第16話 怪奇なあいつは夢の中
コンクリート通路の両側に鉄格子のはまった金属の扉が奥まで続いている様は、さながら牢獄を思わせた。砂上は左右の扉には見向きもせず、突き当りにある扉に向かって歩を進めていった。
扉の前まで来ると砂上は足を止め、取っ手に手をかけた。砂上はこの場所を知っていても、それを「見ている」私たちはこの先に待ち受けている風景をまるで知らないのだ。
扉の向こうに現れたのは、礼拝堂を思わせる空間だった。砂上は一歩足を踏みいれたところで立ち止まると、部屋をひとわたり見回した。一見、礼拝堂のように見える空間は良く見ると説教台の代わりに棺桶らしき箱を乗せたの石の台があり、背後の壁には髑髏のレリーフがこちらを見下ろすように掲げられていた。
砂上はまっすぐ歩を進め、石の台の前で立ち止まった。砂上は棺桶に手を伸ばすと、顔の部分の扉を開けて中を覗きこんだ。中に収められていたのは二十歳くらいの女性だった。
砂上は周囲を見回すと女性の手首を取り、ポケットから万年筆のような形状の物体を取り出した。砂上が手にした物体のキャップを外し、先端を女性の肌に押し当てようとしたその時だった。奥の扉の一つが開き、隙間から黒いマントのような物に身を包んだ人物が姿を現した。
人物はレリーフとよく似た髑髏の面をつけており、面の奥から砂上の姿を捉えると、足を止めた。
「やはり来たか。思った以上に愚かな男だったようだ」
「こんな風になってては、来ないわけにはいきません」
二人のやり取りは、互いを知っている者同士のそれのようだった。
「だが、これ以上、この神聖な廟で勝手なふるまいをさせるわけにはいかぬ」
砂上の目線が髑髏がの手元に異動し、携えている拳銃を捉えた。銃口がゆっくりと上がり目の高さと同じになった瞬間、砂上が手に隠し持っていた何かを髑髏に向かって投げつけた。次の瞬間、破裂音と共に火花が飛び散り、視界全体が白い煙のような物に覆われた。
※
「気分はどう?」
ママが声をかけると、椅子に凭れて死んだように沈黙していた砂上が「大丈夫です」と短くもらした。
「ヴィジョンが途切れたってことは、この先の出来事を何かがブロックしているんだわ。今日はここまでにしておきましょう」
ママがそう言うと、レオンの手が左右の二人から離れてだらりと下げられた。
「……ふう。思ったより鮮明でした」
レオンの疲れ切った言葉とヴィジョンとはあまりにも異なる現実の風景に、私はいったいどちらが本物なのかという戸惑いを消せずにいた。
「とりあえずどうやって館に潜入したのかはわかったね。……砂上さん、「鍵」はまだ持っているの?」
雷郷が尋ねると、砂上は困惑したような表情を浮かべ、頭を振った。
「それが、記憶が途切れた時に「鍵」のありかも忘れてしまったみたいなんです。誰かに奪われたのか、自分でどこかに隠したのか、それすら思いだせない状況です」
砂上は虚ろな口調で答えると、再び沈黙した。
「入り口のロックを解錠したアプリはまだ、携帯に入っているんでしょうか」
レオンが疑問を口にすると、砂上は黙ってポケットから携帯を取りだし、差し出した。
「僕、もう一台持ってますからこれをお預けします」
レオンは携帯を受け取ると、雷郷に手渡した。どうやら砂上は自分でアプリを起動することができないらしい。
「何か思いだしたり、具合が悪くなったりしたら連絡してね。……レオン、砂上さんをアパートまで送ってあげて」
「はい、ママ」
レオンは頷くと、ぐったりしている砂上に「立てますか?」と手を差し伸べた。
私は砂上の携帯を触っている雷郷の方に目をやると「私たちはどうします?これから」と聞いた。
「僕らには会うべき人がいる。『冥界の王子』こと希志幸人について証言してくれる人が見つかったんだ」
「本当?」
私が意外な手際の良さに舌を巻くと、雷郷は人物のデータが表示されたタブレットを私の前にかざしてみせた。
「もうアポイントも取ってある。砂上さんはレオンに任せて、僕らは聞きこみに回ろう」
雷郷の余裕すら感じさせる口ぶりに、私は少なからず疑念を抱いた。今度の証言者も砂上のように襲われたら、また「あいつ」にバトンタッチするのではないだろうか。
「あ、そうそう、ちょっと面白いことに気がついたんだけど……さっき『ヴィジョン』に髑髏のお面をつけた人物が出てきたろう?あの人物の声に聞き覚えがある気がするんだ」
「本当?」
「……と言っても僕じゃなくて「あいつ」の記憶だけどね。しかも聞いたのはつい最近だ」
「つい最近って……いつ?」
「ほんの少し前だよ。髑髏の面とガスマスク男の声が似てるって「あいつ」が言ってる」
「それじゃ、私たちが「亡者の館」について調べ始めてるってことを……」
「おそらくもう、嗅ぎつけてるだろうね。「敵」は」
雷郷はそう言うと、鼻から太い息を吐き出した。
〈第十七回に続く〉
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