第7話 寝坊のあいつは演技中


「本当に、こんなやり方で証拠が見つかるのかしら」


 私は目の前で呑気にアイスティーを啜っている雷郷に、不平を漏らした。


「どうかなあ。見つからないかもね」


 呆れた事に雷郷は私の懸念を払拭するどころか、あっさりと首肯してみせた。


「ちょっと先輩。一週間、街のネットカフェをしらみつぶしに当たったのよ。次の一手くらい考えておくべきじゃないの?」


「ないね。今のところは。もしかしたら被害者は遠くの街に行ってたのかもしれないし、このやり方は効率が悪すぎるよ」


 私は開いた口が塞がらなかった。じゃあこの一週間、私たちのやってきたことは無駄足だったというのか。


「だったら効率のいい捜査法を教えてください。被害者はSNSを通じて犯人と知り会い、会った初日に殺害されたんですよ。交信の記録を見つけるしかないじゃないですか」


 私が詰め寄ると、雷郷はふうと息を吐き、ソファーに背を預けた。


「まあそう急ぎなさんな。これだけ歩きまわったんだ。そろそろ、僕らの頭に斬新なひらめきが降りてきてもいい頃だよ。少し体を休めた方がいいと思うな」


「休むのは新たな証拠を見つけてからです。……ちょっと、雷郷さん寝ないで下さい」


 驚いたことに雷郷はソファにもたれかかったまま、瞼を閉じてすうすうと寝息を立て始めていた。いくら疲れたからと言って、捜査中に昼寝をする刑事などもってのほかだ。


 ――ああ、やっぱり交通課でパトロールしている方がよかったな。


 私が雷郷の肩を揺さぶりながら心の中で大きなため息をついた、その時だった。


 喫茶店のドアが開く音が聞こえ、小柄な人影が私たちの席に近づいてくるのが見えた。


「あの……失礼ですが警察の方ですよね?」


 テーブルの脇に立っていたのは、二十代後半くらいの丸顔の女性だった。


「あ、はい。そうですけどあなたは?」


「雷郷さんっていう刑事さんから「話をきかせて欲しい」と言われてきました」


 私はテーブルに投げだされた雷郷の手首をつかむと「ちょっと、起きて」と揺さぶった。


「あの……少々お待ちくださいね。……ねえ、起きてったら、起き……えっ?」


 ふいに雷郷の肩がぴくんと動いたかと思うと、発条仕掛けの玩具のように背筋が伸びた。


「ふむ……珍しく仕事などしおって。おかげでこっちの感触を忘れてしまったわい」


 しわがれ声で呟く表情は一見「雷郷」だが、明らかに別の何かに入れ替わっていた。


「……もしかしてあなた「ガミィ」?」


 私がつけたばかりの愛称で呼ぶと、雷郷の姿をした「死神」は「おかしな名をつけおって」と億劫そうに応じた。


「そんなこといいから、雷郷さんを起こしてちょうだい」


「無駄だな。これだけ熟睡しておると、わしにも起こせん。いさぎよく諦めるのだな


「……じゃあ私が応対するから、あなたはせめて雷郷さんになり切って話を合わせて」


 私が小声で請うと、「むう、死神に猿真似とさせるとはいい度胸だ」と鼻を鳴らした。


「あの……どうかしました?」


 私たちの怪しいやり取りが聞こえたのか、女性が訝るような目を向けて言った。


「あ、いえ何でもないの。こっちの話。……ええと、わざわざお越しいただき恐縮です。こちらが雷郷で、私は同僚の桜城と言います。……ほら、「雷郷さん」何か言って」


 私が脇を小突いて促すと、死神は「お名前は何と?お嬢さん」とご隠居のような口ぶりで尋ねた。とても刑事が事件の聞きこみをしているようには見えない。


片平美晴かたひらみはると言います。先日のお話ですが、美咲さんのことを聞きたいんですよね?……私が彼女と親しかったのは小学校を卒業するまでですが……それでも構いませんか?」


