第5話 不吉なあいつは食事中
「ちくしょう、なめやがって」
片割れがあっさりのされたことで頭に血が上ったのか、残った一人はいきなり吠えると雷郷に襲いかかった。
「まったく、どいつもこいつも軽率な奴だ」
雷郷は妙に分別臭い口調で言い放つと、男性が繰り出した刃物をひょいとかわした。
「それっ、おしおきじゃ」
一瞬、雷郷の姿が見えなくなったかと思うと、どんという鈍い音がして男性が後方に飛ぶのが見えた。男性の懐に潜り込んだ雷郷が、肘打ちでふっ飛ばしたのだ。
「雷郷さん、強い……」
私が称賛の言葉を口にすると、雷郷は顔だけをこちらに向け、鼻をふんと鳴らした。
「雷郷もこの身体も大して強くはない。どこを見ておる」
「どこって、雷郷さん……」
私がそう言いかけた時だった。雷郷の背後から黒いもやのようなものが立ち上り、ある不吉な物体の形になった。
「あ……雷郷さん、後ろにまた骸骨が……」
「骸骨ではない、死神だ。今どきの若いものはわしの呼び名も知らんのか」
雷郷は赤く光る目をこちらに向けたまま、口をへの字に曲げた。……死神ですって?
「さよう。雷郷は単なる入れ物にすぎん。わしが奥で休んでいる間は雷郷が身体を動かし、雷郷が眠りの奥に逃げだした時は、わしが身体の主となる。すなわち、今は雷郷ではない」
雷郷――死神と称する――は、滔々と語ると歩道にひっくり返っている二人の襟首を片手で掴み、ゴミ袋でも扱うかのようにずるずると引きずった。
「ふむ、このくらいでは起きぬか。……ではやむをえん、悪く思うな」
そう言うと死神は力任せに二人の額をかちあわせた。ごつん、という骨がぶつかる音がして再び二人が意識を失うと、死神は一人づつ片手で歩道の植え込みに放りこみ始めた。
「ちょっと、雷……死神さん、乱暴すぎます。いくら悪人だってそれじゃ過剰防衛です」
私が呆れながら抗議すると、死神は白けたような表情になり、私の顔を覗きこんだ。
「刑事の時はどうか知らぬが、わしとしてはこれでも充分、手加減した方だぞ」
死神はさも心外だと言わんばかりに鼻を鳴らすと、なぜか両手で腹をさすり始めた。
「ふう、あの程度の運動で腹がすくとは、この身体はエネルギー効率が悪すぎるぞ」
死神の目の輝きが心もち弱くなり、背後の骸骨がだんだんとしぼみ始めた。
「え、あの、どうすればいいんですか」
「少し先にコンビニがあったろう。あそこでアンパンと牛乳を買おう」
死神とは思えぬほど地味な好物だったが、私はなぜがほっとしていた。しかし、先ほど肉まんを買った店に同じ人物が現れてアンパンを買ったら、妙に思われはしないだろうか。
「……私が買ってきます。雷……死神さんは駐車場で待っていてください」
私が申し出ると、死神は意外にも「そうか。すまんな」と殊勝に礼を述べた。
「あの……死神さんには名前はないんですか。太郎とがジョンとか」
私が何の気なしに口にした問いかけを、死神は「ない」とごくあっさりと切り捨てた。
「そうかあ。じゃあやっぱり「死神さん」って呼ぶしかないのかなあ」
見た目は完全に雷郷なのだが、と私は混乱した頭で思った。
「いや「さん」はいらぬ。普通に死神でよい。人は皆そう呼ぶ」
そういうわけにもいかないでしょ、そう言いかけた私の脳裏にふと、閃くものがあった。
「そうだ、「死神」じゃあんまりだから「ガミィ」君でどう?」
「ガミィだと……?」
「それともドクロだから「ドッキーちゃん」の方がいい?」
「……もう何でもよいわ。ガミィでもなんでも好きに呼ぶがよい」
「じゃあガミィ君、私ちょっと買い物に行ってくるね。いい子にしてるんだよ」
私はそう言って死神に背を向けた。コンビニの入り口で振り返ると、母親を待つ子どものようにぼんやりと宙を見つめている死神の姿が見えた。
――さて、身体は同じとして「どっちの相棒」が仕事のパートナーにふさわしいだろう。
私はこみ上げる笑いを噛み殺し、値引きされたアンパンと牛乳を手にレジへと向かった。
〈第六回に続く〉
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