第5話 動機
資金作りに目処が立ち、これであとは学業に専念するべし、というところなのだがひとつ重大な問題が発生していた。
妻が「行方不明」なのだ。この時代の話だからもちろんまだ妻でもないし、そもそも出会っているはずもないのだが。
発明クラブに動くより先に、実は二回、妻の実家まで見には行っていたのだ。そもそもアルバイトの給料が入ってすぐにしたことは、大阪にある妻の実家を尋ねることだった。もちろん直接訪問して妻に会うとか、声をかけるとかしようと思ったわけではなくて、ただ純粋に生きている彼女を見てみたかったのだ。
だが彼女の姿どころか、実家の存在さえ確認出来なかった。
俺の記憶とは街の様子が違っていたのでわからなかったのかと思い、二度目に行くときには地図で住所を確かめた上で探しにいった。
それでもわからなかった。
俺の知っている街の様子とは実質的に十数年の差がある。それでも基本的な道路や大きな建物には違いがないはずなのだが。
場所は大阪の天王寺。通天閣が近くに見える繁華街。そこに彼女の実家である化粧品屋があったはず。
かつて二十歳過ぎの頃、俺達は、ちょっとした縁があって付き合いが始まった。この近くのマンションに住んだこともあった。だから俺には土地勘もある。なのにわからない。俺は同じ道を何度も往復した。路地にも入ってみた。外見は違ったが名称が同じ店も有った。
なのに。
恐ろしい可能性に気がついた。
この世界には彼女が存在しないのではないか。
同じようで違う、そんな世界に俺はいるのではないか。
そうだ。
思い出した。
彼女の両親はもともと奈良県の出身で戦後大阪に出てきていたと聞いたことがある。
それか。
まだここに住む前なのかもしれない。大阪に居るとしてもここではないのかもしれない。
そう自分を納得させて帰ることにした。もう少し月日がたってからまた来てみよう。もどかしいがそうするしかなかった。
とにかく今は神戸での生活を充実させていかねばならない。だいたい俺が妻に出会うのは本来二十歳を過ぎてからだったのだ。あまり過去を変えてはいけない。ただでさえイジリすぎたようではあるのだ。
こんなふうに書いてみると随分汲々として生活しているように見えるな。実際にはもっとゆるゆるな日々を過ごしてはいる。
大人としての俺からすれば、家族を含め周りのほとんどの人々はみんな年下になる。だから大概の問題事は、今の俺からすれば余裕でこなせることばかりだ。まして過去に経験した事がほとんどなのだから。忘れていることばかりではあるが、気持ち的にはそうなる。
それどころか、落ち着いてくると俺は積極的にこの時代を楽しみだしていた。
映画や漫画雑誌などを見るのは毎週の習慣になった。なにより一番の楽しみはテレビだ。毎日のように懐かしい番組を見ることが出来て、本当に嬉しかった。
「シャボン玉ホリデー」「夢であいましょう」などの東京発のバラエティ。大阪発の松竹や吉本の舞台中継、ドラマやドキュメント、等々。
特に印象的だったのは、退院したその夜に放送されていた「ウルトラQ」だ。
日曜の夜七時、家族そろって夕食を食べて、話題がちょうど一段落ついたところに、点けっぱなしだったテレビから例の音が流れてきたのだ。ギーという古い扉を開けるような擬音、画面を見るとまさにタイトルが出ているところだった。そこから私はまさにかじりつくようにしてテレビに見入ってしまったのだ。ちなみにその夜見た回にはガラダマが出ていた。
僕によれば今年の1月から始まったとのことだ。ということは、たしか夏ぐらいまで放送は続き、その後「ウルトラマン」が放送されるのではないか。おお、今年は「ウルトラ元年」だったのか。
白黒テレビで見ているせいもあって、特撮にアラが目立たない、いやこれはそもそカラー放送ではないのか。とにかく俺は少し興奮気味にテレビを見たのだ。たぶん家族にあきれられながら。
で、この時気づいたわけだ。テレビだけじゃない、映画だって一杯あるはずだ。まだ斜陽産業にはなっていないのではないか、日本映画も。
小遣い稼ぎをしなくちゃ、と最初に決意したのはこの時だったかもしれない。映画館に行くにはお金がかかるからね。
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