第42話 秘蔵なあいつは出場中
ぼやき続ける雷郷を引きずるようにして侵入口のところまでたどり着いた私は、太い息を吐くとバイクに跨った。
「ほら、早く後ろに乗ってください。シートが足りてないけど頑張って」
私が発破をかけると雷郷は鈍い動作でバイクの後ろに跨った。雷郷の肉付きのいい腕が腰に回されたのを確かめると、私はキーを挿しこんだ。
「見たところ、入ってきた門は閉鎖されてるようだから他を探すわ。しっかり捕まってて」
私がそう言ってアクセルをふかそうとした、その時だった。今までとはけた違いの震動が地面を揺さぶり、目の前の『館』が耐えかねたように崩れ始めた。
「まずいわ」
私はバイクの向きを変えると、アクセルをふかして建物から離れた。閉ざされた門の近くでバイクを止めて振り返ると、『館』の壁面が三階辺りまで崩れ、内部から巨大な装甲車両が姿を現した。
「あれは……なに?」
土煙を上げて動きだした装甲車の運転席には、操縦者のほかに顔中を包帯でぐるぐる巻きにした人物の姿があった。
――アレクセイ!
呪詛のこもった目と私のそれとがぶつかった瞬間、装甲車に取りつけられたスピーカーから声が響いた。
「よくも我が主の『儀式』を台無しにしてくれたな。この罪はお前たちの命で贖ってもらうぞ」
アレクセイの怒気を含んだ声が響いたかと思うと、運転席の一部が爬虫類の首のように伸び、シャッターが開いて格納されていた機関銃が姿を現した。
「攻撃する気だわ。逃げなきゃ」
私は塀の内側を、円を描くように走り始めた。雑草や石に当たって車体が跳ねるたびに雷郷がいちいち悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと、お尻がはみ出てるよ。このままじゃ落ちちゃうよ」
「少しの間だから我慢して」
私は後方から聞こえる機銃掃射の音から逃れるようにバイクを蛇行させた。すぐ傍で土塊が飛び散り、そのたびに「逃げ切れないかも」と絶望的な思いが脳裏を掠めた。
「桜城さん、バイクを停めてくれないか」
突然、背後で雷郷が言った。雷郷の真意を測りかねた私は「なぜ?」と聞いた。
「あの砲台をなんとかしないうちは脱出できないよ」
「だからって停めたら的になっちゃうわ。何かいい考えでもあるの?」
「……ないこともない」
資材ゴミが積まれている一角で私は速度を緩め、バイクを止めた。雷郷は地面に降りると、資材ゴミの中から鉄パイプを取り出してぶんぶん振り回し始めた。
「何をする気?」
「……信じないかもしれないけど、こう見えても中一まではスポーツ少年だったんだよ」
雷郷は謎の言葉を口にすると、あろうことか迫り来る装甲車の前に立ちはだかった。
「……馬鹿め、自分から的になりに来るとはな」
アレクセイの嘲るような声がこだまし、雷郷の周囲の土が機銃掃射の音とともに飛び散った。雷郷はそんな危機的状況にもまるで動じず、足元の小石を拾うと鉄パイプを振りかざし、いきなりノックの要領で打ち始めた。
「うわっ」
雷郷が打った小石は砲撃手を直撃し、鋭い音と共にガラスに細かい罅が走った。
「なっ……何をした、貴様」
アレクセイの狼狽える声が響いた瞬間、今度は雷郷の打った石が機関銃の銃口を塞いだ。
次の瞬間、爆音ととも砲台が炎に包まれた。装甲車は突然の攻撃にひるんだのか動きを止め、黒煙を上げ続ける砲台からはアレクセイと思しき人物が飛びだしてきた。
「やったあ」
満足そうに叫んだあと、雷郷がくるりと身を翻した、その時だった。どこからか飛んできた機関銃の一部が硬い音を立てて雷郷の後頭部を直撃した。
「……雷郷さん!」
私は地面に崩れた雷郷に駆けより、抱き起こした。早く安全な場所に移動させなければ。
そう思った瞬間、再び装甲車が動き始める音が聞こえ、私ははっとした。
振り向いた私の目に映ったのは、装甲車の前部から現れたらせん状のブレードだった。
――あれに飲みこまれたら一巻の終わりだ!
