第25話 伴侶なあいつは懺悔中


「わざわざお越しいただいて恐縮です。とっくに捜査も終了しているのに……とお思いでしょうね」


 北条美咲の夫、正人はそう言って端正な顔を歪めた。


「いえ、新たなお話を伺うのに時期は関係ありません。どうぞお話になってください」


 雷郷は普段は聞けないような丁重な物言いで正人をうながした。


「嘘を申し上げたつもりではないのですが……実は妻が亡くなった晩、知人たちと会う前に死亡現場近くを通りかかり、その際、偶然妻を見かけていました」


「本当ですか?では犯人と思しき人物も一緒に目撃されたと?」


 正人は「隠していたわけではないのですが」と言いながら苦し気に頷いた。


「友人たちとの待ち合わせ場所に向かっていた私は、妻が死亡したビルの手前でたまたま男性と一緒にいる彼女を目撃しました。男性は彼女となにか込み入った話をしているようでしばらく立ち話をした後、連れ立ってビルの中に姿を消しました」


「ということは後をつけはしなかったんですね?」


「それは……ビルに足を踏み入れはしましたがすぐ二人を見失ってしまい、ビルを出てしまいました。それからまっすぐ目的の店に向かったので、その後のことはわかりません」


 正人は吐き出し終えると、ぐったりと椅子の背に体を預けた。


「奥さんと一緒にいた男性というのは……この人ですか?」


 雷郷は正人にタブレットの画面を見せた。正人の目がはっと見開かれ、私たちは顔を見合わせた。


「この人……だと思います。一年前は手がかりが出なかったのに、容疑者を見つけたのですか?」


「ええ。希志幸人という男性で、我々はこの人物が奥さんを殺害したと考えています」


「……そうですか。一年以上経った今、私の中では妻に対する贖罪の気持ちの方が強くなっています。SNSに依存するような寂しい思いをさせたことを……犯人を憎む気持ちがないわけではありませんが、逮捕されてそれなりの罰を受けてくれればそれで充分です」


「もちろん、犯人はできる限り早く逮捕します。その為にもご主人の証言が必要なのです」


 私たちは何度も悔やむ言葉を口にする正人を宥めると、証言を裏付けるため犯行現場近くまで同行してくれるよう、要請した。


「わかりました。もしかしたら妻はまだあのあたりにいるかもしれませんし、声の一つもかけられたらと思います」


 まあ、いると言えばいることになるのかな……そう思いながら私は車を取りに出てゆく雷郷の背中を見送った。


                 ※


「交差点の向こうに見えるのが、奥さんが亡くなっていたビルです。……わかりますか?」


「はい、わかります。たぶん、あのビルだと思います……」


 正人は車のウィンドウ越しに私が示した建物を覗きこむと、うんうんと頷いた。


「一応、前まで移動して一度、停車しますね」


 雷郷はそう言うと車をゆっくりと走らせ、交差点を過ぎたところで路肩に寄せた。


「……間違いありません、ここです。ここに妻と男性が入って行くのを見ました」


 正人がそう言い、雷郷が「結構です。ではお宅までお送りします」と言った時だった。


「……あっ、あの人は」


 正人が叫び、私たちも建物の陰から現れた人物を見て思わず、声を上げそうになった。


「ちょうどいい、連行しよう」


 雷郷はそう言うといきなり運転席のドアを開け、外に出た。私も一呼吸遅れて車外に出ると、雷郷の後を追った。正人が驚くのも無理はない、私たちの先を歩いているのは紛れもなく『冥界の王子』こと希志幸人だった。


「希志さん、希志幸人さん。ちょっと署までご同行願います!」


 雷郷がいつになく機敏な動きで駆け寄ると幸人は振り向き、落ち着き払った様子で私たちを見た。雷郷は幸人があっさり足を止めたことで一瞬、つんのめるような動きを見せた後、手錠を取りだそうと腰のあたりを弄り始めた。


「僕を逮捕するのは結構ですが、それより重要な証人の身に危険が近づいているのでは?」


 幸人はそう言って、私たちの後方を指さした。振り返った私はそこに思いがけぬものを見て、思わず目を瞠った。


「……北条さんっ」


 いつの間に現れたのか私たちの車の後方に巨大なトレーラーが停車し、その手前にはぐったりとなった正人を肩に担いで歩き去ろうとしているとてつもない大男の姿があった。


              〈第二十六回に続く〉

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