学園編

第10話 学園の地下にダンジョンが!?

◇◇◇◇◇

「王立セルスター学園は100年前に邪鬼ガルグランを倒した勇者一行パーティーの一人、時の第三王子が次代の若者の育成を目的として設立した学園でして、校訓である自主自立の精神に耐えうる肉体を養おうと、なんと敷地内にダンジョンを所有しているのです!」


 俺たちFクラスのメンバーを案内してくれているラライラ先生が杖で指し示す先。

 そこにはどっしりとした作りの門。

 その向こうには地下鉄の入口みたいな階段が続いている。


「わずか10層と規模は小さいですが本物のダンジョンですからね。テストさえ受かれば皆さんもすぐに入ることができますよ。しかもちゃんとドロップ品が出て売店で買い取りもしてもらえる親切設計。Fクラスの皆さんと担任のワタシはいつだって金欠ですからね。ここでの鍛錬資金稼ぎは必修授業と言えますね」


「すごい。授業でお金も稼げるなんてさすが王都だよね!」

 俺の隣で平民トップ入学である赤毛の少女が目を輝かせている。


「おい。どけ平民が」

 そこへ突き飛ばすように俺たちを押しのけてきたのは武器や防具を装備した一団。

 その先頭にいるのは小太りの上級生。

 なんか制服のあちこちに金縁加工が施され、肩に鷲の絵の紋章が金の糸で刺繍されている。明らかな改造。

 でも俺が制服にこっそり術式刻んでたら、ラライラ先生に制服の改造は違反だって言われたんだけど? ああ、違反金払えば逆に許されるのか。


「制服すげえ金かかってんなー。だからダンジョンで稼ごうとしてんのかー」

「ばっ、バカ。あんたなに口にしてんのよ!」


「フン。下級貴族か平民か知らんが不敬なセリフが聞こえたぞ。我ら上級貴族がダンジョンに入るのはレベル上げのために決まっておるだろうが。ああ、そうだ。貴様らも何なら後をついてきてはどうだ? 我らはケチなドロップ品などそのまま捨ておくからな。拾って今日のパンに替えるがいいぞ。ハハハッ」


 上級生は小馬鹿にした表情で言い捨てるとダンジョンに入っていった。

 

「はっ、何よ偉そうに。レベル上げるって大人と一緒じゃない。あれ自分の家の騎士か金で雇った冒険者でしょ。あんなのに守ってもらった状態でレベルだけ上げても意味ないっての―――って、グレイ、あんた何ついてこうとしてんのよ!」


――――第50話『オリエンテーション』◇◇◇◇◇



「クシャアアアアアア!」

 雄叫びがそのまま断末魔に。

 ダンジョンの通路を塞ぐように一列に並んだホブゴブリン5体を瞬殺。


 後に残るのは緑色の魔石が5つ。


「10層のモンスターも秒でドロップに。コスパ最強ですね」


 ラライラ先生がニコニコと魔石を拾い上げる。


「あら、もう一杯です」

 先生が手にしているバックに魔石を投入しようとしたけど、容量が満タンになっててて入れられずにいた。

 先生が持っているのは異世界定番のアイテムバック。鞄のサイズ以上の容量がある不思議な魔道具。


「仕方ありません。グレイくん、ちょっと持っていてください」


 俺もアイテムバックを学園長の伝手をお願いして手に入れたけど、超高額だったよ。村にいるときに商人のハンスさんにリバーシの特許を申請してもらってたから、払えたんだけどね。