私は雷郷を地面に横たえると、ふたたびバイクに飛び乗った。同時にブレードが不気味な音を立てて回転し始め、装甲車がゆっくりと動きだした。私は雷郷の方をちらと見遣ると、装甲車に向かって走りだした。
――みんな、ごめん。命を無駄にするような馬鹿なレースはもうしないと誓ったけど、今回だけは許して。大事な相方を守るには、こうするしかないの。
私はアクセルをふかし、思い切り加速をつけると装甲車の手前でバイクから飛び降りた。
唸りを上げて迫る回転刃にバイクが吸いこまれると、次の瞬間、爆発音と共に黒煙が噴き出し、装甲車が動きを止めた。私は煙を吸わないよう、這うようにして雷郷の元に戻ると「終わったわ、雷郷さん」と声をかけた。
「……なかなかやるじゃないか、人間も」
私は「えっ」と声を上げ、雷郷を見た。うっすらと開けられた両目が赤く光り、口元が見慣れた薄笑いを湛えていた。
――ガミィ?……いつの間に目を覚ましたの?
私が毒気を抜かれて呆然としていると、背後でかちゃりと撃鉄を起こす音が聞こえた。
「人をコケにしやがって……」
振り返ると包帯姿の人物が、全身から煙と焦げ臭い匂いを漂わせ、立っていた。
「アレクセイ!」
わたしは咄嗟に拳銃のホルスターを弄った。だが、それより一瞬早くアレクセイの銃口が私たちに狙いを定めた。
「死ね!」
もう駄目だ、殺される――そう覚悟した瞬間、ガミィの間延びした声が耳元で響いた。
「頭上注意じゃ、若いの」
はっとして上を見た私は、思わず大声を上げそうになった。先ほどイワノフを運んできたヘリコプターが装甲車の真上に現れ、ローターが突如、ばらばらと壊れ始めたのだった。
「あああああ」
アレクセイの悲痛な叫びがこだました瞬間、翼を失ったヘリコプターの機体が、装甲車の上に落下した。凄まじい音と衝撃があたりを揺るがし、アレクセイが紙人形のように吹き飛ばされるのが見えた。
ひしゃげた装甲車とヘリの残骸が炎に包まれるのを呆然と眺めていると、四足動物を思わせる奇妙なロボットが、ぎこちない動きと共にどこからともなく現れた。
「えっ、何?また新たな敵?」
私が身がまえると、ロボットは身体のあちこちからアームを伸ばしてアレクセイの身体を背に当たる部分に担ぎ上げた。
「あ、待って。その人は殺人未遂の容疑で――」
私が思わず叫ぶと、ロボットは制止を振り切るように駆け足で闇の中へと戻っていった。
「これでやっと……終わったのかしら」
私がロボットの消えた闇を見つめていると、塀の向こう側でパトカーと救急車のサイレンが鳴り響いた。どうや救援が到着したらしい。どうやって居場所を伝えたらいいだろう、あたりを見回しながら考えあぐねていると、突然、風のように一台の大型バイクが目の前に滑りこんできた。
「……大丈夫?大変な捕り物だったわね」
黒いライダースーツに身を包んだ人物――名月さんは、バイクから降りるとヘルメットを脱いだ。美しい黒髪が流れ、私は自分の置かれた状況も忘れて名月さんの美貌をうっとりと眺めた。
「まったくしょうがない弟ね。どこにでもひっくり返って」
「名月さん、雷郷さんが、怪我を……」
私が我に返って雷郷の状態を伝えようとした、その時だった。雷郷が赤い目のままおもむろに口を開くと「むう、また厄介なのが来おったわい。後は任せたぞ」と言い放った。
「怪我?……どれどれ」
名月さんが屈みこんで顔を覗きこむと、雷郷がぱちりと目を開け「ひゃあ」と叫んだ。
「ぼ、僕、一足先にママたちのところに戻ってるよ。そんなわけで桜城さん、お疲れさま!」
雷郷は弾かれたように立ちあがると、ついさっきまで伸びていたとは思えないほどの軽やかな動きで駆け出した。
「……雷郷さん」
「うふふ、あなたもとんだ相方を持ったものね。……どう、仕事は面白い?」
名月さんの澄んだ目で瞳の奥を覗きこまれ、私はどぎまぎしながら「はい」と答えた。
「二人分の面倒を見るのは正直、大変ですけど……どっちも信頼できるパートナーです」
気がつくと私は素直な思いを口にしていた。呑気な「あいつ」と出鱈目な「あいつ」。人間だろうが死神だろうが、命を預けられる相手であることに変わりはないのだ。
「それを聞いて安心したわ。あなた、きっと素敵な刑事になるわよ。……じゃあ、またね」
名月さんは私にウィンクを寄越すと、エンジン音を響かせて再び闇の中に消えていった。
――さあ、私も通常の捜査に戻らなければ。まだ解かねばならない謎が残っているのだ。
私は自分にそう言い聞かせると、ママたちの待つキャンピングカーの方へと歩き始めた。
〈最終回に続く〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます