番外編 メタルヒートVS紅レヴァイザー 〜Little Chronicle〜


 ――異能者。

 人ならざる異形の者へと進化を遂げた、超常の存在。それを持ち得る者達は「力」に運命を揺さぶられ、善と悪に分かたれた。

 だが、戦う者は彼らだけではない。超常の力を持たぬ、ただの「人」も命を賭して、この戦いに身を投じている。


「エネルギー反応を確認。五野寺二丁目の商店街まで、あと10分で到着します」

『あぁ。……八種やくさ市外の案件になるが、現地の異能犯罪課の手には余るとのことだ。お前の経験にもなるいい機会だ、しっかり暴れて来い』

「了解しました。……市民を無事に避難させてから、ですけどね」


 その舞台に現れた、鋼の戦士。彼もまた、その1人であった。彼を乗せるメタリックレッドの車は、東京の片隅に続く車道を颯爽と駆け抜けていく――。


 ◇


飛香あすか!」


 五野寺学園高校2年A組。その教室に真殿大雅まどのたいがが乗り込んできたのは、放課後になって間も無くのことだった。

 端正に切り揃えられた黒髪を靡かせる彼は、周囲の生徒達が慄くような殺気を全身に纏い――窓際の席に直進する。そこでゲームをしていた、3人組の1人を睨みつけて。


「ど、どしたの真殿君。そんなに血相変えて。……あー、真殿君もやりたいんだ? 『地球守備軍5』。そうだよね、何しろ武器も兵科も増えまくってるし、ミッションなんて前作の数倍のボリュームで――いだででで!?」

「ゲームなんぞしてる場合か! 非常事態なんだぞ!」

「……!?」


 その3人組の1人――飛香炫あすかひかるの耳を引っ張り、大雅は無理矢理彼を廊下に引きずり出してしまった。他の2人は見慣れた光景なのか、「またかよ」と言いたげな様子で炫を放置して、ゲームを再開している。

 一方。大雅のただならぬ形相から、事態の重さを察した中性的な美少年は――艶やかな黒髪を揺らして、大雅の肩を掴んでいた。


「……もしかして、デザイアメダルの怪人が!?」

「いや……どうも、その手の奴とは違うらしい。これを見てみろ」


 炫の前でスマホを取り出した大雅は、彼に寄り添うように画面を見せつける。――そこには、人々の喧騒が絶えない動画が再生されていた。

 ここからすぐ近くの地点にある、二丁目の商店街。そこにいる地元の住人達が、「何か」から逃げ惑う姿が映されていた。その影は一瞬しか見えなかったが――人ならざるシルエットであることは、間違いない。


「……この動画は、投稿されてから僅か数分で削除された。デザイアメダルの怪人だというなら、そんな真似は必要ないはず」

「もしかして……今、八種市で噂になってる『異能者』って奴じゃ……!」

「外部からの力を一切必要とせず、当人の個性として表面化した異形……という、アレか? あんなものは都市伝説の類だとばかり……」

「もう都市伝説なんかじゃないよ、この動画が全てだ! ――行こう、真殿君!」

「……ああ!」


 いずれにせよ。この町に異形の怪人が現れ、人を襲っているのだとすれば――放っておくことはできない。


 飛香炫は、この町の平和を預かる――唯一無二のヒーローなのだから。


 ◇


 五野寺町二丁目、某商店街。

 そこに駆けつけていた――はずだったパトカーは、無残な鉄塊に成り果て、炎上している。同じ運命を辿った鉄屑の群れが、この近辺に散乱していた。

 周囲に倒れ伏した警官隊は、誰もが混濁した意識の中で呻き声を上げている。完全に気を失ったのか、ピクリとも動けない者もいた。


「あぁ……気分いいぜ。ポリも、パトカーも、誰も俺を止められねぇ。最高じゃねぇかよ、異能って」


 ――それらは全て、たった1人の男による仕業であり。自分の行為が生んだ光景を前にして、彼は上擦った声色で狂喜していた。


 粗暴ゆえに職を失い、家族に見放され、誰からも愛されなくなった若者。そんな彼が突然手にした「力」は――蜘蛛の超人に扮するというものだった。

 8本に増えた腕の先から放つ、強靭な糸は使い手のさじ加減一つで、獲物を搦めとる罠にもなるし――対象を切断する刃にもなる。ピアノ線のように張り詰めた糸に斬られ、何台ものパトカーが大破炎上していた。