「しょぼいドロップ品まで拾いすぎですよ。俺のはもう最初から満杯ですから」


 だけど俺のアイテムバックはもう容量一杯。

 なんせ俺は学園に来たからって相変わらず魔力は無いままだし、当然魔法なんて使えないまま。戦闘力なんてないのだ。

 学園地下のダンジョンに潜ろうとするならアイテムの力で乗り切るしかない。


 そう、俺たちは入学から三ヶ月して、入場資格を得てすぐにダンジョンに潜っているのだ。

 まあ俺自身が戦闘力ないと言っても原作チート持ちだからね。初日でダンジョン最深部の10層まで到達したよ。


「そこッ!」

 天井近くの壁から、こちらを攻撃しようと伺っていたミラージュリザードにナイフが刺さる。

 落ちてきたトカゲ型モンスターが体表を壁と同じ灰色から薄緑へと変化させ、事切れた。


「うわっ、びっくりした」

 と足元に落ちてきたトカゲに驚く姉ちゃん。


「ほんとに壁と同化してたんだ。いや、これよく見破れましたね」


 俺がナイフを投げた冒険者に言うと、

「同化してるといっても気配は普通にあるからな。擬態頼みでむしろ堂々と姿を晒してくるから逆に仕留めやすいくらいだ」


 と当たり前みたいな顔して返す、マッチョだけど実は技巧派系冒険者さん。

「さっすがSランク冒険者ですね!」


 うん、雇ったよSランク冒険者。

 王都の冒険者ギルドにいる3パーティーを全員、お金の力で。

 リバーシが販売開始から一ヶ月で王都中でバズりまくってるからね。販売と制作はハンスさんところの親の商会に丸投げしてるけど、権利料だけでいまや俺はリバーシ長者様って呼ばれてるよ。原作の展開を1年ばかり早めて、とある事件(第52話『スリを捕まえるぞ』)で関わることになった孤児院の収益にする流れも変更したけどまあしゃーなし。

 

「しかしな長者様よ、ダンジョン下層とはいえここは学生に開放されてるくらいのレベルだろ。俺たちSランクの力が必要ってのはいつになるんだい?」


「大丈夫、この先で存分に暴れてもらいますから」


 俺たちがたどり着いたのはダンジョン最下層10層の最奥。


 そこには祭壇っぽいものがあり、ドッジボールサイズのオーブが固定されている。奥の壁には大きな円とその内部に幾何学模様が刻まれている。


「それじゃあ勇者様のお告げ通り、このオーブに六属性の魔力を思いっきり放出してください」


「六属性? 属性は火・水・風・土・光の五属性じゃないのかい?」

 と俺の背丈くらいある大きな弓を肩にかついだ冒険者の一人が尋ねる。


「実はあるんですよ、幻の6番目の属性が。さあ学園長、お願いします」


「うむ、まさか忌み嫌われたこの属性に意味があったとはのう」


「学園長様が!?」

 一行の最後尾についていた白髪の老人が感慨深そうに祭壇のオーブに触れた。

 魔力をそそぐとオーブに黒い色が纏わった。


 これぞ光属性よりレアな闇属性の魔力。

 アンデットを生み出すとか精神操作とかいかにも悪っぽい魔法が使えるって設定。使い手はほんとに少なくて、いても国が隠蔽するから殆ど知られていないけど、

 実は学園長は先々代の第一王子なんだけどこの属性を得たことで表舞台に立てなくなったって過去エピソード持ち。


 今回はそれにまつわるイベントはスキップして勇者様のお告げで仲間になってもらったよ。


「それじゃあ次は私で」


 続いて姉ちゃんが光属性の魔力を注ぎ、オーブが金色に輝いた。


 姉ちゃんは学園で普通にレベルアップしてんだよね。こっちで光属性の教師もついて短期間で使える魔法がかなり増えた。加えて現代科学の知識によって制御技術も段違いって設定があるから既に世界有数の使い手に認定されてる。原作だと俺が光の性質をレクチャーすることで、半分くらいの理解でも相当レベルアップしてたからね。理数に強い姉ちゃんならそりゃ半端なく威力あがるのだ。

 光って波でもあるし粒子でもあるんだぜ。


「では土属性はワタシがやりましょう」

 ラライラ先生がオーブに触れ、残る三属性も冒険者パーティーからそれぞれを受け持ってもらった。


 オーブがそれぞれの色に輝く。


 そして壁の幾何学模様が光り、ゴウン、ゴウンと音をたてて壁が割れた。

 模様の中心が左右に離れて現れたのは階段の入口。


「こいつはいったい!?」


「待って、私もこの学園の出身だから、10層にこの壁があるのは聞いたことがある。でもこんな仕掛けは聞いてない。だってオーブがあれば魔力を流してみようなんて誰でも考えるでしょ? なんで今まで誰にも気づかれなかったの?」


 冒険者の一人、いかにも頭良さそうな魔法使いのお姉さんが言う。


「最初に闇属性の魔力を流さないと何も反応しないようになってるんですよ――――って勇者様が夢で言ってました。闇属性の使い手を差別して排除するような人間にはこの先には進めないように」


 そして俺は先頭をきって階段に踏み入った。


「おい、何があるか分かんないぞ長者様よ」

「この下には邪鬼ガルグランが封印されてるんですよ」


「えっ? ガルグランは王城の最奥部に封じられてるんじゃねえのかい?」


 冒険者の問いに、学園長が階段に進みながら答える。


「あちらはダミーじゃよ。いや、あれはあれでガルグランの分体を封じておるのじゃが。世間的には王家と勇者様が協力してガルグランを討伐したことになっておるが、それは分体の方だけでな。本体を倒して封じたのは勇者様お一人なのじゃ。王家は分体を抱えることで権威の正当化にしておったということじゃな」


