第6話  挑戦

 資金作りの目処は立ったが新聞配達のアルバイトはまだ続けていた。

 慣れてきても配る部数はあまり増やさずにいたので最初の頃より早く終る。アルバイトの必要はなくなったので何時やめてもよいのだが、この早寝早起きで早朝の運動という生活が結構気に入っていたのだ。

 何といっても気持ちが良いのだ。

 海が近いためか山が近いためか両方なのか、わからないが早朝に空気が入れ替わる感じがして本当に爽やかなのだ。中学校に登校する時間となる頃には、近くの工場なども操業し始めるし車も走り出しているしで、随分と埃っぽくなるのだが。

 何時まで続くかわからないが、この習慣は出来るだけ守っていきたいと本気で俺は思った。僕の方はそれほどでもなくて朝は眠いとよくぼやいていた。だから俺だけで動くことが多かった。身体を独占して運動するのは結構良いなと思ったものだ。

 結局一年生の秋までアルバイトを続けた上で辞めることにした。部活に入ったり、夜の勉強時間を増やしたりし始めたので、さすがに睡眠時間を確保したくなったのだ。やろうと思えば俺と僕で交代しながら睡眠をとれば、外見的には不眠のままで活動もできるのだが、そんなことを続けると肉体のほうがまずいと思うしね。身体の成長の妨げになっては本末転倒だ。

 それでも早起きの習慣はその後もずっと続くことになった。かつての俺にはなかったことだった。


 で、中学生生活のほうだが、これ自体は順調だった。まあ成績が良くて、運動能力も良い。不満があっては申し訳ない。

 当たり前に成績は良かった。もともと僕のほうも勉強は出来たのだ。特に得手不得手もなかったし、記憶力も良かったから、クラスで2,3番、学年でも十番手あたりには付けていたはずだ。俺の記憶では。

 だが今の記憶力は段違いに凄くなっていた。教科書で読んだり授業でやったことをまず忘れることがなかった。二人分の記憶があるから、では説明がつかないような気がする。たぶん1プラス1ではない。

 よく記憶とは脳細胞の中を走る電気信号と言われている。その信号が走る回路の容量が増えているのではないか。あるいは記憶を脳細胞に刻み込むときの溝がより深くなって、容易には記憶の溝が消えないのではないか。直感的にではあるがそんな気がするのだ。 

 とにかく覚えようとしたものはまず忘れることがない。あとは応用力、いわゆるところの地頭力だが、これこそ僕をベースに俺の経験が相まってほとんどの問題に迷うということがなかった。これで成績が上がらないわけがなかった。ペーパーテストなど当たり前のように満点がとれた。

 そして当初よくつまずいていたりした運動能力だが、慣れで本来の僕の動きに戻ると共に、早朝の新聞配達の運動が効いてきた。僕が走ることに専念しながら、同時に俺が配り先を覚えて配達しているうちに他のことにも応用が効くようになった。例えばグランドを走っている。右手では野球部がノックを始めている左手ではサッカー部がパス回しの練習をしている。走りながら俺は周りの状態を常に情報として取り込んでいる。だからノックのボールがこちらに飛んできても避けることが出来るし、転がってきたサッカーボールも返すことが出来る。

 これが進むとボールゲーム特にサッカーやバスケットをするときに非常に役に立った。なにしろほぼ全体の動きが分かるのだ、まるで上空から神の目で見下ろしているようにだ。

 もっともそれだけでは絶対的な優位にはならない。身体能力がついてこないとせっかくの情報を活かせない。そうなるのはもっと先の話だ。まあ普通の中学生レベルなら十分ではある。体育の授業では存分に活躍が出来た。

 少し調子に乗った私は新しいことに挑戦することにした。俺にも僕にも未経験のことに。

 入学当初はいろいろと忙しくて参加できなかった学内のクラブ活動に参加することにした。吹奏楽部にだ。

 きっかけはビートルズだ。6月の末に東京公演があったのだ。そのテレビ中継を見た俺の感想としては、ステージとレコードは違うものだ、ということか。姉は素直に喜んでいたからそれで良いのだ(byバカボンのパパなのだ)

 でも音楽っていいよな、と俺も僕も思った。で、俺としてはこの際ちゃんと基礎からやりたいと思ったわけなのだ。

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