第24話 軍師なあいつは勤務中


「『あの世の警察』だって?うちの客に?……知らないなあ」


 中古ホビーショップの奥で棚を拭いていた男性はそう言うと、眉を寄せた。小柄で頭が大きく、相当な年齢なのか若いのかまるで見当がつかない。


「ああ、強いて言えばネットで「墓守卿はかもりきょう」って呼ばれている人はよく来るけどね」


 男性はそう言うと、片方の足を引きずるようにしてカウンターの中に移動した。


「墓守卿?」


「手製の黒魔術グッズなんかを売って細々と暮らしてる男さ。霊と話ができるって噂だけど、店に来ても自分のことなんか話さないからね。本当かどうかわかったもんじゃない」


「その人、どのくらいの頻度で来ます?」


 私は手帳をちらつかせながら、店番の男性に詰めよった。


「さあ、わからないね。ただ今日みたいな天気の悪い日の午後はよく来るかな」


 男性は手帳はおろか私の顔すら見ず、陳列棚の商品を出したり引っ込めたりし続けた。


「ちょっと待たせてもらっていいですか?営業の邪魔はしません」


「好きにしたらいいさ。邪魔するも何も、客が来ないんだから関係ないよ。来るまで待てたら大したもんだ」


 そう言うと男性はひっひっと喉の奥で笑った。名前の語感からして男性の言う「墓守卿」という人物が『あの世の警察』であると考えて間違いないだろう。

 私は見た目が明るい女児向け玩具の前に陣取ると、携帯の画面を眺めながらターゲットが姿を現すのを待った。


 店の入り口の人の気配があったのは、私が訪れてから三十分ほど経ったころだった。


 現れたのは目つきの鋭い長身の男性で、男性は私の脇を無言で通りすぎると、カウンターの中に入っていった。


「棚の整理までしなくていいですよ。卿」


 男性が低い声で発した言葉に、私は耳を疑った。「卿」ですって?


「あのう……」


 私が恐る恐る声をかけると、長身の男性は「なんでしょう」と鋭い眼差しを寄越した。


「こちらの方は店長さんじゃないないんですか?」


「ああ、この方は私の恩師に当たる方で、店番をやっていただいていたんです」


 長身男性がそう言って視線を向けると、小柄な男性は「まあ、そういうこったね」と言って喉の奥で笑った。


「お店の方じゃないのにどうして「あの世の警察」について知っていたんです?」


「お客さん、卿をご存じなんですか?この方が「あの世の警察」こと「墓守卿」ですよ」


 私ははっとして店番の男性を見た。男性は「今ごろ気づいたのか」と言わんばかりの目で私を見返すと「まあ「この世の警察」にしてはよく待った方じゃないかね」と言った。


                  ※


「ガスブージン?知っとるよ。ただ、私が昔から知っておるのは死神の方ではなく「入れ物」の方だがね」


「入れ物?」


「憑りつかれとる男の方だよ。かつての教え子で、不器用だが知恵のまわる奴だった」


「その人が親子で死神に憑りつかれているんですね。あなたとのかかわりは?」


「やれやれ、そう矢継ぎ早に問い質されては思いだす物も思いだせん。あの世の事情聴取なら、あっと言う間に霊に逃げられてしまうだろうな」


 私は押し黙った。気が急くあまり、相手の警戒心を解くという基本をすっ飛ばしてしまっていたのだ。だが、目的はとうにばれているのだ。私は思い切って核心に切り込んだ。


「砂上さんが『亡者の館』に侵入する手助けをなさいましたね?経緯を教えてください」


 私が踏み込んだ問いを放つと、『墓守卿』はふむと鼻を鳴らし、値踏みするような目で私を見た。


「ガスブージンの狙いは息子のアレクセイに『死者の花嫁』を迎えることさ。生きたまま毒物を投与されて『蘇りの施術』を施された女は、死人と会話ができるようになる。『花嫁』が説得した魂を死神が冥界に送り、転生と引き換えに与えられるエネルギーでより夫のアレクセイはより強力な亡者となる……というわけだ」


「アレクセイって、あの『仮面の男』のこと?」


「そうだ。奴は父親から死神の一部を分け与えられた時から、仮面をつけていなければ精神を正常に保てない身体になったのだ」


 ガスマスク、道化師、能面……私は少しだけアレクセイという人物が気の毒になった。


「砂上さんは女性が『蘇り』に失敗したことをどうやって知ったんでしょう」


「私が教えたのだよ。アレクセイが花嫁候補の女を拉致したと知った私は、女の恋人を探し出して『亡者の館』の存在と、潜入の方法を伝授したのだ」


「鍵を開けるアプリ……ですか」


「それだけではない。仮死状態の恋人を目覚めさせ、脱出するためのノウハウも伝えた。だが亡者であるアレクセイに普通の人間が挑むこと自体、無理があったようで救出作戦はあと少しのところで頓挫してしまったのだ」


「どうしてあなたが直接、乗り込んでいかなかったんです?亡者のことにも詳しいし、お話を伺っていると、あなたはガスブージンの先生らしいじゃないですか」


 私がためこんだ疑問をぶちまけると、墓守卿はくっくっと皮肉っぽい笑いを漏らした。


「行けるものならとっくに行っとるよ。昔、奴が自分の子供たちに死神を分け与えようとした時、私は奴に……正確に言うと奴に憑りついとる死神に会いに行った。

 今なら死神の手のうちも分かるが、その時はまだ普通の教師でな。簡単に罠に引っかかってしまった」


 そう言うと墓守卿は自分の片足を目で示し、ズボンの裾を引きあげた。露わになった脛の部分は、ステンレスか何かの金属だった。


「奴を侮ったツケがこのざまだ。足が不自由なだけではなく、今の私はこの建物の周囲数百メートルから外には出られぬのだ。ある種の呪い……特殊な暗示のせいでな」


「それほど恐ろしい相手なのですか、ガスブージン一家とは」


 私がおそるおそる尋ねると、墓守卿は「いや、そうとも限らぬ」と頭を振った。


「お間さんの相棒とか言う『死神憑き』も、なかなかやりそうではないか。相手の裏を書けば充分、勝てる可能性はある。倒すことはできぬにせよ、『花嫁』を連れ戻すことくらいはできるはずだ。『花嫁』がいなくなれば『冥界の王子』とやらも目が覚めるに違いない」


 本当だろうか、と私は訝った。私たちの目的は北条美咲の死の謎を解くことであって、『花嫁』の救出ではない。だが、私はこうなった以上、『花嫁』も『冥界の王子』も全員、救わなければ意味がないような気がしていた。


「もっとも、私にとっては死神の呪縛からガスブージンやアレクセイを解き放たなければ、何一つ解決したことにはならぬがな」


 墓守卿は諦めを含んだ口調で言い「さて、脚に油でもくれてやるか」と立ちあがった。


 私は卿に礼を述べると、携帯を取りだした。知らない間に着信があったらしく、画面上には雷郷からの『被害者の関係者に会いに行く』という素っ気ない文面が残されていた。


             〈第二十五回に続く〉

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