「そいつはオレたちが聞いちゃまずいんじゃねえかな」


「今やこの地下の本体の存在自体を忘れ、ガルグラン復活の兆しを隠蔽しようとする王家の権威など、地に落としてしまった方がよいわ。お主ら市井の者に新たにガルグラン復活阻止の栄誉を担ってもらうぞ」


「いや、待ってくれ。オレたちが受けおったのは護衛と隠れボスの討伐なんだが? ガルグラン復活ってならそいつは話が違うぜ」


「大丈夫ですよ。今ならまだ封印が効いててAプラスランクですから」


 だから原作だとこの時期にガルグランに手を出されないように眷属たちが学園にちょっかい出してくることになってるんだよね。

 ちなみに王族がこのダンジョン地下の封印の存在を忘れてたり、入る方法を失伝してるのもかつてのガルグランの手下の生き残りの暗躍だったり。



「うわー、広い」

 冒険者たち全員を連れて長い階段を降りれば、そこには地下に広がったギリシャ神殿的な空間。


「これは、この神殿自体が結界になっている?」

 神殿の領域を示す円状にいくつか配置された石柱。魔法使いのお姉さんが杖を伸ばせば、その石柱の間にはられた透明なバリアが光沢で反応した。


「ですね。ガルグランはすでに封印から半分抜けかかってますけど、力を取り戻しきってないからこの結界からは出られないんです」


 そして俺は神殿の門、結界の入口に立つ。奥に見えるのは彫像みたいに堂々と直立した巨人。赤黒い皮膚が硬質化して鎧みたいになってて、肩や手足にはごつごつとした血管みたいな太い管が巻き付いて盛り上がってる。顔はこれぞ憤怒の形相ってな表情。頭には猛々しくそびえる二本角。


 めっちゃ怖え。

 最高ランクの冒険者たちが息をのむ音が聞こえる。


 …………大丈夫。原作で俺がはっきりとこの時点ではAプラスランクだって地の文で明言してたんだから。絶対にいけるはずだ。


「それじゃあここでガルグランを叩き潰してきましょう!」


 俺がそう宣言すると冒険者パーティーのみんなは、

「ちっ、ガキと爺さんと女の子がやる気なのにSランクが引けるかよ」

 と頼もしい言葉。


 その勢いのままに皆で神殿の門に踏み入った。


「グォオオオオオオオオ!」


 ゲームのボス部屋の演出みたいに、石像のようだった巨人の目が赤く光り、身を震わせると広い空間全てに響き渡る雄叫びを上げた。



 そしてここに出会ったばかりの仲間と共に最終決戦が始まった。


「オラアアアア!」

 マッチョが大剣を叩きつける。


「ファイヤーアロー!」

 その仲間の弓師が炎を纏った弓の連打でリーダーの一撃離脱を支援。


「クリング・シャドー」

 学園長の影が伸びてガルグランの影に絡みつけば、その本体がいっとき動きを止める。


 人数の差で押している。ガルグランは一見すると自由に動けそうだけど、封印が効いてるからデバフがかかってるみたいに動きが遅い。

 遠近の攻撃を織り交ぜて、数の力でガルグランに標的を定めさせずに攻撃を散らす。即席の連携がうまく回ってこちらの陣営は大きなダメージは喰らわずにいる。


 だけどとにかく固い。力を取り戻しきっていないこの段階でもHPが表示不能くらいにあるんじゃないか、ってくらいに効いてる感触がない。


「くそっ、どうする、これじゃあジリ貧だぞっ!」

 不安げな表情で矢筒の残り乏しい矢を取り出した弓師が言った。


「すまん、俺はもう中級以上は撃てん!」

 火魔法の使い手が魔力が尽きかけてると告げる。


 他のメンバーからも同じような報告が続く。


 だから俺は走る。神殿内を走り回って叫ぶ。

「鬼は外ー!」

 叫びながらアイテムバックから中身を取り出してまきまくる。


「ねえ君、一人だけ何やってるの!?」


 俺の護衛を担ってもらってる魔法使いのお姉さんが疑問の声。

「東の国にそういう儀式があるんですよ。鬼を払う行事で豆とかお菓子をまくんです」

「いまやること!?」


 やるべきことなんですよ。

 もっとも俺がまいてるのは豆でもお菓子でもない、小麦粉の入った麻袋だけど。

  

