだろう。

 断るのかな? と思っていたけれど、バインズ先生はあっさりと受け取る。


 後で聞いたところ、ここで逆に断る方が失礼になるそうだ。

 僕の精神的には日本人の謙遜するっていう習慣がまだ残っているみたいだ。

 うーん、精神部分はまだぐちゃぐちゃ状態っぽいな。


「ありがたくいただいておく。私としてもエルスティアに実戦を経験させることが出来たから問題ない……。

 さて、私たちは行く場所があるので失礼させていただく。

 あなた達の旅路にイルス様の祝福を……」

「おぉ、そうですか、名残惜しいですが仕方ありませんな。

 何かご入用でしたらローデン商会へお出でください。

 改めてお礼をさせていただきます。あなた達の旅路にイルス様の祝福を……」


「バインズ様、エルスティア様、ありがとうございました。

 お二方のおかげで僕たちはこうして旅を続けられます。

 また、どこかでお会いできる事を願ってます。イルス様の祝福を……」

「ピストさん、アリストンくん、どうかこれからも気を付けて。イルス様の祝福を……」


 お互い、挨拶をした後、僕たちは自分たちの馬車に戻り出発する。

 それをピスト達は小さくなるまで見送っていた。


 ――――


「ふぅ~、助かった。金をもっと請求されたらとヒヤヒヤしたわ」


 バインズ達を見送った後、ピストは胸をなでおろす。


 ローデン商会はまだ新興の商会で、元手が少ないため節約出来る所はしたい所である。


 給金が破格の安さだったので新しく雇った警護の人間が、ゴブリンレベルで苦戦するほど弱いとは予想外だった。


 やはり、幾分高かろうと傭兵ギルドの正規ルートで雇う必要がある。

 まさに「安物買いの銭失い」だ、給金に折り合いがつくなら先ほどのバインズ達を雇いたいほどである。


 損害による支出を頭の中で計算し始めた彼の横でクスクスと笑い声がする。


「父さん、別に彼らはお金には困っていませんよ。

 それに、彼らと知己ちきを得れた事は謝礼金の数百倍の価値があったと思います」

「うん? どういう事だアリス?」

「あの男性、バインズ・ルードと言いましたよね?

 二年前に引退した中央騎士団の軍団長に同姓同名の人がいます。年齢的にも同じくらいですね。

 それにあのエルスティア・メルと言う少年。メルは偽名でしょうね。

 おそらく、本名はエルスティア・バルクス・シュタリアですよ」

「バルクスだとっ! という事は伯爵公子か!」

「元中央騎士団軍団長様と一緒にいるという事は十中八九間違いないかと」


 なるほど、たしかに将来の伯爵様と知己を得ることが出来たという事は千金に値する。

 商人のステータスはどれだけ上の人間とパイプが作れるかになる。

 自分たちが助けてもらった側とイニシアチブをとる事は出来ないが、それでもパイプを作るきっかけとしては十分だ。


「まったく、記憶力とその視野には恐れ入るぞ。

 お前が商会の跡をついでくれれば安心なんだがなぁ」

「そこは兄さんたちにお任せしますよ。私の夢は官吏になる事ですから。

 そういう意味では私としてもきっかけが出来たことは神に感謝ですね」


 そう、アリストンにとってもこの出会いは何物にも代えられない。


 ……アリストンは幼少の頃から記憶力、理解力、視野は比類を見ない天才児と呼ばれていた。


 父は跡を継いで商人になる事を期待していたようだが、商人になるという気はさらさらなかった。

 『官吏になる』そう決めたのは二年前、母親の死がきっかけだった。


 その頃、アリストンの家族はエウシャント子爵領に暮らしていた。

 そしてアリストン達の目の前で母親は馬車にひき殺された。

 轢いた後も何事もなかったかのように馬車は過ぎ去っていった。


 母親をひき殺した犯人はすぐに分かった。けれど犯人が捕まることはなかった。

 エウシャント子爵のおいが乗った馬車だったからである。


 父親は母親の葬儀が終わるまで一度も泣かなかった。

 むしろ訪れる弔問客に笑顔で対応していた。

 それは幼いアリストンにとって許すことができなかった。


 なぜ父親は子爵の甥を訴えないのか?

 なぜ母親を失ったのに笑っていられるのか?


 もちろん父親が子爵の甥を訴えたところで何もならないと賢いアリストンは理解している。


 しかし心が納得できるはずがない。『理解する』と『納得する』は別物なのだ。


 怒りに震えていたが、葬儀が終わって弔問客が皆帰った後に見たのだ。

 母親の棺の前で「済まない」と繰り返しながら号泣する父親を……

 爪が肌に食い込み血を流しながらなお拳を固く握りしめる父親を……


 その時、アリストンは気が付いた。この国は腐っていると。

 貴族は傲慢を極め、平民はただ虐げられむなしく涙を流すしかないと。


 そしてアリストンは決めた。

 官吏として内側からこの国を変えてやると……

 なんならこの国を破壊してでも……


 それから、エウシャントにある王国図書館に通いつめまつりごとに関する書物を片っ端から読み漁った。

 それはアウトリアに移り住んでからも変わらず続いた。

 本来であれば5歳程度の子供に理解できるはずがない書物のはずだったが、なぜかアリストンにとっては絵本を読む感覚で内容が理解できた。

 そしてそこにある政治の矛盾点も……


 いくつかの内政改革案を思案したりしたが平民、しかも子供の考えなど一笑にふされる。

 自分が官吏になるためには、有力者とのパイプをどうしても作る必要がある。


 だが言うは易し、そんなパイプなんて簡単にできるはずがない。

 この国はパイプを作るには膨大な金が動く。弱小商人では箸にも棒にもかからないのが現実だ。


 そんな悶々とした日々を過ごしていた中で、エルスリードへの商談旅行の同伴を父から提案された。

 普段なら断るにも関わらず今回はなぜか付いて行く気になった。


 もしかしたら他の貴族とは違い領民を大切にしていると聞いたレインフォード卿の治世をこの目で見るためだったのかもしれない。


 エルスリードへの道中にモンスターに襲われた際には付いてくるんじゃなかったと後悔したが、その後に得られるものが大きかった。

 レインフォードの息子であるエルスティアと知己を得ることができた。

 エルスティアの様を見てその後ろにレインフォードの姿を垣間見ることができた。


「父さん、お願いがあるのですが……」

「……うん? なんだい?」


 ピスト自身、我が最愛の子が何をお願いしようとしているかは、分かっている。


 何を言っても絶対に折れないだろうという事も。

 そしてそれが少なからぬ出費になるという事も。


「やはり私はどうしても官吏に。バルクス領の官吏になりたいのです。

 来年から官吏学校に通わせてもらえませんでしょうか?」


 ピストは肯定も否定も即答しなかった。

 それでもアリストンは父が許してくれたと理解し微笑んだ。


 この出会いがエル、そしてアリストンにとってどのような意味を持つのかまだ誰も知らない。

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