第24話 ■「馬車にゆられて」

 僕が生まれたバルクス領の主都エルスリードは人口十五万人程とエスカリア王国で見れば中都市レベルだ。


 バルクス領内には都市(人口十万人以上が目安)は「エルスリード」「イカレス」「アウトリア」の三ヶ所にありそれ以外に大小さまざまな村が各地に点在している。

 全人口としては六十二万人程度となる。


 エルスリードは西南に位置しているため、特にモンスターの脅威にさらされているので四方を立派な石壁で囲われて東西南北に門がある。


 主都なのになんで最前線に? と思うかもしれないけれど、町の主目的が騎士団の駐留地としての意味合いが強い。


 そのため、武具の修理や調達のための鍛冶屋街や兵舎街が充実している。


 イカレスやアウトリアは両方とも北東に位置し、それぞれ農業・商業に特化している。


 本来であればより安全地となる「アウトリア」に伯館(僕たちの家)を置くことが望ましいんだろうけどシュタリア家は代々、常に最前線に立つことを善しとする家風のようだ。


 話を戻して、僕たちは馬車に揺られながら北門を抜ける。

 僕たちに気づいた衛士達が何人か護衛をつける付けないで少々揉めたものの、バインズ先生の取り成しでやっと外に出ることが出来た。


 ここから二時間ほど馬車に揺られれば「アインズの丘」に到着する予定だ。

 今が十時くらい、ちょうど昼ぐらいに着くからお弁当を食べるにはぴったりになりそうだ。


 この世界は徒歩での移動は危険が付きまとうため馬車が必需品となる。

 町外ではモンスターもだが賊も出没することがあるらしい。


 賊たちもモンスターに襲われる可能性がある。

 そりゃそうだ、モンスターたちにとっては旅人だろうが賊だろうが等しく獲物でしかない。


 父さんや騎士団の不断の努力も合わせて賊はほぼいないがゼロではないので警戒は必要だ。


 僕たちが乗っている馬車はよく貴族が乗っているような豪華なやつではなく、馬二頭でほろが付いた荷馬車を引いているタイプだ。

 これも賊に襲われにくくするための工夫になる。


 例えば、護衛がいない豪華な馬車と普通の荷馬車がいたら賊としてはどちらを襲うか? は簡単な問題だ。

 貴族は身に着けているものもそうだが、体自体が身代金という金になる。


 この馬車なら貴族が四人(バインズ先生も入れれば五人か)も乗っているとは基本思わないからね。


 バインズ先生が前側で馬の操作をし、横に僕が座り周辺の警戒。

 後ろ側にクリス、アリシャ、リリィ、ベルの四人が乗っておしゃべりをしている。


 幌のおかげで傍目には男二人が馬車を引いているようにしか見えないから、より危険性も下がる。


 前世とは違い町を出れば土を固めただけの道路を挟んで大草原が広がる。

 草花の匂いが初夏の風に乗って漂う。

 ほとんど家にいることが多い僕にとっても新鮮だ。


 さらに僕より家を出ることが少ないアリシャやリリィは幌の隙間から見える風景に大興奮している。

 これはアリシャとリリィも連れてきてよかったな。母さんには感謝しないと。


 妹たちは基本的に愚図ついたりせずにいい子にしている事が多いが流石に一時間も経つ頃には外の風景も見飽きたらしくクリスやベルの膝を枕に少しウトウトしだしている。

 うん……妹たちよ僕と代わってくれないかね?


 クリスやベルも静かに妹たちの頭を優しく撫でている。

 うん、仲良きことは美しきかな。そんな矢先に警戒していた僕の目にあるものが映り込む。


「……バインズ先生……」

「あぁ、前方で戦闘だな……」


 数百メートル先で数台の馬車が止まっている。

 数名が地面に倒れているがその周りでも何人かが剣を持ち何かと戦っている。


「ありゃ、ゴブリンどもだな」


 ゴブリン……ゲームでは初期の雑魚モンスターの一種だ。

 体格的には一般成人の半分程度。薄緑色の皮膚をした醜悪な生物。

 メインはこん棒と言った鈍器だが、弓を使用する個体種も存在する。


 一匹一匹は弱いため、大体においては集団による攻撃をしてくる。

 今も少し背の高い草に隠れて薄緑色の皮膚の何匹かを確認できる。

 見えるだけでも十数匹、対するは三人、数の上では不利だ。


「で、どうする? このまま見捨てていくこともできるが?」


 ゴブリン達は一度目標を見つければ、基本それ以外には攻撃はしない。

 というのも集団でなければ人間と対等に戦えないのだ。

 戦力を分散するというのは知能が劣るゴブリンでも行わない。


「いえまさか。助けましょう」


 僕がそう言うと、バインズ先生は苦笑いする。

 まったく、冗談でエルの実戦を見て見たいと思ったが、まさか現実となるとは……


「まぁ、だろうな。エル、サーチャーは使えるか?」

「はい、使えます」


 サーチャーとは、周辺の生物の存在を調査することが出来る中級魔法の一つになる。

 中級魔法だから頻繁に使用することが出来ないが、よほどのアンチスキルを使用しない限り存在を隠せない。


 ゴブリンと言った低級魔物であればなおさらだ。

 まずは周辺の危険性を調べないと、救出に向かった後でこちらの馬車が襲われたら意味がない。


 僕はサーチャーを詠唱し、状況を確認する。


「ゴブリンらしき数は十六……いえ、さらに後方十五メートルに五。

 こちらの馬車の周りには敵影はありません」

「後ろの五は恐らく、ゴブリンアーチャーかゴブリンメイジ、馬車の周辺に弓矢が刺さっていることからみてアーチャーのほうだろう。

 エル、お前はその五匹の相手をしろ。いいか、倒せとは言っていない。

 奴らが攻撃できないように支援しろ」

「了解です。でも、倒してしまっても問題ないんですよね?」


 一度言ってみたかった台詞をつぶやく僕にバインズは真剣な顔になる。


「いいか、エル。相手はモンスターとはいえお前にとっては初めての殺しになる。

 それをちゃんと肝に銘じろ」


 そうだ、僕にとっては初めて生き物の命を奪うことになる。

 そのことを忘れかけていた。


「はい、すみませんでした。でも僕は守るもののためであればこの手を血に染めることは覚悟の上です」


 バインズ先生は僕の目をじっと見た後


「いいだろう。戦士の顔になってきたじゃねぇか。

 よしいくぞ! クリス! お前たちはこのまま馬車の中に待機!

 周辺に敵はいないことは確認済みだが気を抜くな!

 この中じゃお前だけが魔法を使えるはずだ。

 俺たちの代わりにエルの妹たちを守れ!」

「はい、わかりました。エル、バインズ先生、お気をつけて!」


 クリスであればゴブリン程度であれば問題ないだろう。

 さぁ、僕にとっての初めての実戦の始まりだ!

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