第7話  部活




 俺も全く楽器に触ったことがないというわけではない。ものにはならなかったがギターなんかは人並みにいじったことが有った。ただ音楽理論的なことは全くわからない。僕にしても小学校の立て笛ぐらいでドレミファが分かる程度だ。ほとんど小学生とかわらない。それ故にここで音楽についてある程度わかるようになりたかった。そのためにはとりあえず楽器に触れる用にならなければならない。そこで飛び込んでみたのが吹奏楽部だった。


 すでに入学から三ヶ月以上過ぎている。クラブ活動をしようと思うようなやつはとっくに入って活動していた。もちろん締切のあるようなものではないからいつ参加しても良いはずだが物事にはタイミングと言うものがある。どういうことかというと、誰がどの楽器を担当するかというのが決まったあとだということだ。だからあまり選ぶ余地はなかった。というより、もうこれしかないよとばかりに決められた。余っていたパートは低音で楽器はユーフォニウムだった。そんな楽器初めて聞いたよ。 


 目標は、楽譜が読めてその通り演奏できるようになることだから、リズム系以外なら何でも良かったのだがいきなりの大型楽器はなかなか大変なものが有った。女子でも普通に吹いているのだから出来ないはずはないとは思うのだが、最初はまともに音が出ない。出るようになっても息が続かない。まだ肺活量も少ないしね。


 これから先どうしていくか、大きな目標は決めた。そのために今から準備していくことはなにかということだ。経済的なことは目処がつきつつある。学力的な方面は成果はこれからだが、なんとかなりそうな感じだ。


 決めかねているのが体力面だ。そこで考えたのだ。音楽に挑戦しながら体力も作っていこうと。


 毎朝新聞配りをしていると、どんどん体力が向上していくことへの手応えがあった。だから放課後も走り込んでいけばブラス系の楽器を吹くに充分な体力を作っていけるんじゃないかと考えた。


 大体この頃の私の体格は、それはまあ貧相なものだった。身長はクラスで並べば真ん中あたりの百五十センチぐらい。俺はその後も百六十五あたりで止まってしまったから情けない、もう少し上を目指したい、今回は。


 俺の運動能力は潜在的には悪くもなかったと、かつての人生での経験から思うのだが、今現在の12才中学1年生としては、瞬発力や筋力が明らかに劣っていた。


 何事をなすにも基礎体力は必要だ。


 この頃の毎日のスケジュールはこうなっていった。


 朝四時に目覚める。もちろん最初は大変だった、かなり父に世話になったが、一週間程で習慣化出来た。これはバイト先の先輩諸氏も言っていたのであまり心配はしていなかったが、父にいつまでも迷惑をかけてはいけないと思っていたから早めに身体が慣れてありがたかった。


 牛乳をコップ一杯飲んで新聞配達店へ走る。腹が意外と減った感じはしない。これは人それぞれのようだ、準備をしながらパンをかじっている者もいる。オリコミのチラシなどを入れ込んで自分の配達分を用意するとすぐに出発する。家が密集しているとはいえ一軒一軒投函していくというのは結構な時間が掛かる。一軒あたり移動時間を考えると一分近くかかることもあるのだ。集合住宅でも戸口ごとにいれなければならないから数十部とはいえ小一時間は楽にかかる。終わると一旦店に帰り報告。


 帰宅すると六時を過ぎている。今度は朝食の準備といいたいところだが、この時は祖母が同居していたから、すでに起きだして台所で迎えてくれる。着替えて登校の用意をする。寝る前に整えてあるから簡単に確認して着替えるだけだ。父と姉も起きだしていてみんな揃っての朝食となる。


 献立として、納豆と出来れば小魚を添えてほしいと祖母にはお願いしていた。姉はすこし嫌がっていたが健康のためと説得したのだ。家を出るのは父と姉のほうが早い。この時姉は高校二年生、最初は駅からの電車通学にすこしあこがれるものがあったらしい。乙女やね。すぐに混んでる電車に嫌気が差したらしいが。父は単純に娘との同伴出勤が楽しそうである。駅までの短い時間だが。


 朝食のあと片付けは私がするようにしていた。僕はいやがったが俺はおしきった。こういう習慣は身についているほうが後々良いことがあるのだ。


 食後の歯磨きをしっかり行い顔を洗いなおす。俺は後年虫歯に苦労させられたから、ここもきっちり習慣化しておく。こういった習慣化すべきことは私達のなかでの重要項目なのでしっかりと話し合っている。お互い納得ずくでなければ長続きしないからね。