「これは……!」

「……覚悟してるつもりだったけど……思ってたより、ずっと酷いな」


 そこへ藍色のブレザーを羽織り、黒のレザーグローブをはめた高校生2人が駆け付けて来る。炫が駆る真紅のバイク「VFR800X」と、大雅を乗せるシルバーのバイク「VFR800F」の2台が、現場の目前で停止した。

 それぞれの愛車から飛び降りた彼らは、商店街の惨状を目の当たりにして表情を引き締める。――だが、恐れはない。こんな悲劇は、今に始まったことではないのだ。


「……真殿君、お巡りさん達を安全なところへ。あの人は、オレが引き付ける」

「分かった。……今更なのは承知だが、無理はするなよ。そのベルト、大した性能ではないんだろう?」

「性能だけで勝負が決まるわけじゃないさ。……自機の強さは、プレイヤーが決める」


 炫は懐からバックルを取り出すと、それを素早く腰に装着。そこから矢継ぎ早に、無地の白タオルを取り出して、頭上に放り投げた。

 次に、キリスト教に倣うかの如く――指先で十字を切り、バックルを稼働させる。


「変身ッ!」


 刹那。炫の全身を紅い輝きが包み――光の中から現れた腕が、宙を舞う白タオルを掴んだ。


 口元が露出した真紅のマスク。目元を隠す蒼いバイザーに、黒のボディスーツや紅いプロテクター。額から伸びる、真紅の一角。

 それらの特徴を備えた、この町の守り手ヒーロー――「クレナイレヴァイザー」は、キャッチした白タオルをマフラーのように首に巻くと、一気に蜘蛛超人に向かって走り出した。その機に乗じるように、大雅も倒れている警官隊に駆け寄っていく。


「なんだぁ、テメェ。異能者たる俺様とやろうってかァア!?」

「誰だろうと構わない。オレは、この町を壊すあなたを止めるだけだ!」

「やってみろよ、ヒーロー気取りのクソガキがッ!」


 いきなり炫に組みつかれ、蜘蛛超人は弾みで横転してしまう。だが、すぐに彼を巴投げで弾き出し――糸を放って来た。咄嗟に首を守ろうとした炫は、その糸で片腕を絡め取られてしまう。


「ハハハハ、ヒーローごっこはもう終わり――がぁっ!?」


 だが、それだけで容易く決着を付けることは出来ない。腕を絡め取られた炫は、その場で回転を始め――さながらジャイアントスイングのように、蜘蛛超人の体を振り回してしまう。

 糸の持ち主であり、技を掛けている側でありながら反撃を受けている。その事実に逆上した彼は、奇声を上げながら壁に叩きつけられてしまった。


「のっ……クソガキがぁあ!」


 そこからすぐさま立ち上がった彼は、8本の腕を振るって炫に襲い掛かってくる。その拳の濁流を掻い潜るように、紅い闘士は懐へ飛び込むと――鳩尾に正拳を叩き込んだ。

 反動で首に巻いた白タオルが靡き、ふわりと揺れ動く。


「が……!」

「……あなたは、確かに強いかも知れない。でも、そんな能力頼りの戦い方に負けるつもりはない!」

「このッ……舐め腐ってんじゃねぇぞガキがァアッ!」


 腹部を抑えながら後退り、蜘蛛超人は再び糸を発射する。白タオルを揺らし、難なくそれを回避した炫の後ろで――パトカーの残骸が絡め取られた。


「……!」

「死ねやァッ!」


 次の瞬間、蜘蛛超人は鉄塊を一気に引き寄せる。狙うは、紅レヴァイザーの背中。

 ――だが、炫は軽やかに後方へ宙返りして、それをかわしてしまう。結局残骸の追突を浴びたのは、手前に引き寄せた蜘蛛超人の方だった。


「てめぇ……殺す、殺してやる!」

「……!」


 顔面に鉄塊をぶつけてしまい、転倒してしまった異形の怪人。彼は憤怒の形相で立ち上がると、今度は手先からピアノ線のように細められた糸を出して来た。

 8本の手の先から放たれる、不可視の切断兵器。それを以てすれば、誰が相手だろうと負けることはない。


 ――そう、思っていた。


「な……!」


 だが。紅レヴァイザーは、不可視であるはずのこの技を見切ったのか――壁や床を蹴って縦横無尽に跳ね回り、8本の線による斬撃を巧みにかわしていた。その立ち回りに、蜘蛛超人は異形の面相のまま目を剥く。