 超高額な大容量アイテムバックが空になって。

 俺は皆に向かって言った。


「みんな! 一旦離脱!」

「分かった!」

「おうっ」

 

 ダダッと神殿の門から外にでる。

 ガルグランがこちらを睨みつけ咆哮するが、柱を結ぶバリアから先には踏みだしてこない。

 

 ボスがここから出てくることはないゲームみたいなシステムだけど、俺たちは決してこのまま逃げ出すわけじゃない。そんなことをすればダメージもリセットされて封印解除が進むだけなんだから。


 俺がやろうとしてるのは決めの必殺技だ。

「お姉さん、この神殿内に風魔法をお願いします。中級に暴風を巻き起こすのがありますよね?」


「いいけど、上級でもガルグランには効かなかったのよ」

「大丈夫です。小麦粉を結界の中に撒き散らしたいだけですから」


 そう、俺が狙ってるのはアレだ。

 粒子の細かい粉物が密閉空間に高濃度で浮遊している状態でライターとかを投げると爆発が起こる現象―――粉塵爆発。

 

 こいつでガルグランにトドメを刺す。


 HPが高くて防御力があることが判明してるガルグランに届くほどの攻撃手段。

 必死に頭を振り絞って思いついたのがこれだ。

 原作だと常に起死回生の素晴らしいアイデアは俺自身が考えてたんだ。だったら今回も俺のアイデアが活かせるに決まってる。

 

『粉塵爆発にそこまでの威力ないって。私の光魔法を磨いた方がいいって』

 なんて姉ちゃんは言ってたけど。


『いやいや、主人公たるものこいつで敵を倒して一人前よ』

『ヒロトの粉塵爆破への信頼感って何なの?』 

『だって、現実でもビルくらい壊してるでしょ?』

『あんたビルの解体爆破の粉塵とごっちゃになってない?』


 どっちでもいいよ。なんせこの世界は俺の考える物理法則に支配されてるんだから。


 この世界は球技が存在しないとかリバーシどころかボードゲームもほぼ無いとか、でも高度な魔道具はあったり、特許保護制度はあるとか、小麦の製粉技術は高いとか一部は地球の近世なみ。

 いろいろアンバランスで姉ちゃんには突っ込まれたけど、俺の宇宙ではそうなってんだよ。


 だから物理現象だってそうなってんだ。

 しかもこの世界じゃ科学の知識によって魔法の威力がアップする設定なんだから。粉塵爆発もこの世界じゃ悪霊の仕業みたいな扱いだし、ワンチャン魔法+科学知識理論で威力アップいけるんじゃね?

 

「なにこれ、結界内が小麦まみれになったけど、 何をする気なの?」

 一瞬だけ結界内に入った魔法使いのお姉さんが風魔法でもって小麦粉を撒き散らしてくれた。


「こいつでガルグランを倒します。ネリィちゃん、お願い!」


「いくよ、スターライト・ライン!」


 ガルグランを通さない結界も視界は通る=光は通過できる理論でももって姉ちゃんが結界外からガルグランに向けて光魔法のビームを照射。光線のその先に熱を伝えれば――――


 俺は叫んだ。


 「すべからく灰燼と帰せ―――粉塵爆発フラウアー・エクスプロージョン!」


 ドオオオオオオオオン!!!!


 すさまじい音と共に結界内が爆発の光と熱に包まれた。


「うおっ、結界が!?」

 結界にヒビが入って、そしてガラスみたいにバリンバリンって割れていった。


 爆発の余波の熱と煙が寄せてきて、慌てて魔法使いのお姉さんが最後の風魔法で押し返せば、果たしてそこに残っていたのは――――


 半壊したギリシャ神殿。

 瓦礫に埋もれたガルグランが「ガッ……ガッ……」とうめき声をあげる。

 顔だけあげてこちらを睨みつけるが、その目の光はだんだんと弱々しくなっていき、ガクッと頭が地面に落ちた。

 

 そして横たわってもまだ巨大なその身体がさらさらと砂のようになって散っていく。

 やがて禍々しい鬼の姿は消え去った。

 隙間の空いた神殿の瓦礫が崩れた後は静寂が辺りに満ちる。

 誰もが息を呑んで言葉を発しないその中で、


「やったぜガルグランを倒した!」

「やったねヒロト!」

 俺と姉ちゃんが抱き合って勝利を宣言。


「うおおおおおお!」

「信じられない……」

「やりましたねグレイくん!」

「お見事じゃ、皆のもの」

 

 皆も歓声をあげて互いの健闘を称賛し合う。


 そのとき、俺と姉ちゃんの身体が光に包まれた。

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