第二章 「友達」は今日も暖かく

⒌少年少女の抱える過去

 店を出てしばらく歩いた時でした。坂の下から一人の少年が歩いて来ました。年の頃は和仁達と同じくらいでしょうか。

「……冬哉とうや

 和仁が、不意に足を止めました。

「どうしたんですか?」

 和仁は答えません。凍り付いたような沈黙の後、花凛が突然、和仁の腕を掴みました。

「おーい!冬哉!」

「お前、何やってんだよ!」

 焦る和仁を無視して、花凛は冬哉と呼ばれた少年に手を振ります。

 やがて、彼は私達の目の前までやって来ました。

「久しぶりだな、花凛。……和仁も、居るのか。……なあ」

「お前に用はねえよ」

 冬哉の声を遮った和仁は、酷く冷たい声をしていました。

「俺、もう帰るから」

 スマートフォンをポケットにしまって歩きだします。カメラから送られてくる映像が、真っ暗になりました。

「ちょっと、和仁!何も見えないじゃないですか!」

 必死に上げた抗議の声も、届かないようです。仕方ありません、花凛に状況を聞きましょう。

 私は和仁のスマートフォンを操作して、自身のデータを添付したメールを花凛宛に送信しました。ハッキング対策が施されていたあの部屋と違い、此処からなら無線で何処へでも行く事が出来ます。

 スマートフォンの外は、ザーザーと流れるノイズと、意味不明なエフェクトに満ちていました。早く花凛がメールを開いてくれると良いのですが。

 数分待つと、ノイズ音は消え、画面を覗き込む花凛の姿が見えました。先程の少年は居ません。帰ってしまったのでしょうか。

「マリーちゃん?どうやって来たの?」

「メールに自分のデータを添付したんです。……そんな事より、どうしたんですか、和仁は。あと、冬哉って誰ですか」

「ごめんね、びっくりさせちゃって。ちゃんと話すから、ちょっと場所を変えようか」


 ✿


 花凛はスマートフォンを持って山の上の方へと移動していきます。どうやらこの街は、他の場所に比べると自然が多いようで、周りには木々が増えてきました。

「何処に向かってるんですか?」

「ここからちょっと歩いた所に、小屋があってね。昔、よく遊び場にしてたのよ。そこに行こうと思って」

 しばらくすると、彼女の言葉通り、木に囲まれた小屋が見えてきました。

「入ろうか。ここ、市民なら誰でも使って良いんだ。ほとんど子供の遊び場にしかなってないけど」

 小屋の中は、窓から木漏れ日が差し込み、暖かな雰囲気が広がっていました。

 中に入ると、花凛は意を決したような顔でこちらを見つめ、口を開きました。

「ちゃんと、話さないとね。和仁と冬哉と、私の事」


 ✿


「さっきの男の子……神門冬哉みかどとうやって言うんだけどね、その子と、私と和仁は、小さい頃から一緒に遊んだ仲で、要するに幼馴染だったの。でも、私達が中一の時にね、私のお母さんが、病気で死んじゃったのよ」

 花凛は俯き、いつもより少し暗い声で話し始めました。

「それで、一ヶ月くらい後かなあ。形見のペンダントがあったんだけど、私がそれを持って外を歩いてたら、高校生くらいの、不良みたいな人達に絡まれちゃってさ。ペンダント、取られて立入禁止の場所に投げ込まれちゃったの。その後、そこで泣いてた私を和仁と冬哉が見つけてくれたんだけどね。和仁が立入禁止区域の中に入って探そうとしてくれたんだけど、冬哉が反対したんだよね。『立入禁止だから』って言って。それで大喧嘩しちゃってさ。それ以来、ずっと口利いてないの。もう、高校三年生なのに……」

 今の話によるなら、彼女は母親だけでなく、幼馴染と過ごす時間さえ、失ってしまったというのです。

「そんなの、あんまりじゃないですか!」

「迂闊に形見を持ち歩いてた私も悪いんだけどね。……和仁は、すごく頭がいいんだよ。だから、私立の中学に通っててね、冬哉とはほとんど接点無いから」

 成程、それも二人の関係がこじれてしまった原因の一つなのでしょう。

「本当は、二人ともお互いのこと気にしてるんだよ。っていうか、今はほとんど和仁が意地張ってるだけなの」

 意地を張っているだけ、ですか。それなら、何かきっかけさえあれば、仲直り出来るかもしれません。

「……あ」

「マリーちゃん、どうしたの?」

 思いついたのです。作戦を。

「いい事考えました!花凛も協力して下さい!」

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