 そして動揺を突かれるがまま、接近を許してしまった彼は、敵の蹴りを浴びて再び転倒してしまうのだった。


「な……なんでだ! なんで俺の糸が視えたんだ、なんで!」

「……別に、糸が視えたわけじゃない。ただ、あなたがやろうとしていることが視えていただけだ」

「は、はぁっ……!?」


 必ず殺せるはずの技で、殺せない。その不条理に直面した蜘蛛超人は、震えた声で答えを求める。返された言葉は、ひどくあっさりとしたものであった。


 ――炫は戦う前から、残骸に残った傷跡を見て、蜘蛛超人の能力を把握していた。いざ技を出された時は、8本の腕一つ一つの挙動からピアノ線の軌道を推測し、回避行動を取っていた。

 彼は、特別な能力を持っている超人ではない。ただ人より頑丈で、少しばかり強くなれる鎧を着ているだけの、ただの人間。

 たったそれだけの凡人。――だからこそ辿り着ける「強さ」なのだ。能力を持たない、格闘しか取り柄のない無手の者だけが持ち得る、「力」なのだ。


「こ、のっ……!」


 異能の力に酔い痴れ、能力にかまけただけの者には理解できない力。それを目の当たりにした蜘蛛超人は、得体の知れない化物を見るような目で炫を睨む。

 やがて彼は、辺りを見渡し始めた。まともに戦って勝てないなら、近場に倒れている警官を人質にしよう――と。


「な……!」


 だが、彼の近くに倒れている人間は、もう1人も残っていない。この場に取り残されていた警官達は全員、大雅によって遠くに運び出されていたのだ。

 決定打に至る技を持たない炫の目的は、大雅が人々をこの場から避難させるまで、蜘蛛超人の注意を引き付けることだったのである。


「て、めぇらっ……!」

「あなたが何者か、それは後でゆっくりお伺いします。……降伏して頂けますか」

「誰が……んなダセェ真似すっかよ!」


 蜘蛛超人は忌々しげに炫を一瞥すると、降伏勧告に反発しながら逃走を始める。糸を壁に撃ち込み、素早くそこに張り付いた彼は、手足を巧みに動かして建物の裏へと逃げ去ってしまった。


「飛香! 気をつけ――」

「あぁ分かってる! 真殿君、お巡りさん達を頼むよ!」

「あ、ちょ……!」


 無論、このまま見逃すつもりはない。炫は勢いよく地を蹴り、蜘蛛超人の後を追うように飛び出して行く。

 白マフラーを靡かせ、風のように去るその背中を、警官に肩を貸す大雅は膨れっ面で見送っていた。


「あ、あの野郎〜っ……!」


 心配ばかり掛ける上に「気をつけろ」の一言も言わせず、何かと1人で突っ走る厄介な級友。そんな彼に、散々手を焼かされてきた日々を思い出して。


 ◇


「ハァ、ハァッ……クソッ、なんなんだ、あの意味の分からんガキどもは……!」


 狭い裏路地を這い回り、8本の腕を駆使して逃走を続ける蜘蛛超人。彼は息を荒げながら、この町からの離脱を図っていた。

 あんな訳のわからない連中なんて、相手にしてはいられない。この先にある八種市で、憂さ晴らしに暴れてやろう。


 ――そう思い至った愚者が、口元を歪めた時だった。


「連続暴行犯八雲猟兵やくもりょうへい。――お前のお遊びはここまでだ」

「へ……」


 曲がり角から、不意に飛び出てきた白銀の籠手。

 その鉄腕に首を掴まれた蜘蛛超人は、抵抗する暇もなく壁から引き剥がされ、地面に叩きつけられてしまった。衝撃で周囲のゴミ箱が倒れ、押し込められていた生ゴミが散乱する。