 美晴という女性は、どこかためらうような素振りを見せながら言った。やはり例の事件の関係者か。それにしても雷郷はなぜ、よりによって小学校の友人にまで遡ったのだろう。


「もちろん、構いません。、彼女について覚えていることがあれば教えてください」


「美咲とは小学校の卒業以来、会っていませんでした。元々、彼女は内気で友達が少なかったし、私も決して社交的な方ではなかったから……だから彼女がSNSでいきなり呼びかけてきた時には、びっくりしました」


「SNSで……それは最近のことですか?」


「ええ、そうです。一年ちょっと前かな。向こうはもう結婚していて、綺麗な大人の女性になっていました。それがまさかあんなことになるなんて……」


「彼女の死について、思い当たることはありませんか。幼馴染のあなたにしか打ち明けていないようなことは」


「……ないこともありません。今日はそれをお伝えするためにこちらに伺ったんです」


 美晴の思い詰めたような目を見て、私はこれは重要な情報になるだろうと直感した。


「話せる範囲で構いません。うかがった情報は、決して漏らしませんので安心して下さい」


 私がそう言うと美晴は頷き、あたりをはばかるような口調で話し始めた。


「美咲はSNSで出逢った……と言っていいのかな。ある人物にそそのかされたんです」


「ある人物というと……」


「その人は自分のことを『冥界の王子』と名乗っていたそうです」


「『冥界の王子』?」


「はい。『冥界の王、ハデスの生まれ変わり』と称する人物の弟子を名乗っていたそうです」


「怪しい話ですね。何者なんでしょうか、その『何とかの生まれ変わり』っていう人物は」


「ある種の新興宗教の教祖みたいな人で『魂のリサイクル』を広めてるのだそうです」


「『魂のリサイクル』とは?」


「いらない魂を売って、新品の魂と来世……新しい人生を手に入れるんだそうです。……ようは財産を奪って自殺させるってことだと思います」


「じゃあ彼女が亡くなったのは……」


「誰かと『心中』させる予定だったのが、相手との間でトラブルになり、殺されたんだと思います。だからどういう計画だったかを知っている「冥界の王子」を見つけてください」


「なぜ信者……というか被害者はそんなに簡単に『来世』を信じたんでしょうね」


「一つは悩みのような物があって、そこに薬か暗示かはわかりませんが『来世』を体験させられるような出来事があり、信じてしまったのだと思います。彼女は将来の夢のため、ひそかに貯金をしていたようで『冥界の王子』はそこに目をつけたのではないでしょうか。私の元に来なかったのは、私が貧乏だからかもしれません」


「では『冥界の王子』が彼女に目をつけたのは偶然ではなく、計画的な物だった……と?」


「その可能性はあると思います。刑事さん、次の被害者が出る前に『冥界の王子』を見つけてください」


「そうは言っても、手がかりがないことには……」


「手がかりなら、あります」


「えっ」


「『冥界の王子』の正体は小学校の同級生だと思います。希志幸人きしゆきと君と言ってちょっと変わった占いが得意な子で、内気で人見知りだった美咲は色々なことを占ってもらってました」


「その子が大人になって、彼女の前に現れた?」


「美咲がそう言ってました。ですから正確には出逢ったのではなく、再会したわけです。彼は高校を中退した後、本格的に占いの道を目指してたらしいんですが、ある時『冥界の王』を名乗る人物に会って人生観が変わったのだそうです」


「じゃあ、その希志さんと言う人を探せばいいんですね」


「はい。とりあえず私が知っていることはそれだけです」


「わざわざ貴重な情報をありがとうございます。事件の解決には全力を尽くしますので」


 礼を述べると美晴は硬い表情のまま一礼し、私たちの前から立ち去った。


「ふう。幼馴染に目をつけるなんてやるじゃない「雷郷」さん。演技もうまかったわよ」


「わしはただ話をきいとっただけだ。御膳立てをしたのは寝ているポンコツの方だろう」


「そうね。どっちも見直したわ。……さて、それじゃあ『冥界の王子』を調べましょう」


「ふん。『魂をリサイクル』とはな。死神の真似なぞしおって。碌なことにはならんぞ」


 そう言うと死神は「おい起きろ、仕事だ」と言ってソファーに背を預け、目を閉じた。


               〈第八回に続く〉

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