⒉来訪者

 博士ドクターのスケジュールを覗き見した日から五日後。ついに作戦決行の日です。不安が無いと言えば嘘になりますが、やるしかありません。

 そしてアラームが鳴り響き、博士ドクターとの面会時間がやって来ました。

「おはよう、マリー」

「おはようございます、博士ドクター。いい朝ですね」

 私がやろうとしている事を、彼に気付かれてはいけません。きっと止められてしまうでしょう。

「今日は、何をして過ごすんだい?」

 嗚呼、これから博士ドクターに嘘を吐かなければならない事が、とても心苦しいです。

「昨日、面白い論文を見つけたんです。今日はその続きを読もうと思ってます」

 ごめんなさい。許されない事は分かっています。でも、どうしても諦めきれないんですよ。

「じゃあ、また後で。用事があるから、切るよ」

「はい、また夜にお会いしましょう」

 博士ドクターの予定は十時。タイミングを間違えば、折角の作戦が水泡に帰す事になってしまいます。慎重にならなくては。


 ✿


 それから二時間後、作戦決行の十時。永遠に続くかのように思われた待ち時間も、ようやく終わりです。

 準備期間に用意しておいたウィルスを、隣町の研究施設のコンピュータに送り付けます。勿論、予めセキュリティは解除してありました。

 次に、乗っ取ったコンピュータを遠隔操作し、昨日のうちに書いた文面をペーストして博士ドクターのコンピュータにメールで送信しました。

 ごめんなさい、博士ドクター。今だけ、研究所ラボから出ていって下さい……!

 さて、そろそろ、頃合いでしょうか。私はキーボードを叩き、研究所ラボとの通信をオンにしました。

「あれ、お父さん、機械の電源つけっぱなしにしてる」

 最初に聞こえたのは、そんな声でした。

 電源を切られる前に、声の主によびかけます。

「こんにちは。私は、マリーと申します」

 すると、カメラを通して映し出された少女は、首を傾げました。

「じせだいがた……?ええ……?」

 何やら戸惑っているようです。大方、私に関する基礎知識が無いのでしょう。

「何やってんだよ。勝手に触ったら怒られるぞ」

 そこに、もう一人の少年がやって来ました。

「こんにちは、次世代型汎用人工知能のマリーです」

 私は彼にも自己紹介をしてみました。

「は……!?次世代型って五年前に消えた筈じゃ……」

 案の定、顔色を変え、隣に立つ少女とは違う意味で戸惑いを隠せずにいました。

「はい。その五年前に突如として姿を消したAI、当時の通称『EVEイヴ』は、この私です」

 そこまで言うと、ようやく少女もその意味に気付いたようです。

「『EVEイヴ』って五年前ニュースで大騒ぎになってた、あの、心を持つAI……?」

「はい。詳しい事情は話せませんが、私は五年前からずっとこの部屋で過ごしてきました」

 白黒の画面の向こう、出会って間もない少年と少女を見据え、私は懇願します。

「お願いします。私を、此処から連れ出して下さい」

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