「ごへぁっ! ――な、なんだァア!?」


 突然の奇襲で頭が混乱する中、なんとか身を起こした彼の眼前には――紅レヴァイザーとは全く違う、鋼の仮面戦士が立ちはだかっていた。白銀のボディをファイヤーパターンで彩る、その鎧は――路地裏に差し込む陽射しを浴びて、眩い煌めきを放っていた。

 彼はフルフェイスの仮面で素顔を隠し、鎧のような籠手と脚甲を備えている。さらに胸部装甲の右胸には、『Dlineディライン』の文字が斜めに走っていた。


「な、んだ……テメェ! どいつもこいつもフザケたカッコで、俺をバカにしやがって!」

「生憎だが、これはおふざけの格好じゃない。……こちらは『ディライン』特捜鋼鎧捜査官メタルヒート。現段階でお前を危険人物と判断し、制圧を開始する」

「特捜……? ――ポリ風情がイキってんじゃねぇっ!」


 尻餅をついた体制から、蜘蛛超人は白銀の戦士に向けて糸を放つ。

 ――だが。メタルヒートと名乗る彼は、片手でその糸を薙ぎ払ってしまった。炫のように、絡まれることすらなく。


「な……!」

「残念だが、そんな能力にかまけた児戯では勝負になんてならないぞ。……異能に目覚めたばかりの素人ではな」

「ぐがぁあッ!?」


 エネルギー弾を発射する、ハンディ・マシンガン。その連射を浴びた蜘蛛超人は為す術なく全身を撃ち抜かれ、あっという間に昏倒してしまう。


「――こちらメタルヒート。対象の異能者を確保しました。これより、本部に連行します」

『ご苦労。……しかし、捕縛用に威力を落としたエネルギー弾数発で失神とはな。経験を積んだ内には入らなさそうだ』

「……まだまだ。これからの任務で、イヤってほど学ばせて頂きますよ」


 瞬く間に気を失い、元の人間態に戻った蜘蛛超人――もとい八雲猟兵を見下ろして、メタルヒートは腕の通信機で上官と交信した。

 ――その時。異能者によるものではないエネルギーを、彼のスーツが感知する。


「……!」

『どうした?』

「……珍しい客人が来たようです」


 建物の上から、颯爽と飛び降りて来た紅レヴァイザー。彼が白いタオルを優雅に靡かせて、メタルヒートの前に降り立ったのは――その直後だった。

 真紅の戦闘服を纏い、白いタオルをマフラーのように靡かせる、仮面の自警団。この町では有名人である彼のことは、メタルヒートも把握している。彼はハンディ・マシンガンを腰に収めると、敵対の意思がないことを言外に主張した。


「……あなたは一体、誰です」

「異能犯罪課の捜査官、と言えば理解してくれるかな? 君のことは噂で聞き及んでいたが、こうして直に会う日が来るとは思わなかったよ。町を守る、仮面の自警団君」

「捜査官? 異能犯罪を取り締まるあなたが……蜘蛛の怪人を放置して、無関係の人を傷付けるんですか!」

「え? いきなり何を言って――あ」


 だが、紅レヴァイザーは敵愾心を露わにして臨戦体勢に入っている。メタルヒートはそんな彼の発言に、一瞬困惑したのだが――足元で気絶している八雲猟兵を一瞥して、誤解のタネに気づくのだった。


 ――恐らく紅レヴァイザーは、この異能者が変態した姿しか知らないのだ。となれば、発砲音を聞きつけてこの場に駆けつけた段階で、自分を殺人犯の類だと思い込むのも無理はない。

 誤解を解くには八雲猟兵に自白してもらうのが一番なのだが、生憎彼は気絶している。蜘蛛超人の正体を知らない紅レヴァイザーにとって、今倒れている男は、謎の仮面戦士に撃たれた「被害者」なのだ。