 目覚めてからのルーティンをこなしていく中で俺と僕の動き方は随分とうまくなった。とまどったりつまずいたりということはまずなくなり、日常生活上での動きはスムーズというか、それまでより素早くなったようだ。


 姉が私をじっと見つめてつぶやいたことがあった。「あんたときどきぼうっとしてるよ」目つきが怪しいらしい。ぼうっとではなく実は視線の取り合いをしている時のことなのだが、はた目にはそう見えるようだ。これも実時間が徐々に短縮できてなんとかなっていった。


 学校まではゆっくり歩いても十分とかからないので余裕はある。予習というか、簡単に確認のために教科書を開く、今日の授業範囲と思われるところだけ各科目をざっと見直す。内容は暗記できているのでなにか質問すべきところがないかの確認をしておく。新聞も読んでおく、俺としては経験済みのことのはずだが殆どの記事は新鮮に感じる。種子島にロケットの打ち上げ施設が出来るらしい、へえ。千葉県に飛行場を作るらしい、あー。てな具合だ。そしてテレビ欄なんかはかなり楽しみにしている。


 祖母に声をかけて家を出る。下町というのか家の周りはかなりゴミゴミしている。商店は少なく、町工場などが目立つ。朝から賑やかだ。


 学校に着くとたいてい授業開始まで少し時間があることになるので音楽室に寄っていく。早く楽器に指をなじませたいので朝練は出来るだけ行うようにしている。朝練は自主的なものだが、毎日行っている生徒も多い。


 そんなわけで授業時間ギリギリに教室に入ることが多い。朝の教室は結構賑やかで俺にはうるさく感じる。僕としてはお喋りタイムに加わりたいところもあるので、タイミングが合えば俺は引っ込むことにしている。お子ちゃまの話題にはついていけない。僕的には息抜きになるので友人たちとの会話は外せない。授業が始まると俺は一気に集中する。100パーセント教科書は頭に入っているが、それでも集中して聞くのだ。何といってもその道の専門家が子供にもわかりやすく解説してくれているのだ。聞かなきゃもったいないじゃないか。後で復習に時間を使いたくないというのもある。ここで理解を120パーセントにしておく。ちなみに俺は授業中には質問はしないようにしている。疑問があれば休み時間に職員室に行く。授業の流れを切りたくないし、直接聞くほうが効率の良いことが多いからだ。聞かれる方はどう思っているかわからない。質問は授業中にしてくれという人も多いかもしれない。


 体育や図工なんかの授業はなかなか大変なものが有った。条件反射的な動きが出来るまでは本当に苦労したが、新聞配達や楽器を触ることが結果的には良かったようだ。条件反射というか脊髄反射というか、考えずに身体が動くような面では、面白いことにスピードがぐんぐん上がっていった。考えず動くルーティンワークのような事の作業的な動きが早いのだ。新聞配達のときなら折り込みチラシをセットする速さ、体育なら例えばバスケットボールのドリブルなんかだ。どういうことだろうか、脳からの信号がたぶん増えたことで神経束が太くでもなって、神経信号が通りやすくなったのか。そんな風に変化するなら脳そのものはどうなんだろう。そのうち頭蓋骨で抑えきれなくなって爆発でもするのか。悩んでもしかたがないので気にしないことにした。現象的には身体能力が向上しているのだ、筋肉疲労も若いだけに回復増強するのも早い。食事でとる栄養にも気を使っているから順調に育って欲しいものだ。俺達の身体が。


 そして放課後はクラブ活動に専念できるようになっていった。秋頃には色々と懸案事項にめどが付いたのでようよう学生生活を満喫することになった。新聞配達もやめたので朝の運動がなくなった。なのでクラブ活動の中にランニングを入れることにした。楽器演奏は体力がいるからたまには全体で走ることも有ったのだが、俺は毎日走り込むことにした。身体を動かすことが楽しかった。僕は不満げだった、どうせなら演奏の練習をたくさんしたがった。でもね俺はこの身体で走り回るのも楽しかったのだ。なんというか若さを満喫するというか、とにかく身体が軽い、走っても疲れない、柔らかい、体操するといくらでもからだが折りたためるような気がした。ごめんね僕ちゃん、おじさんは楽しいんだ。

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