⒍仲直りの作戦
和仁が意地を張っているのが原因なら、そんな余裕を無くしてしまえば良いのです。
「……では、手筈通りにお願いします」
「了解。ここを押せば良いんだよね?」
「はい。偽装工作は既に済んでいます」
部屋を抜け出して二日目の午後、私は和仁のスマートフォンに帰ってきました。さあ、作戦開始です。
✿
「和仁!大変です!」
スマートフォンのアラームをけたたましく鳴らし、私は彼に呼びかけました。
「どうしたんだよ」
「大変なんです、とにかくこれを見て下さい!」
そう言って新着メールを表示します。
「あ?何だよ、これ。送信者不明?」
「今朝、届いてたんです」
早く読んでください、と促すと、和仁はメールの文面を読み上げました。
「『神門冬哉の身柄は預かった。返して欲しくば地図に示した場所に一人で来い』って……は?どういう事だよ!?」
「誘拐された……って事じゃないですか」
神妙な顔をして、画面越しの彼を見つめます。果たして、和仁は青ざめた顔でこちらを見つめ返しているのでした。
「何だよこれ、訳わかんねぇ。何で、あいつが……!」
取り乱す和仁に、私は告げます。
「大丈夫ですよ。メールに書いてあるじゃないですか、返して欲しければ来いって。だから、助けに行きましょう?」
私には、今まで友達なんて居ませんでした。当然です。ずっと、あんな部屋に閉じ篭っていたのですから。
でも、いえ、だからこそ、彼らにはちゃんと『友達』で居て欲しいのです。
和仁は少しの間迷っているようでしたが、やがて真っ直ぐにこちらを見据えて口を開きました。
「ああ。地図の場所まで、案内してくれるか」
その顔に、もう迷いはありません。
「了解です」
✿
「
「山の中の小屋、か。そこなら、多分俺も行ったことのある場所だ」
恐らく、幼い頃に花凛や冬哉と一緒に行ったのでしょう。
夜のうちに調べてみましたが、あの小屋は殆ど使い道が無く、花凛の言う通り近寄るのは子供くらいのようでした。今日は花火大会があり、昼から屋台が出ているので、子供達もそちらに行っていて、山の小屋には誰も来ないでしょう。人目を避けて何かするなら、うってつけの場所です。
和仁も、それは分かっている筈です。だからこそ、誘拐犯が身を隠す場所として、不自然さを感じていないのでしょう。計画通り、中々上手くいっています。
スマートフォンの位置情報が山の麓を示す頃、伝わってくる振動が大きくなりました。和仁が走り出したのです。
「マリー!着いたぞ、ここで合ってるか?」
和仁は息を切らしていました。
「はい!」
✿
バン!と大きな音をたてて、和仁がドアを開けました。
「冬哉!」
中を見回すと、窓際に置かれたベンチに一人で座っている冬哉の姿が、確かにありました。目を丸くしてこちらを見つめています。
「和仁?どうしたんだ?」
「どうしたって……お前、誘拐されてたんじゃねえのかよ」
「いや、知らないけど……」
二人は沈黙し、状況を整理しているようでした。
静寂が、五分ほど続いた頃でした。ギィ、という音がして、小屋のドアが開きます。
「誰だ!?」
人影が現れ、こちらに近づいてきます。
「そんなに怖い顔しないでよ、和仁」
「花凛?何でここにいるんだ?」
和仁の問いに対し、彼女はスマートフォンの画面を私達の眼前に突き出しました。途端、効果音が流れ出し、画面に『ドッキリ大成功!!』の文字が表示されます。
「こういう事よ」
花凛は得意気にニッコリと笑いました。
「私のスマホから和仁にメール送ったのよ。マリーちゃんに偽装工作して貰って」
「騙してごめんなさい。でも、どうしても二人に仲直りして欲しかったんです。花凛は、自分がきっかけで二人の仲が険悪になってしまったのを、すごく気に病んでいたんですよ!」
私の叫んだ言葉を聞き、和仁と冬哉が顔を見合わせます。先に口を開いたのは、冬哉でした。
「あのさ、俺、あの時、『立入禁止なんだから入るな』って言ったよな。本当は、『和仁が危険な場所に入って、戻って来なかったら』って思って、少し、怖かったんだ。ちゃんと、そう言えば良かったんだよな。ごめん」
そう言って俯く冬哉に、和仁は答えます。
「俺も、悪かったんだ。確かにあそこは入っちゃいけない所だった。それに……何年も避けてたのは、俺が変なところで意地張ってただけだった。マリーにメール見せられて、やっと気付いたんだ。本当に、すまん」
冬哉が顔を上げ、二人が目を合わせます。
「良いよ、もう。終わった事だ」
「終わらせてあげたのは私とマリーちゃんなんだからね!感謝しなさいよ!」
「ああ。ありがとな」
和仁は晴れやかな表情を見せました。
「……ふふっ」
私達は互いに顔を見合わせ、誰からともなく、笑い合いました。
嗚呼、これが『友達』ですか。何だか、暖かいですね。一見、脆くて儚いように思えても、こんなに互いの事を気にかけられるなんて……。
これも、部屋を出て初めて知ったことです。この世界には、まだまだ素敵なものが沢山溢れているのでしょう。全部、この目で見て、知ることが出来たら良いのに、なんて、思ってしまいました。
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