第17話 不審なあいつは勧誘中
「希志さんと会ったのは、病気やストレスで休職したり学校を休学したりしている人たちのリハビリ施設です」
長い髪を後ろで束ねた、色白の女性は私たちをまっすぐに見据えて言った。
「それはいつ頃の話ですか」
「五、六年は前でしょうか……希志さんはあまり口数は多くなかったのですが、占いが得意だったので人気がありました。ただ、ある時期から徐々に人を避けるようになり、人づてに聞いた話では「すごい人に会った」と興奮気味に話していたとのことでした」
「すごい人……ですか」
「はい。どんな人かは知りませんが、それから間もなく希志さんは施設に来なくなりました。最後にあった人の話によると「亡者の花嫁」を探すんだと言っていたそうです」
「亡者の花嫁?……なんですか、それは」
「わかりません。ただ、一年ほど前に偶然、希志さんと再会したことがあって、その時に彼がこう言っていたんです「花嫁がいない。一人は蘇りに失敗した。もう一人は事故で死んでしまった。……君、花嫁になって冥王の息子に仕えてみないか」と」
「なに、それ……」
「わけのわからない話だし、怖かったからもちろん、即座に断りました。その時はそれきりだったんですけど、最近になって……」
「最近になって?」
「うちのアパートの近くで不審な男性が目撃されるようになったんです。見かけた人の話から察するに、どうも希志さんっぽい気がするんです」
「ということはあなたのことを諦めていないと?」
私が身を乗り出して尋ねると、淳美は険しい表情で頷いた。
「この一年の間、彼が「花嫁」を探し続けていたのだとしたら、きっとその執念は普通じゃないと思います。だから恐ろしくて……」
「一番最近、姿を現したのはいつです?」
「一昨日だそうです。下の階に住んでる方が見かけたといっていました」
「一昨日か……塚本さん、どうです、今夜から明日、明後日くらいにかけて我々がアパートの前で張り込むというのはどうでしょうか」
「刑事さんが……?」
「ええ。我々は一年前に亡くなった北条美咲さんという人の事件を追っています。北条さんは亡くなる少し前に希志幸人と思しき人物と会っていました。北条さんがもし、あなたのお話に出てきた「事故で死んでしまったもう一人」だとすれば、希志幸人を現行犯逮捕すればこちらの事件も終了します。いかがです?」
「それは……」
「このまま放っておけばあなたも三人目の「花嫁」にさせられてしまいますよ」
「それは困ります。……あっ、そう言えば後で気づいたんですが、希志さんが言っていた「蘇りに失敗した」とかいう花嫁、もしかしたら私の知っている方かもしれません」
「本当ですか」
「ええ。実は施設にボランティアに来ていた女性の方と希志さんが、施設を出た後、一緒にいるのを見かけたことがあるんです。施設に来ていた時とは別人のように濃い化粧で、表情も人形みたいに感情がなかったので印象に残ってるんです。占いが好きだと言っていたから、もしかしたら「花嫁」として目をつけられたのかもしれません」
「その方の写真とか、残ってますか?」
私が問いを投げかけると、淳美は携帯を取り出し、操作し始めた。
「……この方です。五年ほど前の写真ですけど」
淳美がかざした携帯の画面を見て、私ははっと息を呑んだ。淳美の隣で微笑んでいる女性の顔に、見覚えがあったからだ。私と雷郷は淳美に礼を述べると、後ほど改めて張り込みの詳細を伝えることを約束し、その場を立ち去った。署へと戻る電車の中で、私はずっと気になっていたことを口にした。
「……雷郷さん。私、淳美さんが見せてくれた写真の人、見覚えがあるんですけど」
私が小声で囁くと、雷郷も無言で頷いた。
「僕も見た。「ヴィジョン」の中で」
やはりそうか。女性の顔は砂上の記憶に侵入した時「亡者の館」の礼拝堂で見た「棺桶の中で眠る女性」と同じだったのだ。
「この人が「あの人」と同じ……ということは?」
「希志幸人が最初に「花嫁」に選んだのが写真の人だという事さ。それが「蘇り」とかいう施術に失敗して、礼拝堂に安置された。そこに何らかの理由で砂上さんが救いに現れたというわけだ。しかし救出は失敗し、砂上さんは記憶を消された。彼女が生きているのか死んでいるのかはわからない。そして幸人は幼馴染の美咲と再会したのをきっかけに、彼女を第二の「花嫁」候補に選んだ」
「片平美晴が言っていた「美咲さんの財産を狙っての犯行」じゃあなかったのね」
「真の目的を知った美咲と幸人がトラブルを起こし、結果として美咲は亡くなった」
「そして今度は、淳美さんが狙われている……というわけね」
「そうだね。希志幸人、つまり『冥界の王子』の身柄を確保できれば『冥王』や『冥王の息子』『亡者の花嫁』が何を意味するのかおのずと明らかになるというわけだ」
「それとあの髑髏の仮面……ガスマスク男の正体もね」
私がぽつりとつけ加えると、雷郷は「まあね」とどこか退屈そうな口調で応じた。
〈第十八回に続く〉
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