第9話 旅立ち

「すごいですよグレイくん。もうワイルドボアやゴブリンが何匹いようと簡単に片付けてしまうんですね」


「ふふっ、Xにワイルドボア、Yにゴブリンを代入しただけですよ」

 俺は地面に書いた方程式から『四本足のワイルドボアと二本足のゴブリンが合計10匹、足の数は合計32本のとき、ワイルドボアとゴブリンのそれぞれの数』を即座に割り出した。


「ワイルドボアは6匹、ゴブリンは4匹ですね」


「はい、正解です。まさかこの歳で方程式の概念を理解しているなんて。しかも計算も暗算でさくっとこなすのもお見事ですよ」


「いやあそれほどでも」

 やったぜ異世界で『無詠唱で称賛浴びる』実績が解除されたぜ。


「あーあ」

 なんか姉ちゃんがやっちまったなという感じの顔してるけど、いいじゃん。この知識チートに俺の王立学園入りがかかってるんだから。



 ルーメアの騒動が終わり、ラライラ先生は父であるアシュフォード男爵と面会して事情を話した。

 自分が史跡調査ではなく、実際はルーメアの封印の確認に来たこと。

 まさにそのタイミングでルーメアが復活したこと。それを勇者からお告げを受けていたネリィちゃんの古代魔法の力でもって抑えることができたこと。

 そしてネリィちゃんの才能を伸ばすため、また権力者から身を守るためにも王立学園の少等部に早期特待生として迎え入れたいと。


 元々、男爵も光属性を得たネリィちゃんの進路の一つとして考えてはいたらしくて、ラライラ先生の申し出は了承された。


 で、問題は俺。

 

 普通は学園に行くのは魔力を持つ貴族や裕福な平民だけ。

 我が家だと次期当主であるジャットが再来年から中等部への入学で、スペアのスニはお金の問題で最初から行けない予定だったのだ。


 だから魔法が使えない俺が行きたいっていっていけるものじゃないんだ。

 ちょっと口にしただけで義母も絶対行かせないって騒いでるしな。資金稼ぎはしてるけど、さすがに入学資金となるともう少し後にならないと確保できないし。


 そこで何とか優秀さを示して特待生枠を勝ち取ろうとしたわけ。

 いやほら、俺は学園では魔法が使えない無能のくせにそれ以外の成績はトップクラス(でも結局魔法の授業もトップになっちゃう予定)。


 なら魔法以外の優秀さをアピールして何とか認めてもらえないかなって思ったんだ。


「ええ、これならワタシが保証だしますから特待生枠確定でいけますよ!」


 ということで俺の王立学園入りが決定。…………文官コースで。


 なんか平民や貴族だけど当主になれない次男三男向けのコースがあるんだって。うちの高校にも特進科と普通科があるけど、そんな感じで。むしろそっちの方が特待生枠とか奨学金が充実してるんだそうな。


 で、1週間後。


 ちょうど今から向かえば今年度の入学扱い(秋スタートなのだ)に間に合うというので、俺達は王都に帰るラライラ先生と一緒についていくことになった。


 その旅立ちの日。


 俺は執務室で男爵と向き合っていた。


「まさかお前までが学園に入るとはな。魔力がなかったと知ったときにお前はどこか遠くの地で騎士か代官にするしかないと諦めていたが。自力で出世の糸口を掴んできたか。ジャットより位を上げることも叶うだろうな」


「義母さまがお怒りになると思いますが、まあそこはよろしくお願いします」


「そもそもが妻の序列を乱したのは私だ。平民のアンジェを正室より遇すれば家が荒れるのは当然だったのにな。お前の今までの不遇もそれよな。親の務めも禄に果たせなかったが、私を恨んでもあいつを恨んでくれるなよ」


 アンジェ。俺とネリィちゃんの生みの母だ。


「いえ、まあ子供は勝手に育つっていいますし」


「自分で言うものか?」

 

 そんな感じの何か言うべきことがいろいろあるんだろうが自分にいう資格ないしでもいまのタイミングを逃すべきではないのではみたいな葛藤をしてるんだろうな、という表情の男爵とスパッとしない会話を交わした。


 まあ父親と息子の会話ってこんなもんじゃね?