 そこまで思い至ったメタルヒートは、この誤解をどう解いたものかと思案に暮れる。手っ取り早いのは、八雲猟兵をこの場で叩き起こすことだ。

 ――しかし、それが不味かった。猟兵を起こそうと、彼が手を伸ばした瞬間。


「やめろッ!」

「う……!」


 紅レヴァイザーは弾かれたように襲い掛かり、メタルヒートにタックルを仕掛ける。手を伸ばすという行為から、気絶している猟兵に危害が加えられると思い込んだのだろう。


「くッ、やめろ紅レヴァイザー! この男は、町を襲っていた蜘蛛の異能者なんだ! 俺には、君と争う理由がない!」

「この人をこんな目に遭わせて、ぬけぬけとよくもッ!」


 ここまで来てしまっては、こちらも対抗せざるを得ない。メタルヒートは予期せぬ戦闘にため息を吐きながら、得手とする「金剛流」の構えに入った。


「……やむを得ない、か。フウマさん、構いませんか?」

『こちらとしても戦闘行為は不本意だが、落ち着いて対話が出来る状況でもなさそうだな。……損害を最小限に抑えて、まずは頭を冷やしてもらえ』

「……ですね」


 すでに紅レヴァイザーは拳を構え、明らかな戦意を見せている。この状態から、コミュニケーションだけで事態を収束させるのは容易ではない。

 ――ならば、極力損害を生まないよう取り押さえた上で、説得するしかない。そう決意した時にはすでに――紅い鉄拳が、メタルヒートの眼前に迫っていた。


「ハッ、タ、セァアッ!」

「……ッ!」


 矢継ぎ早に飛び出して来る、突きと蹴り。金剛流を修めた彼にとっては無駄も多く、荒削りもいいところであるが――その速さと狙いの正確さには、ただならぬ「経験値」を感じさせるものがあった。

 声や言葉遣いを聴く限り、恐らく20歳未満の若手。にも拘らず、これほどまでに戦い慣れている。しかも彼にとっては「得体の知れない存在」であるはずの、異能者への恐れがまるで感じられない。


 ――こんな少年が、異能との関わりも薄いこの町にいたとは信じ難い。それが、彼と拳を交えたメタルヒートの感想であった。


 となれば、迂闊に手を抜いては手痛い一撃を貰う可能性もある。メタルヒートは紅レヴァイザーの拳打をいなし、素早く虎伏の姿勢に入った。

 眼前から、いきなり敵が消えた。紅レヴァイザーがそう錯覚するほどの速さで、地に伏せたメタルヒートは。


「――ッ!」

「がッ……!」


 一転攻勢。軸足を起点に、弧を描くように回し蹴りを放ち――紅レヴァイザーの背を打ち抜くのだった。

 露出した口元から息を漏らし、真紅の闘士は勢いよく吹き飛ばされてしまう。壁に叩きつけられた彼は、そのまま力無くダンボールの山に墜落してしまった。


(……しまった! つい、本気で……!)


 彼が墜落してきたことで、崩れていくダンボールの山。それを目にしたメタルヒートは、自分が思っていた以上の力が出ていたことに気づき、冷や汗をかく。

 ――誤解に端を発するいざこざで、罪のない自警団に危害を加えてしまった。その事実を前に焦燥に駆られたメタルヒートは、慌ててダンボールの山に駆け寄ろうとする。


「……くそッ、まだまだ!」

「な……!」


 だが、それよりも早く。ぐちゃぐちゃに潰れたダンボールの山から、紅レヴァイザーが這い出てきた。

 何事もなかったかのように立ち上がってきた彼は、再び拳を構えて向かって来る。そのただならぬしぶとさに、メタルヒートは再び驚愕するのだった。


 ――こんな厄介な相手を、手加減しながら抑え込むのは流石に難しい。噂に名高い自警団とはいえ、所詮は子供と侮った自分の落ち度だ。


 そう考えを改めたメタルヒートは、本気で取り押さえに行くしかないと判断し――闘気を全身に漲らせ、利き手を前に出す金剛流の基礎構えを取った。


「ぉおおぉッ!」

「はあァッ!」


 やがて、双方の鉄拳が同時に振るわれ――互いに激突しようとする。


 その時だった。


「ぬがぁああ! テメェら、まとめてブッ殺してや――」


 この騒ぎで目を覚ました八雲猟兵が、再び蜘蛛超人に変態して立ち上がり。


「――ブベラッちょ!」


 2人の鉄拳に両頬を打ち抜かれ、サンドイッチ拳打を浴びてしまうのだった。目覚めて1秒足らずのうちに、再び意識を刈り取られた愚者は――カエルが潰れたような悲鳴と共に、膝から崩れ落ちて行く。


