第15話 微睡むあいつは遡行中


「椅子に浅く腰かけたら、身体の力を抜いて……そう、息を鼻からゆっくり吸って……頭の中身を全部、息と一緒に口から吐き出して」


 私と雷郷、それにママとレオンの四人は、砂上を囲んで「記憶への侵入」と称する捜査を開始した。

 ママによれは砂上が敬遠する逆行催眠とは全く違う物だという。最初の段階は、ママが椅子に腰かけた砂上に指示を与え、侵入可能な状態にさせることらしい。


「……そろそろいいかしら。じゃあ、遡るわよ。……ヒサ、彼が「亡者の館」に入ったのはいつ?」


「ええと、二年前の十月ごろだそうです」


「二年前ね。……今は二年前の十月よ、いい?あなたは「亡者の館」の前にいるわ」


「……怖い」


 砂上は唇を強く噛み、膝の上で握りしめた拳をぶるぶると震わせた。


「大丈夫よ。そのままそこにいてね。……レオン、あなたの出番よ」


「はい、ママ」


 指示を受けたレオンはママと入れ替わる形で椅子に座ると、砂上の顔を覗きこんだ。


「……見えました。みなさん、僕と手をつないでください」


 レオンはそう言うと、長い腕を左右に広げた。右手を雷郷が握り、左手をママが握ったところでママが私に「来て」と手招きをした。


 私がママのふっくらした右手を握った瞬間、目の前で強い光が二、三度明滅した。光が消えた直後、私の周囲に広がっていたのは処理係の狭い部屋ではなく、不気味な荒地と古城のようなシルエットを見せている廃墟だった。


 ――これが砂上さんの記憶にある「亡者の館」か。彼は今、この廃墟に侵入する方策を練っているのだ。


 廃墟の周囲には金網でこしらえたバリケードが巡らされ、門と思しき箇所には頑丈そうな南京錠が取りつけられていた。

 しばらく廃墟を見つめていた私――砂上は、驚いたことにポケットから一本の鍵を取りだすと迷う事なく南京錠の鍵穴に挿し込み、回転させた。


 やがてカチリという音と共に南京錠が外れ、砂上は鍵の外れた門を押し開けて建物の敷地部分に足を踏みいれた。廃墟には大きな入り口が風化しながらもその姿を維持していたが、砂上は正面玄関には見むきもせず、そのまま建物の側面部へと回りこんだ。


 二区画分はある敷地を歩いて横切った砂上は建物の裏手に回ると、敷地に立っている小さなコンクリート製の建造物に歩み寄った。


 建造物は物置ほどの大きさで、錆ついた扉の上にはエキゾチックな模様が彫られたプレートが掲げられていた。砂上は扉の前で足を止めると、紋章のようにも見えるプレートの模様をしげしげと眺めた。


 やがて砂上はおもむろに携帯を取りだすと、紋章の前にかざした。次の瞬間、紋章が赤く輝き、外国語のような音声がどこからともなく流れ始めた。


「XXXXX」

「◇▽○×□」


 砂上は謎の言語に対し、同様の言葉で応答した。すると紋章が青く輝き、どこかでカチリという音が響いた。砂上は頷くと携帯をポケットに戻し、扉の取手に指をかけて引いた。


 扉が思い軋み音を立てながら動き、隙間ができると砂上はためらわず中に足を踏み入れた。


 暗い室内には何もなく、中央に地下へ続いているらしい穴とコンクリートの階段が見えた。


 砂上はどこからともなく懐中電灯を取りだすと扉を閉め、コンクリートの階段を足元を照らしながら降り始めた。足音が止まり、階段を下り切った気配があっても周囲は依然、闇のままだった。


 砂上は懐中電灯の光で照明のスイッチを探ると、柱に取りつけられたそれらしいスイッチを入れた。次の瞬間、まばゆい光と共に目の前に現れたのは、街の中に存在するとは思えないような、異様ともいえる光景だった。


              〈第十六回に続く〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る