第26話 巨漢なあいつは策謀中
「待て!その人をどうする気だ?」
雷郷が駆け出し、大男との距離を詰めようとした、その時だった。
トレーラーのリアハッチが開いたかと思うと、武装した黒づくめの男たちが姿を現した。
男たちは全員こちらに向けて銃を構えており、私たちは動きを止めざるを得なくなった。
「おとなしくしていれば無事に済んだ物を。終わった事件を蒸し返すなど、愚の極みだ」
大男は顔だけをねじ曲げてそう言うと、トレーラーに正人の身体を押し込んだ。
「北条さん!」
少しでも抗ってくれないかと私が叫んだ直後、なぜか雷郷が突然、路上に倒れこんだ。
「ふん、馬鹿め」
せせら笑いを放ちつつ、トレーラーに乗りこもうとした大男が次の瞬間、凍り付いたように動きを止めた。むくりと起き上がった雷郷が顔を上げた途端、街路樹が強風に嬲られたように一斉にざわざわと枝を鳴らし始めたのだ。
「……なんだ?」
私は何が起きているかを一瞬で察していた。雷郷の背後から黒いもやが立ち上り、見覚えのあるシルエットを形作り始めていたからだ。
「愚かなのはどちらかな……相手をよく見てから無礼を働くことじゃ」
聞き覚えのあるしわがれ声が挑発的な言葉を放った、その直後だった。空気が鳴る音と共に黒い物体がトレーラーの上に落下し、この世の終わりかと思うような破壊音が轟いた。
「はっはあ!……だから油断するなと言ったであろう」
雷郷……いやガミィが勝ち誇ったように立つその先に、驚くべき光景が広がっていた。
無残にひしゃげたグランドピアノがトレーラーのコンテナ部分を押し潰し、衝撃で放りだされた男たちがアスファルトのあちこちでだらしなく伸びていた。
「ガミィ……あんな物、一体どこから持ってきたの?」
思わず私が問いを放つと、赤い目をした雷郷が肩越しに私の方を振り返った。
「でかい奴には大きいお仕置きと決まっとる。あいつはイワノフと言ってデスプーチンの次男じゃよ」
雷郷がそう言った瞬間、トレーラーのドアが閉まる音が響いた。
「ふざけた真似をしてくれる……どうやら普通の罰では物足りんと見えるな」
こちらに向かって大股でやって来る大男の変化に、私は思わず息を呑んだ。大男の背後から、雷郷と同様の黒いもやが立ち上っていたのだ。
「愚かものども……銃弾の方がまだましだったと思い知るがいい」
大男はそう言い放つと、コンテナの側面にある扉を拳で殴りつけた。ぐわんという大きな音がして扉が外れると大男は内側に腕を入れ、中から巨大な鎖を引き摺り出し始めた。
「貴様もどうやら親父の仲間らしいが、邪魔立てするとはよほどの馬鹿らしいな」
大男は巨大なギロチンがついた鎖を頭上で振り回すと、いきなり雷郷めがけて放った。
「ふん、木偶にふさわしい玩具だわい」
短い言葉を発した直後、雷郷の姿が目の前から消えた。次の瞬間、巨大なギロチンの刃が私の手前の空気を水平に切り裂いた。
「……ぬぅ」
大男が呻いて頭上を見上げた瞬間、宙にいた雷郷が口から大量の
「ぐあああっ」
蝗が消えた大男の腕は赤く腫れあがり、ギロチンのついた鎖は赤黒く錆ついていた。
「己の力を過信するから返り撃ちに遭うのじゃ。冥界の作法くらい親父に教わっておけ」
雷郷はもがく大男の様子コンテナの上から赤い目で眺めると、不気味にせせら笑った。
「ぐうう……どうやらこの俺様を本気で怒らせたようだな。このまま生かしては帰さんぞ」
「陳腐な負け惜しみはやめておとなしく家に帰るのだな、坊主」
「なにをたわけたことを……むっ?」
二人の死神が睨み合った瞬間、何かの倒れる音が空気を鳴らした。一斉に向けられた視線の先に見えたのは、街路樹の陰でこわごわとこちらをうかがっている一人の女性だった。
「ほう……こいつは好都合だ」
大男は歯を剥きだして不敵に笑うといきなり、女性の方を振り返った。視線に気づいて目を瞠った女性の顔を見て、私ははっとした。女性はかつてガスマスク男――アレクセイに拉致されかけた塚本淳美だった。
「危ない……淳美さん、逃げて!」
私が警告を発するのとほぼ同時に大男の髪が凄まじい速さで伸び、淳美の首を捉えた。
「……ううっ」
首に巻きついた髪を振りほどこうと必死でもがく淳美を、大男は易々と手繰り寄せた。
「くくっ、勝負あったな。お前たちが俺にほんのわずかでも手を出せば、この女は死ぬ」
勝ち誇ったように言い放つ大男を見て、私は悔しさに歯噛みしながら立ち尽くした。
「……ようし、聞き訳がいいな。お前たち、いつまでも寝っ転がっていないで、そいつらを足止めしろ」
大男が号令をかけると倒れていた男たちが銃を手に立ちあがり、私とコンテナの上の雷郷に再び銃口を向けた。
「大口を叩くからこういう目に遭うのさ。お前さんこそ冥界で隠居でもしたほうがいいぜ」
大男は悪態をつきつつ片方の腕で淳美の身体を抱き、私と雷郷とを代わる代わる見た。
「お蔭で親父と兄者にいい土産ができたぜ。日頃の行いのせいかな。それじゃ、あばよ」
大男がそう言ってトレーラーの運転席に戻りかけた。その時だった。どこからかアスファルトを擦るけたたましい音が聞こえたかと思うと、トレーラーの正面を塞ぐように一台のキャンピングカーが滑りこんできた。
「なっ……何だあ?」
運転席のドアを開けたまま、その場に棒立ちになっている大男を制するかのように、キャンピングカーから二つの影がするりと姿を現した。
「あ……」
「車体を背に並んで立つ対照的な二つのシルエットに、私は思わず絶句していた。
「どうやら総力戦って奴で行かないと、あんたたちだけじゃ手が回らなくなってきたね……そうは思わないかい、レオン」
「そうですね、ママ。何だか敵らしいのもたくさん出てきたみたいだし」
あたりの空気を震わすような声で言い放ったのは我らがビッグ・ママ、そしてその傍らに寄り添うように立っている二メートルの人物は……レオンだった。
〈第二十七回に続く〉
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