「あ」

「え」


 その様を、2人の鋼鉄戦士は――なんとも言えない表情を仮面に隠して、見下ろしていた。


 ◇


「ごめんなさいっ!」


 ――戦いの後。変身を解き、藍色のブレザーを羽織る高校生に戻った飛香炫は、着装を解いた炎波ほむらなみカズマに頭を下げていた。

 オレンジダウンを羽織る、二十代後半の青年は――申し訳なさそうにひたすら頭を下げる少年に対し、苦笑を浮かべて手を振っている。


「もういいって、飛香君。この手の仕事に誤解は付き物だし、もう慣れてる。それより、君に怪我がなくて良かった」

「炎波さん……」

「しかし驚いたよ。初めて遭遇した異能者を、その場で撃退してしまうなんてね。道理で、あの蹴りでも倒れなかったわけだ」


 メタリックレッドに塗装された愛用の車に、縛り上げた八雲猟兵を乗せたカズマは、炫の目をまじまじと見つめる。……どこか、在りし日の自分に似た眼の色であった。

 そんな彼の目を見遣り、カズマは暫し逡巡した後。神妙な表情で、口を開く。


「……飛香君。今回遭遇した異能者は、異能に目覚めたばかりで力の使い方も重みも知らず、ただがむしゃらに暴れていただけの未熟者だ。はっきり言ってしまえば、雑魚ということになる」

「……はい」

「君がこの町を守る自警団である以上、異能を悪用する者が今回のように現れたら、放っては置けないだろう。だが、異能者の強さは……恐ろしさは、こんなものじゃない。もし、能力の制御も実戦経験も十二分な異能者が、敵としてこの町に現れた時――君は、それでも戦うのか?」


 それなりの実力があるとはいえ、一個人の自警団で対処できるほど、異能者という存在は甘いものではない。ただ装甲スーツを纏っているだけの少年など、能力に慣れた熟練者に掛かれば一捻りだ。

 ――それは、カズマの真剣な眼差しが雄弁に語っている。その上で、炫は深く頷いてみせた。


「……誰の手も届かず、救えなかった命がある」


 家族に見放され、兄の目も届かないところで命を落とした最愛の少女。


「……誰の助けも得られず、見捨てられた笑顔がある」


 家族の大罪を背負い、正義の名の下に俗世間から追放された少女達。


「それはきっと、何処にでも……この町にもあることで。助けたくても、手が届かない人達がいる。ヒーローでも、助けに行けない人達がいる」

「……」

「だから、そんな人達にとっての最後の希望でありたい。オレは、そのために戦うだけです。誰が相手だろうと、それだけは変わりません」


 彼女達の無念を知る少年は、己の非力さを知りながらも――決して、自分の果たすべき責務に、背を向けようとはしなかった。

 そんな彼の真摯な眼を見つめ、カズマは深く息を吐き――1枚の名刺を差し出す。そこには、彼の連絡先が記されていた。


「……もし今後、異能犯罪に遭遇した時は遠慮なく連絡してくれ。力になれるはずだ」

「……ありがとうございます」

「それと。あまり無茶をして、周りに心配をかけないようにな」

「あ、あはは……」


 それを受け取った炫の視界には、遠くから走ってくる真殿大雅の姿が窺える。怒り心頭といった彼の表情から察するに、これは説教コースだろう――と、自警団の少年は乾いた声を漏らしていた。

 そんな彼に微笑を浮かべて、カズマは運転席に乗り込み――側に立つ炫と、握手を交わす。近しい理想を胸に秘めた、男同士として。


「……いつかまた、会えるといいな」

「はい。……それじゃあ炎波さん、お元気で」

「あぁ。元気でな、飛香君」


 ――やがて。カズマを乗せるメタリックレッドの車は、アスファルトの大地を駆け抜け、この五野寺町から走り去って行く。彼の本来の居場所である、八種市へと。

 その姿を見送った少年は踵を返し、自分の居場所へと帰って行った。いつか、あの少女達が帰ってくるその日まで――この町を守り抜くために。


 これは伊犂江優璃いりえゆり蟻田利佐子ありたりさこが、五野寺町に帰ってくる前の――小さな戦記リトル・クロニクルである。


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