君に再会するまでの✕✕年間
ふくろう亭
プロローグ
あれ?
眼が覚めた。知らないところで。
どこからか聞いたことのあるメロディーが流れてきている。
ああ千昌夫じゃないか「星影のワルツ」だっけ。懐メロ特集か?死語だけど。
ここは?
天井が高い、カーテンに囲まれている、これは。
病院か?
そうだ、さっき俺は倒れたんだ、急に胸が痛くなって。
わあまずいな。あのあとどうなったんだろうか。妻の49日の法要を終えて、みんなで食事をして、これでひと区切りついたのかとか思って、妙に笑い声が耳に障って、気分が悪くなって。
なんかどなろうとしたんだよな、なんで楽しそうなんだとか、妻がなくなってまだ一月ちょっとしか経ってないのに、なんであんたたちはそんなに嬉しそうにわらいながら話せるんだとか。
まあ口にする前に胸が痛くなって何も言えなくなったと思う。考えようによっては良かったかもしれない。完全な八つ当たりだもんな。それほど付き合いの深くない親戚だっていたのに、俺が感情にまかせてそんなこと言ってたらぶち壊しだよな。
妻が止めてくれたのかもしれんな。一見穏やかそうな俺は実は結構感情の沸点が低くて、トラブルを起こしやすくて。よく怒られたよな、妻に。死んでからも世話をかけたのかな、困ったもんだ、すまんなあ。
さて、起きるか。どこの病院かわからないが、いつまでも寝ているわけにもいかんしな。いろいろと後片付けすることも増やしてしまったんだろうな、と思うと少し憂鬱だな。
しかし起き上がろうとしたが、身体はうまく動いてはくれなかった。思わず言葉にならない声を出そうとして、口を開けないことに気づいた。頭のなかに声が響いた。
「誰。あなた、誰なの?」
身体を動かす気配が伝わったのか、カーテンが開けられて見知らぬ女性があらわれた。当然というか、看護師の女性だ。二十代前半に見えるが割りと整った顔をしているのになんかあか抜けない印象を受けた。
制服のせいか。
ナース服が古すぎるな。コスプレじゃないんだから、いまどき白でナースキャップまで付けている。
「どう?気分は?気持ちわるくない?」
声をかけながら勝手に体温計を私の脇にに挟んでくる。反対側の腕でしばらく脈をとるとこんどは血圧測定用の布を巻き付け、さっさと測定を始める。
その間も頭のなかでは声が聞こえている。答えたくても声を出せない。口元はガーゼで固定されている。喉には違和感と軽い痛みがある。
「明日の朝まではこのままで我慢してね、辛かったら痛み止めしたげるからね」
そう言い置いて看護師さんは去っていった。声を出せずにモゴモゴしている内に、頭のなかで会話ができることがわかった。互いに誰何し名乗り合う。話しかけていたのは自分だった、ただし十二歳の。
自分自身と対話するというのは、初めての経験ではあるが文字通り話が早かった。十二歳と四十代のおっさんとの間にはジェネレーションギャップも意外と少なく、スムースな脳内会話が成立した。
確認できたことは、現在は1966年の3月であること。喉の手術のため入院中であること。ちなみに手術は本日問題なく終了し現在の状態であることなどだ。俺(便宜上おっさんの方の私)が僕(少年の方の私)に対して説明することのほうが情報量としては多くなる。今までの人生を語るのは現状では後回しにするとして、とにかく十二歳の僕の身体の中に、二つの意識が存在していること。そしてこれからは俺と僕とで一つの身体を共有していかねばならないこと。これが現状での共通認識だ。
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