第22話 身内なあいつは仕事中

 大型ショッピングモールの駐車場は、平日の午後にも拘わらずわずかな隙間を求めて移動する車両で溢れていた。


 私は辛うじて確保した狭いスペースに慎重に車を入れると、買い物客に見せかけるためのリュックを背負って車を降りた。


 正面玄関に向かって歩き出すと、ほどなくして甘い臭いが鼻先を掠めた。匂いのする方向に視線を向けると、数人の買い物客が営業中の移動販売車の前に列を作っていた。


 あれだな。私は意を決すると注文を待つ若い親子連れの後ろに立った。


「お待たせしました。何になさいますか?」


 移動クレープ店の窓から私に問いかけたのは、二十歳くらいのバンダナを巻いた女性だった。私は「ミックスベリーを一つ」と注文を口にした。


 女性が手際よくクレープを包んでいる間、私はどういうタイミングで本当の目的を切りだそうか、思案していた。


「お待たせしました。ミックスベリーです」


 屈託のない笑顔でクレープの包みを手渡す女性に、私は思い切って声をかけた。


丹羽紗央里にわさおりさんですね?私、こういう物ですが」


 私が背後に人気がないことを確かめつつ手帳を見せると、沙由里は眉をひそめた。


「刑事さんが、どういうご用件ですか?」


「……実はあなたじゃなくあなたのお兄さんに話を聞きたいんだけど、このところお兄さんはあなたの事で落ち着かないみたいなの。何かお兄さんを安心させるメッセージを預けてもらえれば助かるなとも思って。お願いできないかしら」


「あの、でも……「彼」に聞いてみないと」


 私は頷いた。予想通りの答えだ。「彼」とは沙由里が同棲している「ノストロモス」のメンバー、ジョーこと船生譲太ふなきじょうたのことだ。


「わかったわ。じゃあ、伝えたいことが決まったら連絡を頂戴」


 私は連絡先を書いたメモを手渡すと、怪訝そうな顔の紗央里に背を向け、歩き出した。


                 ※

 

 小奇麗な住宅が並ぶ一角を横目に小さな川を渡ると、ほどなく目の前の風景が一変した。


 間口の狭い小商いが身を寄せ合うように軒を連ねるさびれた通りを私はゆっくりと進んでいった。やがて、軽トラに荷物を積んでいる男性の横を過ぎたところで、私は車を路肩に寄せた。助手席の窓越しに見えるたたずまいと看板は、自動車修理工場のそれだった。


 私は車を降りると、暗いピットの中へずかずかと入りこんでいった。タイヤを外されたピックアップトラックの脇を抜けると、その後ろで古い型のバイクと格闘している男性の姿が見えた。


 額に傷のある角ばった顔のこの男性が、「プロメテウス」のヘッド、丹羽鋭二なのだった。


「相変わらず、ごつい奴が好きなのね」


 私が声をかけると、油で汚れた顔がこちらを向いた。


「リトル・マムか。久しぶりだな。おまわりになったって話だが、ガサ入れにでも来たか?」


「違うわ。あなたの妹さんのことできたの。「ノストロモス」と揉めてるそうじゃない」


 私が用件を切りだすと、鋭二は白けたような目で「ふふん」と鼻を鳴らした。


「そいつは違う。別に揉めてなんかいないさ。それで仲介に来たってわけか?」


「いいえ。『ビッグチャップ』とも『パワード』とも関係ないわ。私の意志よ」


「わけがわからないな。妹のことで俺に何をして欲しいんだい。要求は何だ?」


「妹さんとの関係が修復できて、揉め事が収まったら私に『あの世の警察』を名乗っている人物を紹介して欲しいの」


 私が核心に切り込むと、鋭二は「どこからその名前を……」と絶句した。


「知らない方がいいわ。警察とは関わりたくないでしょ。とにかく一度、会いたいの」


「そいつは難しいな。奴は探されるのを嫌うから、仲介したとなると俺の心象が悪くなる」


「よく現れる場所を教えてくれればいいわ。後は自分で探すし、あなたの名前も出さない」


 私が食い下がると鋭二は短く舌打ちをくれた後、「しょうがねえな」と呟くように言った。


「俺もそれほど奴のことを知ってるわけじゃない。見つけるのは骨が折れるぜ。……で、妹のことで俺に何をしろっていうんだい?」


言葉こそ荒いが、鋭二の目には本来の人懐っこさが現れていた。私は近くのビールケースを目で示すと「座っていい?」と聞いた。


 鋭二が頷くのを確かめた私はビールケースに腰を下ろし「船生譲太さん……妹さんの彼氏と勝負をして欲しいの」と言った。


「勝負だって?いったい、何のために?それに俺とあいつが何の勝負をするっていうんだ」


「勝負の種類は何でもいいわ。勝っても負けても妹さんと譲太さんはこの街から出てゆく」


「何を考えているんだ、マム」


「二人が街から出てゆけば、『ノストロモス』とも『プロメテウス』とも関係なくなるわ。いざこざの原因になっている二人がいなくなってしまえば、双方のメンバーたちもおとなしくせざるを得ないでしょ。今、あなたを悩ませている微妙な緊張感もなくなるってわけ」


「ふん、とんだ茶番だな。要するに駆け落ちの手伝いをしろってことか。いつからそんなお節介になった?」


「別にお節介じゃないわ。恋愛は自由だもの。それより受けてくれるかしら?この勝負」


 私が顔を覗きこむと、鋭二はしばし考えるそぶりを見せた後、ふんと鼻を鳴らした。


「仕方ない。古巣とぎくしゃくしてるようじゃ沽券に関わるからな。その話、受けるぜ」


 鋭二は睨むような視線を寄越すと「勝ち誇ったような顔しやがって」と私を小突いた。


             〈第二十三話に続く〉

 

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