「行ってこい。こちらのことは心配するな」


 最後の言葉だけは、せめての意地なのか力強く言われて、ありがたく受け取った。



 男爵の部屋を出て。 

 次に挨拶を交わしたのはジャットとスニ。


 ちょっと来いよとぶっきらぼうに庭に呼び出してきたと思ったら、「やる」と手を突き出してくる。


 何だ? と思えばジャットの手には黒光りする昆虫。


「まさか!」

 この外殻の光沢に雄々しい角、間違いない、こいつは――――


「ディアボロスビートルだぜ」

「すげえだろ。昨日一日ずっと林の中を探し回ったんだ」


 俺は震える手で受け取った。


 手に感じるどっしりとした重み。

 名前こそ異世界っぽくなってるけど、間違いなくカブトムシだ。すげえ勇ましい角を備えた昆虫のキング・オブ・キング。

 異世界ではただの兎でも角や牙がついたりと強化されるのが定番だけど、こいつも体長以上の枝分かれした角を誇って名前にふさわしい威容。

 かつて図鑑で見て憧れていたヘラクレスやサタンやネプチューンみたいな海外のカブトムシよりもグレートでかっこいいカブトムシだ。


 兄たちのどうだ、という表情。このカブトムシの価値を知りつつ、それを俺に譲ってくれるというのだ。


「ありがとう兄さん、大切にするよ」

「おうっ、まかせたぜ」

「へへっ」


 俺たちは固い握手を交わした。


 後で姉ちゃんにも見せたら、

「ただの虫の死骸じゃん」

 とか抜かしやがったけど。


「はあ? 聖骸って呼べよ姉ちゃん!」


 ちなみにこのカブトムシは後でラライラ先生にお願いして土属性の古代魔法でもってクリスタル化して永久保存版にしてもらったり。



 そんな感じの別れを交わしていよいよ旅立ちのとき。


「元気でなー!」


 家族やおばちゃんメイドさんや村の人や子供たちに見送られ、俺たちの王都までの旅が始まった。




 十日ほどの短くも長い道筋には様々な出会いと別れがあった。


 例えばとある港町で出会ったサイドテールで目つきの鋭い少女。

 広場で同じ赤髪の青年と声を荒げて言い争いをしている。


「もういい! お望み通り私は学園に行くから! 兄さんはあの家を好きなようにすればいいじゃない!」 

「ふん、そうさせてもらおうか。没落したとはいえ、かつての名家。妾の子であるお前が居座ることがおかしかったのだからな――――ではさらばだ。もう二度と会うこともあるまい」


 青年は立ち去り、少女は立ちすくんで肩を震わせている。ぽとりと涙を落とすその後ろ姿にネリィちゃんが近づいていった。


「ねえグレイ兄さん、いまの男の人、これで忌まわしき呪いを受けるのは自分だけですむって呟いてましたけど、あれってどういう意味なんでしょうかー?」

「なんでしょうかねえ」


「えっ!?」

 その言葉に少女が反応。がしっとネリィちゃんの肩をつかんだ。


「ねえあなた、その男の人って私と同じ髪の色だった?」

「そうですよー」


「…………そっか、そういうことだったのね兄さん。私を守ろうとしてくれたんだ…………ありがとねお嬢ちゃん。やっぱり私、戻らなきゃ! ――――兄さーん!」


 その姿を見送り、ラライラ先生が言う。

「あれあれ、あの子も学園への入学志望者っぽかったのですが? うーん、でも使命を見つけたみたいなよい表情をしてましたね」


 平民枠の入学テストでトップを取る予定でしたよ。それと俺のメインヒロインになる予定の。


「多分ご先祖様が高名な魔道士で、退治した死霊術師リッチの呪いに代々苦しめられているのを兄妹で乗り越えようと決意したとかだと思いますよ。だよな、お兄さま」

「ソウデスネ…………」


 くそが。姉ちゃんはほんとに俺のチーレムを許さねえ気かよ。

 いや、そりゃ俺のチートが消えちゃったんだからヒロインが王都で出くわすトラブルを解決できなくって、同行する方がまずいことになるってのは理屈では分かるんだけどさ。いま学園に入らずに故郷に戻ってれば冬休み編での実家壊滅事件も事前に解決できるわけだし…………


 だがまだたかがメインヒロインが潰されただけだ。


 ヒロインは他にもいるんだ。しかもサブというか隠しヒロインとかで初登場では名前すら出てこないヒロインがな。それなら排除されないだろ。

 そっちの出会いは確実に確保していくぜ。


「あっ、そこのお姉さん。腕に覚えありとみましたが、でしたらあそこの乗合馬車が護衛に欠員が出たそうなので応募してみてはいかがですか? 依頼料は安いですけど途中の崖のところで野盗が待ち構えていると噂があるので懸賞金込みならなかなか割がいいと思うんです」


「ふむ。たしかにオレはAランクだが、金欠になってるとこまで見抜くとは嬢ちゃんやるねえ。嬢ちゃんも乗ってくのかい?」


「いえ、私たちはその次の馬車に乗りますので。それではゴミ掃除、よろしくお願いしまーす」


 姉ちゃんが途中で出会ったオレ様系ガチムキお姉さん冒険者に声をかけて依頼斡旋しだした。

 しかも馬車の便をずらすし。


「あのネリィちゃん、原作でもちょろっと出てきてたけど、あの人は別にヒロインじゃなかったじゃないですか?」

「連載のときはな。でもどうせ後でハーレム入りするんだろ?」

「えっ、あっ、や、そですけど……なんでそれを?」


「声が声優さんの場合はヒロイン化する予定とみなす」


 うっそだろ。たしかに女神さまが俺の脳内ドリームキャスティングを全採用してくれたせいで一部声優がやたらと豪華になってたけど、それでネタバレすんのかよ。



 こうして俺たちの王都までの旅は知識チートのせいで何のトラブルもなく終わってしまった。

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