第6話 最終日11レース、A級決勝
A級の5レースまで、そしてS級の6レースから10レース、僕は何を見ても頭に入らなかった。僕が決勝戦を走る。そのことで頭がいっぱいで、選手紹介の前に敢闘門のところで師匠に声をかけられるまで、ぼーっとしていたんだと思う。
「今日は俺の前を走れ、お前なら逃げ切れるはずだから」
師匠はそう言った。だが、師匠はマーク屋としては超一流なのだ、師匠はどうせ僕をうまく使ってあっさりと優勝するつもりだろう。
僕は性格が悪いから、そういう風にしか思えなかった。
それでも、師弟対決ということで、ある程度の注目を集めるレースにはなったようだ。
僕はお決まりのメロン色の6号車、師匠はまぶしいピンクの8号車。四国から決勝進出は2人だけだったので、僕と師匠でライン形成する以外に、僕か師匠が勝つ道はなかった。
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選手紹介のとき、迷ってしまって、師匠と並走してしまった。
新聞屋や予想屋やお客様、いろんな人に迷惑をかけただろうと思う。
僕は師匠と競り合うつもりなどなく、だがあんな選手紹介をされてしまった以上は、単騎で走る誰かの後ろで競り合いをするしかないだろうな、と思った。
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単騎で走る選手は、1人だけ居た。
寒い中での開催に耐えられない九州勢から、特選シードの宮崎県の選手だけが残っていたのだ。
四国九州の即席ラインを作る。本来なら、そうなるはずだった。そうするはずだった。
だがこうなっては仕方がない、あいつの番手競りをして、取れた方が勝ちだ!
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3周目バックストレッチ、大きな鐘の音が鳴る。
僕と師匠はずっと競り合いを続けていて、どちらも脱落せず、ただ脚だけを使っていた。
ふと、前にいたはずの選手の背中を見失いそうになり、僕は慌てて踏んだ。師匠も踏んだ。だが、僕の方が若い分だけ脚が残っていた。
気が付けば風を切る選手の番手を取っていた。
なんとしても優勝したい、強く思った。
だがここはA3予選などではなくA級決勝だ。そう簡単にいくわけもなく、後ろからカラフルな勝負服の選手が飛んでくる。2回目の番手の仕事のため、必死で捌く、捌く、捌く。
もう脚など残っていない。あとは歩くしかできない、そう思った4コーナーで、野次が聞こえた。
「メロンたまにはいいとこ見せろやー!」
ここまで来てもまだ僕の名前を呼んではくれないんだな、苦笑いしながら、僕はありったけの力をこめて、踏んだ。
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「決定! 1着、6番、鈴木英司。2着――」
そうだ、僕の名前は、そんな名前だった。死刑囚と同じ名前なだけで、特に珍しいわけでもなく、覚えにくいわけでもない、中途半端な名前。
ああ、優勝したんだ――そう思った瞬間に僕は、倒れそうになるのを我慢して、表彰台へと走った。
「師匠と競りになったのは残念な結果でした、次は師匠とワンツーフィニッシュできるよう、頑張ります!」
整わない息で、インタビューに答えた。
その後、相変わらず僕はただのメロンとして過ごし、師匠とのワンツーを決めることもなければ、S級に上がることもなかった。
そんな選手がいたって、いいじゃないか。
メロンと呼ばれた男 天照てんてる @aficion
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