第1話 病院での合意
元々本好きのSF読みだったから概念はすぐ理解出来ました。死にかけて、あるいは死んで目が覚めたら1966年の自分のなかでした。
状況が似ているのは「リプレイ」かな、有名なところだと。ちょっとひねって「アゲイン」てのもある、楳図かずおですね。
ただね中身付きなんですよ、そのまんま。過去に転生したら若い頃の自分の中、そこでやりなおすというのは「一般的」だとは思うのだが、そこにはちゃんと若いときの自分が存在していた。通常の状態なら大騒ぎになるところだが、喉の手術直後へ転生したため口がきけない状態。だから混乱しているのは、病院のベッドで、俺と若い時の僕、つまりは自分同士だからまあ理解は早い。
だいたい思うに過去へのタイムトリップというのは、もともと論理的な整合性が難しい。未来へなら分かるんだけど、パラドックスが多すぎて相当力技がないと話が成立しない。でもこの方法なら分からなくもない。理論的にはタキオン仮説でも持ち込めばなんとかなりそうだし。
「タキオンってなに?」
「タキオンというのは光速度より遅くならない仮説上の粒子で…」
こんな調子ですぐに若い方の僕から質問が入り、それに俺が答えていく事で相互理解が進んでいく。おかげで転生先での連続性に問題なく溶け込めたんで助かりました。
最初は頭のなかでの対話が延々と続いて行ったんだが、実は外部時間的にはあまり経過していなかった。目が醒めて、看護婦(まだ看護師さんじゃない)さんに検診を受けて。
「じゃあもう少し寝ていてね、すぐに先生が来るからね」
そして「一人」になるまでの間にだいたい「二人」の間での基本的な共通認識は出来ていたんだ。
1966年春の「僕」の中に未来の「俺」が転生して来た。ということを。
これからは「二人」で「一人」の身体を共有していかなければならないってことを。
そもそも僕は小学校卒業と中学校入学の間に、扁桃腺の手術をすることで体質の改善を図ったわけだが。俺というおまけがついてきてしまったのだ。僕には。それでも、まあ自分同士ではあるし、年齢も随分と離れているしで、喧嘩にもならずに折り合って行くことになった。そうするしか無いのだが、いやいやでいるより仲良くいったほうが良いしね。
ただ俺としては人生をやり直す事になったわけで、転生したタイミングを考えるに亡くした妻にもう一度会える、いやもっと積極的に病気を治すことが出来るかもしれない。今から備えれば。生き方を変えて対処するべく準備をすることができるのではないか。そう思ってしまう。
そうだな、具体的にはこういうのはどうだろう。医者あるいは医学者になって妻を自分で治療するのだ。あのときは最善と思ったが結果としてだめだった治療をやめ別の選択肢を探るのだ。それを可能にするには俺が頑張れば良いのだ、今から。
そこまで考えたところで、俺は僕に意識を向けた。僕はどう考えるだろう。
最初は会話から始まった俺と僕の対話だが、すぐに変化していった。文章を使っているようなものから、思考そのもののやり取りになった。意見の交換やすり合わせのときは、互いの思考をあえて文章に置き換えて対話にすることもあるが。
俺の知識や経験を僕の脳に刷り込んでいく。僕の知識や経験を俺の脳に再認識させる。論理的には少しおかしいが、イメージ的にはそんな感じだ。俺の数十年の人生が僕の中で再構成されていく、僕は驚きと興奮でそれらを迎い入れる。十二年間の僕の人生を俺は丁寧になぞるように再認識していく。膨大な情報が脳内で行き交ったはずだが客観的な時間は短いものだった。
知識の共有は出来たのだが、面白いことに意識は二人分のままだった。このためしばらくは僕としての行動は随分と不自然なものになってしまう。
結論から言えば、俺の申し出に対し僕の方は全面的に賛成してくれた。俺にとっては今からの人生は、過去とは違う人生になっていくはずで、はたしてどうなるかは全くわからなかった。僕にとってはこれからの人生がどうなるのかなんてわからないのがあたりまえ。目標はあったほうがないよりはいいだろう。
というわけで私達は協力してやっていくことにした。
だが現実として最初は大変ギクシャクとした行動をとることになった。だって例えて言えば、自動車の運転を二人がかりでするようなものなのだ。ハンドルもブレーキもそれぞれが持っている。だから歩くことさえ最初はおぼつかなかった。それどころかしゃべること、何を見るのかさわるのか。すべての動き方が互いの意志の違いでぶつかり合う。
本当に入院中で良かった。
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