第27話 弾んだあいつは活劇中
「ふん、あくまで邪魔しようというのか。不細工一味が何人現れようと同じことだ」
イワノフはせせら笑うと淳美の首に回した腕に力を込めた。淳美の顔が赤く染まり、周囲に緊張が走った、その時だった。ママの姿が特殊映像のようにぶれたかと思うと、鈍い衝撃音と共にイワノフが吹っ飛んだ。
「イワノフ様に何をする!」
予想外の事態に色めき立った部下たちが、一斉に銃を構えた。
「……待て。大したダメージじゃない。俺としたことが油断したぜ」
イワノフは二、三度頭を振ると、言葉とは裏腹に鬼の形相でママの方を見た。
「ママ、危ない!」
思わず叫んで駆け寄ろうとした私を、雷郷がやんわりと制した。
「心配ない。ママは格闘にかけてはプロ以上だ」
「どういうこと?」
殺意のこもったまなざしを浴びても身じろぎ一つないママに、イワノフは鼻を鳴らした。
「女かと思いきや、女の着ぐるみを着たファイターだったってわけか。面白い。どうやら遠慮せずに済みそうだ」
言うが早いかイワノフは、ママに向けて巨大な拳を繰りだした。あっと思った瞬間、ママの輪郭がぶるんと震え、イワノフの拳が空を切った。
「……うっ」
突然、イワノフの背に巨大な肉塊がぶら下がり、両腕でイワノフの頭部をホールドした。
「くっ……苦しい」
「貴様、ボスから離れろ!」
部下が叫び、銃口がイワノフの頭部を覆っているママらしき肉塊に向けられた。
「ママ、逃げて!」
私が叫ぶとイワノフの頭部が露わになり、落下した肉塊がクリームのように広がりながらイワノフの両脚を捉えた。
「くそっ、早い!」
上下に目まぐるしく移動する標的に部下が戸惑っていると、いきなりイワノフの身体がぐるぐると強い力で振り回され、勢いをつけて投げ飛ばされた。轟音とともにコンテナに叩きつけられたイワノフはしばし動きを止めていたが、やがてむくりと身体を起こすと人の形を取り戻したママの前に立ちはだかった。
「……ぶっ殺してやる」
イワノフはそう吐き捨てるといきなり丸太のような脚で回し蹴りを放った。だが、イワノフの蹴りは残像を相手にしているかのように、ことごとく空を切り続けた。
「ふっ……ふざけやがって」
イワノフは巨体を喘がせながら地面に落ちていたギロチンの鎖をつかむと、獣のような雄たけびを上げながら振り回し始めた。
「……厚切りチャーシューにしてやる!」
イワノフがそう叫んでギロチンを放った、その時だった。どすっという鈍い音と共にイワノフがギロチンもろとも吹っ飛ぶのが見えた。
「……ママの『ファントムエルボー』だ」
雷郷が押し殺した声でぼそりと漏らした。
「何?」
「球体に近いママの身体は、はた目にはどこに重心をかけているかわからない。それを利用して一瞬の隙をついた予測不能の肘を繰りだすんだ。ママの『見えない肘』をかわせる者はいない」
私が部下の間に突っ込んで伸びているイワノフを呆然と眺めていると、巨大な身体の下から一人の部下が這い出すのが見えた。
「……よくもイワノフ様を!」
「危ない!」
部下がママに向けて銃を構えた、その時だった。ふいに部下の手から銃が消え失せ、次の瞬間、何かとてつもなく長い物体が部下の身体を高々と吊り上げていた。
「往生際が悪いですね。もう勝負は決まったじゃないですか」
いきなり空中にぶら下げられてじたばたしている部下に間延びした声で呼びかけたのは、レオンだった。良く見ると部下をぶら下げているのはアルミか何かのやたらと関節がついた義手で、それがレオンの肘のあたりからクレーンのように長く伸びているのだった。
「親分がやられたら負けを認めて素直に引きさがるのが仁義ってもんですよ、子分さん」
レオンはやけに古めかしい言葉を放つと、長い義手を折り畳んで部下を地面に降ろした。
「くそっ、覚えていろっ……ボス、起きてください。ここはいったん、引きあげましょう」
朦朧としているイワノフを部下たちが全員で担ぎ上げ、トレーラーの中に運びこんだ。
レオンはマジックハンドのような義手を器用に手繰り寄せると、袖の中にしまいこんだ。
「ママ、大丈夫ですか?」
レオンに抱き起こされたママはあるのかないのかわからない首を振ると「大丈夫よ」と言った。気が付くと雷郷も元の表情に戻っており、非常事態は去ったかのように思われた。
「あのお嬢さんは?……無事かしら」
ママがそう言って示した方向に、地面にへたり込んで放心している淳美の姿があった。
「大丈夫?淳美さん」
私が駆け寄って声をかけると、淳美は急に我に帰ったかのようにしゃくり上げ始めた。
「あまりの恐怖でパニックに陥る余裕すらなかっただろうね。無理もないよ」
雷郷がのんびりした口調で言い、私は心強い怪物達を眺めながらそっと溜息をついた。
〈第二十七回に続く〉
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