第20話 目論むあいつは潜伏中
「ガスブージン一家?なにそれ」
私の隣でアンパンと牛乳を交互に口にしている雷郷――死神に、私はハンドルさばきを誤らぬよう集中しながら聞いた。
「一家で死神に憑りつかれている呆れた連中だ。冥界の掟に反して亡者を従え、違法に魂を収集している輩でもある」
「ガミィ以外にも死神がいるわけね。で、そいつがなぜ私たちの邪魔をするの?」
「さまよっている北条美咲とやらの魂をこちらに渡したくない理由があるのだろうな」
「……待って。そのガスブージンとかいうのが『亡者の館』にいる『冥王ハデス』なんだとしたら、欲しいのは魂でしょ?わざわざ女性を拉致して『亡者の花嫁』なんて名前をつける理由は何?」
「それを説明する前に、わしらがどうやって報われぬ魂を集めるか、説明せねばならぬな。我々が現世で魂を集めるときは浮遊している魂を説得するか、成仏した直後に回収するという方法を取る。成仏し切っていない魂を強引に回収するのはご法度なのだ。
ところがガスブージンはそれをやろうとしておる。自分の息子たちに死神の力を分け与えて使い魔のようにしたのも、この世に魂を狩る軍団を誕生させるためだ。『花嫁』というのはおそらく亡者と化した奴の息子たちと結婚し、異能の子を産むよう選ばれた女性であろう」
「異能の子……」
「生きている人間を亡者にする方法は二つ、取引をして死神か悪霊に身体を乗っ取らせるか、さもなくば死に直面させた状態で『冥界の気』を吹きこみ『生きている死者』にさせるかだ。
最初の『花嫁候補』は恐らく取引に応じず、薬か何かで『生きている死者』にさせようとして失敗に終わったのだろう。 砂上とやらが見た女は死の眠りについた状態で監禁されている『花嫁候補』だったわけだ」
「それで北条美咲さんを連れ去ろうとしたんでしょ。第二の『花嫁候補』として」
「まあ、そうであろうな。それがトラブルで死んでしまい、先ほど連れ去られそうになった女性が第三の標的になったっというわけだ」
「私たちはこれから、どうすればいいの?」
「彷徨える北条美咲の『魂』を成仏させるには彼女が死ぬ原因となった『冥界の王子』の身柄を確保し、なぜ美咲が迷っているか聞き出すしかない」
死神は凄まじい速さでアンパンを平らげると「疲れた。後は頼むぞ」と言い、沈黙した。
私は雷郷の目が光を失い、元の気の弱そうな人物に戻ったことを確かめると、現実と悪夢が交差する夜の町に向かってアクセルを踏みこんだ。
※
「携帯に入っていた、『亡者の館』に侵入するアプリを復元することに成功しました」
雷郷はそう言って砂上に携帯を手渡した。
「我々は近いうちに館に潜入します。でもその前にどうしてもあなたに聞いておきたいことがあります。我々が『ヴィジョン』の中で見た棺桶の中で眠っている女性……あれはどなたですか?あなたは潜入時の記憶を失くしたとおっしゃいましたが、自分が救出しようとしていた女性のことは覚えているはずです」
雷郷が畳みかけると砂上はうつむき「はい、覚えています」と言った。
「彼女は
「絵里名さんはどうして連れ去られたのですか。思い当たる節はおありですか?」
「彼女は……事故などで亡くなった方の声を聞きとるという不思議な力があったんです」
「亡くなった人の……」
「はい。最初は声の主を確かめようと、ニュースや新聞などで事故現場を調べて実際に赴いたりしていました。ですがそのうち数が多くなって対応し切れなくなり、つういに心を病んでしまったんです。
僕はとあるアマチュア楽団にいた彼女とたまたま親しくなり、一緒に食事などに行くうちに相談に乗るようになりました。ところがある時『亡者の館』に行って『冥王の息子』とお見合いをする」という意味不明のメッセージを残して連絡が途絶えてしまったんです。
僕はパニックになり『亡者の館』がどこにあるのかを必死で探しました。やがてとある人物から僕に会いたいという問い合わせがあり、会いに行きました。その人物は僕の話を聞き、館に潜入する方法方法を伝授したいと申し出てくれたんです」
「どういった方なんです?その方は」
「あの世の警察官、とか言ってました。こっちに来ている素行の悪い亡者を捕えて送り返すのが仕事だとか……」
私は新たに登場した正体不明の人物に言葉を失った。
「……ねえ、知ってる?そういう人」
私は隣にいる雷郷に、そっと小声で問いかけた。
「僕が知ってるわけないだろう」
「あなたじゃないわよ。……ちょっと『ガミィ』に聞いてみて」
「ちぇ、面倒くさいなあ。奴が起きた時に自分で聞いてみてよ」
非協力的な雷郷の対応に私は「もういい」と口を尖らせ、再び砂上の方に向き直った。
「それでその方は砂上さんにどう言った秘策を授けられたんですか?」
「それが……肝心の記憶が、その人と話している途中から途切れているんです。僕の記憶は、館に潜入する方法を教えたいと申し出てくれたところから、いきなりぼろぼろの姿で警察に保護されたところに繋がっているんです」
「ふうん……完全に記憶を操作されてるね」
雷郷が感心したように言った。結局、砂上の証言から得られた新情報は、新たに謎の人物が増えたという点だけらしい。
「とにかくその人物に会ってみないことには潜入もままならないな。……砂上さん、その人と会った場所、覚えてます?」
「ええと……
砂上の言葉を聞いて、私は記憶の一部が大いに揺さぶられるのを感じた。『デスローダーズ』は私が十代の時、しばしば学校をさぼって入り浸っていた店だからだ。
「そこ、知ってます。……じゃあそこで『あの世の警察官』を名乗る人物を見つけ出せばいいんですね」
「ただ単に知っていた店を落ち合う場所に指定しただけかもしれませんけど」
砂上が遠慮がちに言うと、雷郷が「とりあえずとっかかりになればいいや」と言った。
私は薄暗い店とオイルの臭いの男たちを思いだし、ふと胸が締め付けられる気がした。
〈第二十一回に続く〉
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